桃松秋生という人は、やっぱりそういう人である。
「や、休み…?」
「今日の朝に夏雄さんからメールがあったよ。
腹痛で家から出れないって言ってるってさ」
夜中に必死で考えた解答。
真っ暗になる足元。
「「え、えぇええええ!?」」
みどりと二人で声を上げると、野沢君はふぅと溜息を吐いた。
「まぁ、やるんじゃないかとは思ってたけどさ」
「えぇ?どうして?」
「だって人から一日中観察されるなんてアキが我慢すると思う?」
う…。
それは…思わない…けど…。
「なぁに?やっぱりアキちゃん逃げたの?」
「まぁ大方予想通りだな」
え。
私たちの後ろから声をかけてきたせーちゃんと能登代君。
その手にある紙には、まったく同じ解答がぽつんと書いてあった。
『そもそも学校に来ない』
「二人ともわかってたの?」
「アキがそんな話聞いて学校来るかよ」
「昨日大人しく話を聞いてた時点でおかしいなとは思ってたのよね」
…なんか、ずるい。
付き合ってきた年月の差、みたいなのを見せつけられた気がする…。
「ちなみに美幸ちゃんは?」
「授業が始まるからって解答だけ渡して教室に帰って行ったよ」
はい、と野沢君から見せてもらった美幸ちゃんの解答。
そこにはやっぱり、せーちゃんたちと同じことが書いてあった。
「これはもうヒナの一人負けね」
「えぇええ!?」
だってほら、と見せられた全員の解答。
私のだけが真っ黒で、あとのせーちゃんと能登代君と美幸ちゃんのは一言だけ。
「よくもまぁご丁寧にここまで書いたわね…」
「うぅ…だって学校に来ないなんて思わないもん…。
ご飯食べる時の癖とか、そういうのもいっぱい書いたのに…」
「いや、そこまでいくと変態っぽいわよ、ヒナ」
変なのはわかってるけど…。
でも負けられなかったんだもん。
まっつーと2ショット写真欲しかったな…。
「そういえば、これじゃあ3人優勝しちゃってるじゃない。どうするの?」
「4ショット写真?」
「うわ要らねぇ」
要らないんなら変わってほしいよ能登代君。
何人居たってまっつーの写真なら欲しいもの。
「2ショット写真が3枚じゃない?」
「アキ絶対逃げるな」
「目に見えるようだわ」
…それなら、逃げてくれてもいいかも。
なんだか無償にもやっとする。
だって、私だけ負けっていうのもそうだけど、他の人との2ショット写真なんて見たくない。
私…ちょっと嫉妬深過ぎるかな…。
「さーて、これで今日の私は安泰だわ。
丸付けもしなくていいし、安心して勉強できるわー」
「みどり、いつも勉強してないでしょ?」
「ヒナ、そういうことは言わなくていいの」
そうこうしてるうちに授業は始った…。
私の手には真っ黒な答案用紙。
今日会えないのも悲しいけど、なにより愛情が足らなかったみたいで悔しい。
私が誰よりも好きなのに。
授業に集中できないくらい、まっつーのこと考えてるのに。
「…寂しいなぁ」
こんなに好きなのに。
当の本人はふらふらしてるし、周りはみんな彼女のことが好きだし。
すごく不毛ですごく不安。
いつか振り向いてもらえる?
少しずつ距離は縮まってるけど、その間に周りとの距離はもっと縮まってる。
私だけ、取り残されてる。
「寂しいよ、まっつー…」
後ろの席は空席。
たまに感じる視線とか、授業中の寝息とか。
ごくたまにペンを探す音とかこっそりと飴を転がしてる音とか。
今日はそれが全部無い。
今日一日、ずっと憂鬱なのかな。
そう思うとすごく気持ちが沈んだ。
…間。
「こんにちはー♪」
「美幸ちゃん」
昼休みになって、美幸ちゃんは喜々としてやってきた。
「どーです?正解だったでしょう!」
悔しいくらいにね。
「まぁ私の愛が一番強かったってことで…」
「そうはいかないわよ美幸ちゃんっ」
誇らしげなせーちゃんと能登代君。
…みんな楽しそう。
「私たちも同じ解答だったんだから」
「むむ、やりますねお二人とも…」
少しだけ悔しそうな顔をした後、美幸ちゃんはニヤリと私を見た。
「それで、目片先輩はなんて書いてきたんですかぁ?」
…いやらしいな、もうっ。
解答を見せると、美幸ちゃんは嬉しそうに笑った。
「あーららぁー♪こんなに必死に書いちゃってぇ、すごいですね目片先輩♪」
「イヤミだよねそれ…」
「えー、そんなことないですよぉー」
必死だったのは私が一番わかってるんだから放っておいてよぉ…。
「ま、これでわかったでしょう?」
「何が?」
「私のほうがアキ先輩を愛してるってことですっ!」
それは…。
確かにそういう話だったけど。
でもやっぱり…。
「私だって…!!」
「おはよう。何の話?」
「…え?」
何の話って、だって、え?
「おはよう」
まっつー?
「なんでみんなそんな『死んでた主人公が生きてた』みたいな顔してるの?」
その例えはよくわからないけど…。
でも…。
「え?なんで?」
「ひどいな委員長。あたしが学校来ちゃいけないわけ?」
「そ、そんなこと言ってないよ!」
私が言いたいのはそういうことじゃなくて…!
鞄を下すことなくまっつーはひょいと野沢君の手にあるみんなの解答を取り上げると、ニヤリと笑った。
「全員、13点かな」
え。
「学校の始まる9時から24時間でしょ?
今あたしが来たのが12時15分。しかも学校から帰った後とかそういうの一切書いてないし。
学校にきてない間の13点分しかないよ」
まっつーはしてやったりと笑うと、満足そうにふふんと鼻を鳴らした。
「な」
固まってた中でいち早く状況に気付いた美幸ちゃんが、慌てて動き出した。
「なんで学校来るんですか!?アキ先輩!」
「いじめかよ。あたしが学校来て何が悪いの。
むしろ遅刻してでも学校に来たんだから褒めてよ」
それは確かにそうだけど…。
あれ、でも待って?
これって…。
「ま、全員同じ点数じゃ勝ちも負けもないよね」
他の解答はないようだし、これから丸つけのしようもないよね、と笑うまっつー。
「ちょっと待ってまっつー」
「何?委員長」
ヒラリと私の解答を見せると、まっつーはピシリと音を立てて固まった。
「私、これからまだ答え合わせできるんだけど…」
13点なら、挽回できる気がする。
だってこんなに書いたんだもん。
「え?あれ?」
「みどり、答え合わせお願い」
「任せなさい」
「えぇ!?嘘でしょ!?」
あんなに丸つけ係を嫌がってたみどりだけど、ニヤリと笑って頷いた。
まっつーの一人勝ちが嫌だったみたい。
「なんてことだ…」
「まっつー」
「ん、な、何?あたしちょっとお腹が…」
まっつーは冷や汗を垂らして私を見た。
ダメだよ、逃がしてあげない。
午前中、ちょっと寂しかったんだから。
「お昼ご飯は?」
「あぁ、食べてないけど…」
「食堂?」
「うん、そうだけど…」
「じゃ、行こっか」
ニッコリと笑って緩く腕をとると、まっつーの顔が完全に引きつった。
「め、目片先輩!解答通りにアキ先輩を誘導するのはダメですよ!」
「誘導なんかしてないよ?ちゃんと聞いたもん」
食堂?って聞いたらうんって答えられたもん。
それに私は頑張らなきゃいけないんだから。
13点以上取らなきゃいけないもんね。
「よし、行こっ」
「えぇえ」
私はまっつーを引っ張って食堂へ歩きだした。
やっぱりまっつーの行動は誰にもわからない。
桃松秋生という人は、やっぱりそういう人なんだ。
誰かの考え通りに動くのが嫌で、それでも誰かを傷つけたりしない。
いつかはおでんだって食べさせてくれるかもしれないし、
いつかは私を頼ってくれるかもしれない。
頑張る希望をくれる私の大切な人。
やっぱり、彼女に釣り合うような人になりたい。
一人占めしたいし、もっと私のことも知りたいって思ってほしい。
好きだよ、まっつー。