*デートより後の話
放課後。
日直っていうのはどうして男女二人っきりなのかな。
クラスメイトの男の子に代わってほしいと頼みこまれて、教室には女の子二人きり。
普段は緊張なんてするはずないのに、なんとなく黒板一つ綺麗にするのにも手が震える。
「…」
口数も、少なくなる。
せめてみどりも一緒に残ってくれてたら良かったのに。
「まっつー、そっち終わった?」
黒板を綺麗にして後ろを振り向くと小さく上下する肩が見えた。
…日誌書きながら寝ちゃったの?
寝不足だったのかな。
静かに歩み寄ると、可愛らしい寝顔が腕からはみ出していた。
枕にされてしまっている日誌はあと少しというところで文字がミミズになってしまっていた。
「まっつー?」
起こすべきか起こさないべきか。
そんな気持ちで中途半端に投げかけた声は、本人には届かなかったみたい。
結局自分のカーディガンを上からかけてあげて起きるまで待つことにした。
音を立てないように椅子を持ってきて寝顔の真正面に腰かける。
こんなに顔が真横に向いてたら起きた時には寝違えちゃうんじゃないかなぁ。
前髪を払ってあげると、うにうにと動く可愛らしい唇が見えた。
「…無防備」
今日は私だからいいけど、男の子だったら奪われちゃうかもしれないんだよ?
…ファーストキスかどうかは知らないけど。
なんだか経験豊富そうだし、もうファーストキスはしちゃってるのかなぁ。
そもそもあんなにしっかり同性愛者だって宣言してたけど彼女が居たことってあるのかな。
「私、なんにも知らないなぁ」
仲良くなりたいのに。
誕生日も血液型も知らない。
知ってることといえば好きな食べ物はおでんで、得意な食べ物はおでんともやし炒め。
お兄さんが一人と両親は都会へ赴任中。
…エッチな本とかゲームが好きで、みどりの胸が好き。
私の胸は…興味がないみたい。
みんなからはアキって呼ばれてて…。
「…アキちゃん」
起きない。
なんだか口の中がくすぐったい。
日誌の端に彼女のフルネームが見える。
「桃松秋生」
声に出して読むと、なんだか特別な気がして顔が赤くなった。
どうして桃松夏雄も桃松秋生もかっこよく思えるんだろう。
名字のせいなのかなぁ。
「桃松」
みどりはよくそう呼んでる。
名前で呼んでやる価値がないんだってよく言ってる。
…照れ隠しだよね、あれ。
みどりはあんまり素直じゃないから。
「…秋生」
女の子ではあまり見ない名前。
秋に生きる。
元気なお兄さんとは似てるようで似てない。
落ち着いていてそれでいて楽しくて溢れそうな、彼女にぴったりな気がする名前。
「秋生、うん、秋生」
しばらく呼んでみて、ふとデートした時のことを思い出した。
「…『比奈子』、かぁ」
自分の名前が特別に呼ばれた気がして、心臓が一つ跳ねた。
『比奈子』と『秋生』。
…アキより、秋生がいいな。
今度提案してみようかな。
下の名前で呼んでいいかな、って。
ちょっとだけ変な顔する彼女の顔が想像できる。
「…ふふ」
嬉しくなってゆっくりまっつーの髪を撫でる。
最終下校時刻まで、起きないでくれると嬉しいな。
そしたら寝てる間は好きなだけ名前を呼べる。
私はまっつーが起きるまでずーっと寝顔を見て過ごした。