私、もうダメかも。
「ヒナ!もっと食べなさいよ!」
「今日はあんたが主役なんだから!」
「うん、ありがとう」
せっかくみんなに祝ってもらってるのに、頭の中違うことばっかり考えてる。
そういえばみどりも居ないし、私あの後どうしたっけ。
決勝もなんだか上の空だった気がする。
お祝いの焼き肉も美味しいはずなのに味がわからない。
みんなが騒いでるのにそれを笑顔でぼんやりと見てることしかできない。
「委員長、大丈夫?」
「野沢君…」
4位という好成績を残した野沢君も主役の一人。
もっとも、いつも中位の上ぐらいの方な私と違って野沢君はいつも上位の上位。
私よりも周りが落ち着いてる。
「食べすぎた?しんどいなら…」
「う…ん、そうだね。少し外で顔冷やしてくる」
「俺も行くよ」
心配してくれる野沢君と一緒に外の休憩所に行った。
小さなベンチがあって二人でそれに腰かける。
「まいっちゃうね。みんなの方が盛り上がっちゃっておいてけぼりだよ」
「確かに」
茶目っ気たっぷりに笑いかけてくれる野沢君。
彼のこういう優しいところがモテる原因なんだろうな。
「それで、どうしたの?」
野沢君はくるりと丸い目でまるで年下にするみたいに優しく問いかけてくれる。
きっと幼馴染の相手をするときの癖、なのかな。
「なんか、気持ちがふわふわしちゃって…」
順位とか関係なしに泳いでた。
顔をあげると真っ赤になってるのがわかって気持ちよかった。
私、こんなに必死に泳いだのいつぶりだろう、って思った。
体がすごく軽い。
「あぁ、わかるよそれ」
野沢君は爽やかに笑うと、「よく聞く」って言った。
よく聞くってことは他にも同じこと言ってる人がいるの?
「夏雄さんがアキと泳ぐといつもそれ言うんだ」
お兄さん。
大きくてしっかりもので、でも悩みもあってそれを克服する勇気のある人。
尊敬する人の一人。
「野沢君は、えと…まっつーと、泳いだことあるの?」
「あるよ」
幼馴染だからね、と笑うと恥ずかしそうにポリポリと頭をかいた。
「でも俺その気持ちわかんないんだ」
「そうなの?」
「うん」
ちょっと寂しそうに首をかしげる。
「たぶんね、俺は相手がアキじゃなくても全力だからだよ。
俺は委員長や夏雄さんみたいに万能じゃないしいつだって全力が出せるから」
「別に私は万能ってわけじゃ…」
「はは、じゃあ夏雄さんの例えでいうとさ、夏雄さんは全力だす必要がないんだ。
全力で勝ちたいと思う相手がいないからね」
それはお兄さんがすごすぎて周りに敵がいないからじゃ…。
考えてることが顔に出てたのか、野沢君はふるふると首を横に振った。
「夏雄さんだってそこまで凄い人じゃないよ。
でも全力をださなくても『そこそこ』いける人なんだ。
どうせやるなら優勝したいって思うけど、何がなんでもしたいわけじゃない」
俺は平凡だからね、と笑うけど全然平凡じゃないと思う…。
学校でも有数の好青年。
振られた女の子は数知れず、勉学スポーツ悪くない。
私から見ても完璧な男の子だと思うな。
「俺はいつだって夏雄さんを捕まえておくために、全力だからね」
それってもしかして…。
野沢君は自分の言ったことに気づいて真っ赤になった。
「あ、ノロケみたいになっちゃってゴメ…、そうじゃなく、えっと」
「ふふ」
「と、とにかく、アキのそばで泳ぐとなんでか全力になっちゃうってことがいいたくて…」
ん、言いたいことちゃんとわかったよ。
「ごめんね。俺口下手だから…」
「そんなことないよ」
たぶんお兄さんにとっては小悪魔かと思うくらい良い言葉ばっかり。
好きな人の心をしっかり掴む野沢君がちょっとうらやましい。
「でも残念だったね。今日は本当はお兄さんと一緒に居たかったでしょ?」
「う、うん。…なんか、こういう話ってアキ以外にするの恥ずかしいな」
可愛らしく頬は真っ赤。
うん、なんだか恋してるって感じ。
「いいよ、もっと話して。
お兄さんと野沢君のこと」
「はは、そんな大した話はないよ。
そうだ、委員長は好きな人いないの?」
好きな人。
そう言われてぼんやりと出てくるのはみどりとか家族とかせーちゃんとか…。
あと、やっぱり…。
「好き…なのかな。やっぱり」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
黙りこんでいると、バタバタと音がして男の子たちがいっぱい来た。
みんな顔が赤いけど…酔ってる?
「おぉいノリ!抜け駆けなんてズルいぞぉ!」
「抜け駆けってなんだよ。…っていうか顔赤くない?まさかお酒飲んだの?」
「ちげーよ!俺たちはウーロン茶しか飲んでいない!」
「…空気で酔ったんだ…。それ余計恥ずかしいよ」
わはははと野沢君の肩を抱いて男の子たちは焼き肉を食べに戻って行った。
私はなんとなくその場に残ったまま。
ふぅ、と息を吐いて騒がしい喧騒を遠くに聞く。
…私、本当にどうしちゃったんだろう。
まっつーのことはもちろん好きだよ。
でもそう思おうとするたびに何かがストップをかける。
恋を知らない私にはまっつーが特別だということしかわからない。
特別に友人なのか、それとも…。
こんなに悩むのは相手が女の子だからなのかな。
そうして私はまた思い出して溜息をつく。
思い出すのは、あの笑顔。
-すっごく楽しかった!-
見たことない、あんな顔。
耳まで真っ赤にして、いつもみたいにどこか理性の残る笑顔じゃなくって。
思い出すだけで胸が苦しい。
顔がまた赤くなる。
「おかしいよ、私…」
あんなに全力の笑顔見せておいて、決勝戦は棄権。
私は上の空で何も考えられなかった。
ただ笑顔だけが頭の中でちらついて離れない。
棄権したのは肩がもう限界だったからでしょ?
なのになんで笑うの?
なんで私に楽しいって伝えてくれたの?
「はぁ…」
考えても考えてもわからない。
どうして私に勉強で教わらないことばっか教えるの?
意識させない人の扱い方。
勉強してないのに賢いと思わせるような喋り方。
嘘を吐かない駆け引き。
全然予想付かない下心だらけの視線。
保健の教科書に書いてある方法とはまったく違う子どもの作り方。
全部知らない。
同じだけしか生きてないのに、180度違う知識。
私にはない器用さ。
「うらやましい…のかなぁ」
もう考えられない、と思ってゆっくり立ち上がるとガサガサと音がした。
「?」
「め、目片さん!もう戻るの?」
「杉下!?お前なんでそんなとこに…」
「高橋こそ!あっ、トシ!お前まで!」
「お、俺は別に…っ」
物陰から3人ほど男の子が出てきた。
あ、もしかしてベンチ一人占めしてたから邪魔だった?
みんな食休みに来てたみたい。
「ごめんね、邪魔して。
私もう戻るからみんな食休みならベンチで休んでたほうがいいよ」
そう言うと、私はみんなが大騒ぎしている大部屋に戻った。
ほんとうにみんな空気で酔ってるみたいで、俗に言うドンチャン騒ぎみたいな状態になっていた。
「あ、委員長」
なぜか脱がされかけてる野沢君が私の存在に気づいてくれた。
「ノリ!あんだけしっかり抜け駆けしといてまだ目片に話しかけるのか!」
「だから抜け駆けとかなんのことだよ!」
「しらばっくれるな!色男が嫌いなんだよ俺はー!!」
「わははは!やっちまえタカオー!」
なんだかよくわからないけど、野沢君は私に話しかけちゃいけないみたい。
野沢君に悪いからちょっと離れとこう。
「ヒナ、ヒナ!」
適当なとこに座ろうとすると同い年の女の子たちがわっと寄ってきた。
女の子たちも空気で酔ってるみたい。
顔が真っ赤。
もうみんな外で食休みしてきたらいいのに。
もしかしてこの部屋熱いせいかな。
クーラーつけてもらえるか店員さんに聞いてみようか。
「ね、野沢君と外で二人で居たって本当?」
「確かにお話はしたけど…」
それだけでみんな悲鳴とも歓声ともわからない声をあげた。
「なんでよー!野沢君までとらなくていいでしょー!」
「食休みついでに本当にちょこっと話しただけだよ?」
「みんなのアイドル野沢君よ!ヒナだからまだ許せるけど特定の女の子とおしゃべりなんて許せないのよ!」
みんなみどりみたいなこと言うなぁ。
そうだ、今の水泳部のみんなの彼女の評価ってどうなんだろう。
「OBの桃松夏雄さんの妹さんはどうなの?野沢君とよく喋ってるよ?」
「アレはいいのよ!」
いいんだ?っていうかアレって…。
まっつーも女の子なのに。
他のクラスの野沢君ファンからは結構疎まれてるって本人も言ってたけど。
水泳部じゃそうでもないの?
「だってあの子は、ねぇ」
「うん」
みんなはうんうんと頷きあうと溜息を吐いた。
「たまに女子の水着凝視してるじゃない」
何してるの、まっつー。
「しかも上のほうの教室からガン見よガン見」
「最初は男の子の水着見てるのかと思ったんだけど、どう考えても違ったのよね」
「そう、視線がなんというか…女子」
うん、想像つく…。
っていうか私全然気付かなかった。
水泳部なんててっきり興味がないのかと思ってたのに。
「ヒナは本当に鈍感だもんね」
「ヒナもたまに見られてたよ」
「え、嘘」
私のことも見てた?
それだけで頬が熱くなる。
あぁもう、外で涼んできた後なのに。
「ほんとほんと。双眼鏡でバッチリ」
それは、ちょっと、見過ぎかな…。
「一番見られてるのはやっぱみどりだけどその次は私かな」
「いや、私よ。美しいって罪だわ」
「あたしだってば、胸はあたしのほうがでかいもん」
良かったねまっつー。
なぜかモテモテだよ。
ちょっと面白くない気持ちで話の続きを促す。
「本当に私も見られてたの?」
「うん、特にあの日以降は…」
どの日?
「文化祭の後ね」
「あれは完全に胸しか見てなかった」
胸?
いつもみどりと一緒のときは私の胸に興味なんて…。
文化祭。
私とまっつー。
胸。
…あ!
うわ、ヤダ、わかっちゃった。
「うぅ…」
「なに、ヒナ。心当たりあったの?」
「ちょっと」
絶対まっつー変なこと考えながら見てた!
文化祭の前に私ブラジャー渡してるもん!
あのブラどうしたんだろう。
-ちなみにこれ、どうするの?-
-匂いを嗅いで色々妄想する-
わ、わ、ヤダ恥ずかしい。
まっつーは私の何を想像したの?
あぁあ、あ、あ、ダメ!ダメダメ!何を思い出そうとしてるの!!?
ブラを外されたときに触れた指先とか温度とか、もう…っ!
「なに、急に前かがみになって」
「ちょっと目片比奈子解説機はどこ行ったのよ。みどりー?どこー?」
「うぅぅぅぅ…」
「唸ってるし、本格的にヒナが狂った(笑)」
「いや、(笑)とか言ってる場合じゃないでしょ」
女の子たちが口々に何か(しかもちょっと失礼っぽいこと)を言ってるけど耳に入ってこない。
自分の体を抱きしめてうずくまる。
なんか、体がウズウズする〜…っ!
「どうしよう、私、なんか変!」
「大丈夫、ヒナとみどりは私たちから見ていつもかなり変だから」
「そういうのじゃなくってぇ」
「うわ、泣きそうだし。ほんとにみどりはどこ行ったのよ」
あぁうぅ〜、頬が熱い体が熱いもうヤダ…。
もっとまっつーのことで考えたいこといろいろあったのに!
まっつーのこと考えたいのにまっつーの存在が邪魔する〜…っ。
そうだ、みどり!
みどりになにか聞こう。
常識人なみどりのことだから何かこうわからない雑念みたいなのはスパッと切り捨ててくれるはず!
「私!みどりにメールする!」
「あ、うん、がんばって」
(よくわからないけど復活したみたいねひそひそ)
(でもまだなんか変なテンションよぼそぼそ)
(もしかしてヒナまで空気で酔ったのかなごそごそ)
なんかみんなヒドい…。
もうぐちゃぐちゃになりながらみどりにメールする。
今どこにいるの?
助けて幼馴染!
『ごめん、今ちょっと桃松んちでお手製のおでん食べてる。
噂通りほんとに美味しいわこいつのおでん。
モヤシ炒めも中々よ〜。ヒナは焼き肉どう?美味しい?』
ずるい。
ズルいズルいズルい!
なんで一人で抜け駆けしてるの!?
私だってまだ食べたことないのに!
「お、目片。誰とメールだー?彼氏かー?」
「顧問セクハラー。それに鈍感なヒナに限ってそれはないですよ。
みどりから返事きたー?」
「…きた」
「あぁ、そういえば鈴城がいないな。
ま、幼馴染がいなくて寂しいのはわかるが今日は目片も主役の一人だ、好きなもん食えよ。
ほら、何が欲しいんだ?カルビか?塩タンか?」
顧問が優しくお皿をとってくれた。
私の頭はもうわけのわからないムカムカでいっぱい。
「追加してもいいぞ。お茶漬けか?クッパか?キムチも美味しいぞ」
食べたいもの。
したいこと。
頭が完全にどうにかしちゃった私の頭には一つしかなかった。
「おでん!おでんが食べたいですっ!」
目を点にした顧問は、気まずそうに目を伏せた。
「…おでんはまだ早い季節だからないと先生は思うぞ」
私、もう泣きそう。