Lily memo %



うちの妹はもうダメかもしれない4


「夏雄さん、明日で夏休みが終わります」
「そうらしいな」

大学生の終わりはちょっと遅いのさ。
だから他人事といえば他人事だ。
…ノリと遊ぶ時間が無くなるのは少し悲しいがな。

「その余裕はちゃんと終わらせたんですか?」
「何を?」

ヤりたりないってことか?
誘ってんのか?




「…アキの宿題ですよ」




俺は目の前どころか髪まで真っ白になったんじゃないかという錯覚を覚えた。

『あぁ…やだ、どうして…そんな…っ』
「あぁーエルたんかわええー…」

中からいかがわしい声が聞こえる。
これは嫌な予感しかしない。




「アキィィイイイイイイーーーーーーーー!!!!!」




スパーン




「兄ちゃん、妹の部屋にはあれほどノックしろと…」
『だめ、らめぇ…っ!』
「そのいかがわしいBGMを止めるんだ!いますぐ!」
「えー」
「えー、じゃありません!」

PCゲームを止めさせ、正座させる。
どうもこないだの花火大会からうちの妹はやさぐれていていけない。




「夏休みの宿題はどうした!?」
「やってないよ」




ケロリと言ってのけた妹の発言により、翌日我が家は緊急集会を行うことにした。















が、そんなに集まらなかった。

「…誠二は巽で手いっぱいだし、奈央ちゃんは今おばあちゃんちに行っている。
 美幸は呼ぶと時間のロスになる」
「と、いうわけなんだ…、ごめんな目片さん」
「いえ、私で良ければいくらでもお手伝いしますから」

結局、呼んだのは目片さんだけだった。
俺とノリが手伝うことによって終わらせようとしたが、厄介なことに英語が俺たちではちょっと教えきれなかった。
そこで前にこのバカ妹に英語を教えてくれた目片大先生をおよびしたのだ。

「委員長、みどりんは大丈夫なの?」
「みどりは夏休み始まってすぐに一緒に終わらせたから」

…なんて真面目なんだ!(ブワッ)
うちの妹もそれぐらい真面目だったなら…。

「みどりん…、裏切り者…っ!」
「ほら、泣いてないでさっさと始めろよ」
「ノリ、あんたってやつわ…!」
「ほらほら、変にテンションあげて勉強を遅れさせようとしない。
 委員長もせっかく来てくれてるんだから早く終わらせるよ」
「ちっ…」

舌打ちなんかする子に育てた覚えはないぞ妹よ。

「兄ちゃんたちはそっちでテレビでも見てるからな」
「俺たちのことは気にしないでビシバシやってあげてね、委員長」

ノリと二人でソファの方へ移動する。
プチリとテレビをつけたはいいが、耳がどうしてもあちらに集中していけない。
かといってノリの方に集中すれば場所を忘れて盛ってしまいそうだ。

「じゃあまずは、どこまでやったのか聞いていい?」
「…正直どこまでもやってません」

さすがに後ろめたいのか、妹の声が小さい。
俺たちには悪びれずに「やってないよ☆」とか言っちゃうくせに。

「英語全般ってことでいいのかな?」
「うん」
「じゃあリーディングとリスニングコミュニケーションの二つだね。
 リスニングの方が早く終わると思うからそっちからやろっか」

なんだか手慣れているなぁ。
鈴城さんとは幼馴染だって言ってたし、いつもこうやって教えてあげているのかも知れないな。
リスニングは授業のおさらい的なものらしく、淡々と進んでいる。

「…うーん、問題文が読めない…」

それは致命的だな、妹よ。

「その辺りは読めなくても本文と一致するところを探せば大丈夫」
「おー、裏技ぁー」
「でもたまにひっかけもあるから注意してね」
「ひっかけ?」

ひっかけ?

「ほら、この部分。本文と少し違うでしょ?
 問題文は否定文になってるからyesで答えちゃうと間違いになるの」
「なるほど」

なるほど。
思わず頷いてしまってノリに苦笑された。
ノリは開けていた距離を少し詰めてひそひそと話しかけてきた。
…ちょっとした仕草が可愛いなぁ、こいつってば。
おっと、涎が。

「盗み聞きはダメですよ」
「いやあ、つい」
「そうだ、どうせなら二人のためにおやつでも作りましょうよ」

思い立ったら吉日!と、ノリはやけにアクティブに俺を引っ張った。
…積極的なノリも可愛いなぁ。
たまには上に乗らせてみるか、じゅるり。
ノリのお願いを断るはずの無い俺は、立ち上がるとキッチンへ向かった。

「目片さん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「ありがとうございます。じゃあ紅茶をお願いします」
「兄ちゃん、あたしも紅茶」
「二人とも紅茶ならパイでも焼くかー」

キッチンへ向かう俺たちの背中に、心配そうな声で妹の声が届く。

「…ミルクジャム使ってこれがほんとの『おっパイ』とかいうギャグはやめてね」
「やらんわそんな下世話なギャグ!」

というかどうやったらそんな想像ができるんだ!
目片さんが顔を真っ赤にして苦笑してるじゃないか、少しは気を使えい。
それも自分で渾身のギャグだと思っているな…?ニヤニヤするな気色悪い。

「リ、リスニングは終わったみたいだし、リーディングしよっか」
「へーい」

ノリ曰く、リーディングの宿題は次からやる部分の和訳だそうだ。
これがまた厄介で知らないものばかり出てきて英語の単語帳で調べるのも一苦労らしい。
そうか、大変なものならちょっとぐらい奮発してやるか。
妹の好きなイチゴジャムを棚から出した。

「あれ、夏雄さんイチゴジャム買っておいたんですか?
 すぐなくなるからあまり買わないって言っていたのに」
「あぁ、もし妹に脅されたりなにかあったときに物で釣ろうと思って」
「どうしてあなたたち兄妹はそう考え方が物騒なんですか」

しょうがないじゃないか。
こないだだって「兄ちゃん、ちょっと面ぁ貸せや」とお金を取り立てにきたんだから。

「それ、夏雄さんが生活費ちょろまかしたからでしょう?」
「てへ☆」
「可愛くないですよ」

ノリがつれない…。
あれには色々事情があったというのに。

「夏休み遊び過ぎてお金なくなったって素直に言ってくださいよ」
「いやぁ、夏って怖いね」
「…はぁ」

恋人というのは付き合って何年かするとラブラブな感じじゃなくなるというのは本当らしい。
なんだか最近のノリは完全に俺たちのオカンのようだ。

「えい」
「わぁ!何するんですか!」
「うんうん、やっぱノリはこうでないと」

ちょっと顔を真っ赤にするノリはウブで大変可愛らしい。
ちなみに今のはたんに胸板に手をやっただけである。
まぁちょっとしたスキンシップってやつですな。

「兄ちゃん、人前でイチャイチャ禁止」
「妹よ、恋人とおうちに居るんだ。イチャイチャして何か問題でもあるというのか」
「大問題ですよ、お兄様」

ほれ、と顎で示された先には、目片さん。
…あ、しまった。
顔を真っ赤にして固まってしまっている。

「…委員長、帰る?」
「え?あ、だ、大丈夫!」
「ごめん、目片さん…」

すいません、ほんとに。
ちょっと馴染みすぎてほんと忘れてたんです。
そういえばあなたはノーマルでしたっけね。
目片さんは自分に言い聞かせるように下を向いてブツブツ言っていた。

「大丈夫、大丈夫…」



…ほ、ほんとにすいません…。



「兄ちゃんたち、上でゆっくりしてたら?」
「そうしようか…」
「あ、大丈夫です!ちょっとびっくりしただけですから!」
「そう?」
「委員長、吐きそうだったら言ってね。洗面器持ってくるから」

それは言い過ぎでないかい、妹よ。

「ほんとにびっくりしただけなの。
 ほら、まっつーってば手が止まってるよ?」
「…うん」

妹は最後にこっちを一睨みすると、またノートと教科書と辞書をめくる作業に戻った。

「怖ぇ…」
「もう、夏雄さんが調子に乗るからですよ!」

言い返す言葉もございません…。
気になってちらりとあっちを見ると、何やらひそひそと会話している。
が、なぜかうちの兄妹は昔から地獄耳で丸聞こえだったりする。

「…お兄さんと野沢君って…その…付き合ってたんだね」
「うん、ごめんね。ショックだった?」
「大丈夫。ただ全然気付かなかったから…」
「え」

え、とはなんだ妹よ。
俺はこれでも外では、その、ちゅーとか以上はしないようにしているぞ。
ばれないはずだ!

「ショックじゃないの?」
「どうして?」
「…いや、別に」

なんだ、歯切れが悪いぞ妹。

「あれ?」
「どうしたの、委員長」
「ねぇ、前にお兄さんが野沢君を待ち伏せて怒ったことあったじゃない」
「あぁ、シスコン事件?」

そんな呼び方をするな。
俺にとっては色々な名誉や地位をかなぐり捨てた事件だったというのに。

「あれってもしかしてお芝居?」
「まぁお芝居といえばお芝居だね」

俺としては実際に妹に男ができたらやるつもりだけどな。
女の子なら別だけど…。

「…そっか、そうなんだ」

あれ、目片さん。
なんですかその意味深な呟きは。

「夏雄さん、お湯沸騰しましたよ」
「おぉっと」

慌てて盗み聞きからキッチンに意識を戻す。

「もう、夏雄さんったらほんとにアキのことしか意識にないんですから」
「うぅ…シスコンではないはずなんだ…」
「夏雄さんとアキぐらい仲の良い兄妹なんて結構珍しいほうですよ」
「あぁ、そういえば弟は最近どうなんだ、元気か」

ノリには3つ下の弟がいる。
去年あたりから確か反抗期で大変だったはずだ。

「最近は落ち着いてきたというより、父と母が要領を得てきたって感じですね」
「大変だなぁ、お前んちも」
「これぐらいは普通ですよ」

まぁ確かに家庭事情的には俺たちのほうがある意味大変…か?

「大変っていうかまぁ落ち着きましたよね」
「ある意味な」

そういえば父ちゃんと母ちゃんは元気しているだろうか。
前に会いに行ったのは2週間前だしな。
夏休みだしもっと頻繁に会いに行ってもよかったかもしれないな。
メールぐらい送っとこうか。
俺もなんだかんだで親不孝者だよなぁ。
今度父と母が帰ってきたら少し肩でも揉むかな。
そうこう考えている間に、チンとオーブンが音をたてた。

「おう、できたできた」

アツアツのそれはストロベリーパイ。
妹は不思議なくらい苺製品が好きだ(ただしドライ苺は認めないらしい)。

「アキ、それが終わったらストロベリーパイが待ってるぞ」
「み な ぎ っ て き た !!」

やめろ、そのネラー的喋り方。
さっきよりページをめくる速度が倍速になった。
最初からそのスピードでやれよ。
しばらくノリと紅茶を嗜みながらその様子を見ていると、ふと妹の手が止まった。

「…これ、訳がどうしてもおかしくなる」
「どれ?」

目片さんが身を乗り出すと、妹はノートを差し出した。

「辞書通りにやると『あなたを常用している』ってならない?
 これじゃパシリじゃないこの人」
「パシリって…。これは…ふ、二つめにも違う意味があるでしょ?」
「あるけど、これって麻薬とかに使うから文的におかしくなるんじゃ…」
「難しく考えなくていいよ」
「あ、もう一つある。…あぁ!『あなたの大ファンです』ってことかぁ!」
「それじゃあ前後の文と繋がらないよ」

おや、なんの話だ。
なんか甘酸っぱい感じがするぞ。

「『私はあなた中毒です』。あなた中毒ってなんじゃい」
「もうちょっと、わかりやすく砕いて」
「わかりやすく…、くだく…?」
「よく読んで。この話がどういうお話かはわかってる?」
「…恋愛物だねぇ」
「うん、じゃあそこを踏まえてどうぞ」

妹の頭はもうパンパンらしい。
煙が見えそうだ。
しかし目片さんの顔も赤い。
…っていうか英語の題材が恋愛物かよ。
先生の趣味か?女だな。

「『私はあなたに夢中です』かな」
「意味的には合ってるよ。
 じゃあそれに更に先生好みの解答にするために前後の文から進化させちゃおっか」
「し、進化!?」
「うん、じゃないと恋愛の言葉遊びとして成り立たないようになっちゃうから」

やけに難しいな。
っていうか英語ってそこまで考えて和訳しなきゃいけないのか。
恋愛の言葉遊びとか高校生に教えてどうすんだ。

「…うーん、わからーん」

俺にわからないものが妹にわかるはずがない。
まぁそもそも俺には問題の原文すらわからないんだが。
机に突っ伏する妹がやけに頼りない。

「せんせーぇ。答えー」
「え!?」
「ダメー?」
「ダメではないけど…」
「ないけど?」

甘えるな妹よ。
普段遠慮し放題なくせに勉強や宿題に関しては図々しいんだからこいつは…。
目片さんはなぜか顔を赤くしている。
そんなに答えにくい文なのか?

「じ、自分が言うのは恥ずかしいな…」
「なんで?あたしが言ったのと意味は同じでしょ?」
「それはそうなんだけどね」

目片さんは少し咳払いすると、ちょっと迷ってから口をひらいた。




「『私はあなたに溺れています』」




「うっわ、委員長恥ずかしっ」

鬼畜すぎる。
うすうすわかってて言わせたろ、この駄妹め。

「だ、だって、それが答えなんだもん!」
「やー、良いもん聞かせてもらいましたわー」
「うぅ…だから恥ずかしいって言ったのに…」

首まで真っ赤にして…可哀想に。

「で、本当にそれが答えなわけね」
「う、うん。水族館デートっていう話だから」
「恋に溺れるってかけてるわけね、うんうん納得ー」

…なるほど。水族館デートの話か。
ちらりとノリを見ると、なぜかメモしていた。

「ノリ…」
「あ、別に違うこと書いてたから帰ったら直そうと思ってメモしてるわけじゃないんですよ?」

全部言っちゃってるぞノリ。
可愛い奴め。

「そんで、結局元の文はなんだったんだ」
「addicted to youですよ」
「あぁ、なんかそんな曲無かったっけ」
「ありますけど言っちゃダメですよ」
「なんで?」
「色々な問題があるので」
「ふぅん」

今ので和訳が終わったのか、妹が伸びをした。

「終わったか?」
「うむ」
「じゃ、まずはお礼を言いなさい」

顎で目片さんを示すと、妹はペコリと頭を下げて机に突っ伏した。

「いいんちょー、ありがとー」
「いいえ、どういたしまして」

にっこりと笑う目片さんにほいと紅茶を手渡すと、お礼とともに微笑まれた。
…が、何か視線を感じるぞ。

「…なんだ、妹よ」
「兄ちゃんのそのスキルが欲しい」
「どのスキルだ」

くったりしている妹にも喝を入れようと紅茶を持って背中に近づくと、急に立ち上がって俺の横をすり抜けた。

「勉強もうやだー!」

そのままの勢いでソファにダイブして俺たちの家族であるウサギのぬいぐるみに抱きついた。
…なんか見たことある光景だなぁ。

「おら、もう終わったんだからこっち来てお茶にしなさい」
「やーふぁー!」

ウサギに顔を押し付けすぎだ。
にこにこと笑いながら妹の奇行を見守っている目片さんの正面に座って、ノリもおいでと手招きする。
紅茶に口をつけて自分の淹れたものながら美味しいと舌を巻く。

「やー、ほんと助かりました」
「いえいえ、私も楽しかったです」
「まぁまぁストロベリーパイでもどうぞ」
「ありがとう野沢君」

ノリも目片さんを気に入っているようだ。
俺も言えた話じゃないが、ノリは結構アキを溺愛している。
ノリとしても妹のような存在であるアキと仲良くしてくれている委員長は好ましいんだろう。
…ちょっぴり嫉妬なんてしていないぞ?

「…こないだお昼をごちそうになったときも思いましたけど、お兄さん結構料理上手ですよね」
「妹が独創的な味しているからな」
「へふぁふぁふぁい!!」
「何言ってるかわかんねーよ…」

恐らく下手じゃないと言いたかったのだろう。
確かに下手ではない。
下手ではないんだが…。

「アキのは下手っていうより味があんまり無いんですよね」

とほほと肩を竦めるノリの肩を慰めるようにポンと叩く。

「あたしには十分だよ」
「お前には十分でも俺たちには素材の味しかしねぇんだよ」
「健康的でいいと思いますよ」
「ほら、委員長もこう言ってるし」

目片さんは優しいし、実際味わったことがないからこう仰っているんだ!
一度食わせてあげてみたいもんだ。
味噌汁はお湯だしサラダは何もかかってないしひどいもんだ。
あれでおでんともやし炒めだけは美味しく作れるとかわけがわからん。
そのうえ他人の料理の味の良し悪しはわかるのだからどうしたものか。

「そういえば文化祭の出し物って水泳部は喫茶店だったよね」
「そうそう」
「野沢君はウェイトレスだったよね」

うっ…なんだこの爽やかオーラは…。
目片さんとノリが喋ると俺たち兄妹には少し近寄りがたい雰囲気があるな。
しかし、ウェイトレスとな?

「衣装は?」
「水着ですけど」

…それは、とても見甲斐がありそうな…。

「兄ちゃん、涎」

おおっと、じゅるり。

「委員長は料理側?ウェイトレス側?」
「私は今回はウェイトレス。料理側は去年やったから」

目片さんのウェイトレスか。
それはさぞ可愛いだろうに。
…っていうか女子は水着はアウトじゃないか?

「女子は浴衣ですよ、夏雄さん」

まぁそりゃそうだよなぁ。

「アキ、お前は何かやらないのか?」
「帰宅部だもん」
「つまんねぇ青春だなぁ」

俺たちの会話に違和感を覚えたのか、ノリがきょとんと目を向いた。

「あれ、でもアキは誠二の居るテニス部のお手伝いするんでしょ」
「余計なことを…」
「へぇ!何するの?」

おや、目片さんは興味深々だ。
しかし人付合いの悪い妹が良く手伝いなんか名乗り出たもんだ。
そもそも誠二がテニス部に居る時点でおかしいんだがな。
…あいつは女子カテゴリーなのか?男子カテゴリーなのか?

「…屋台」
「なんの?」
「たこ焼き屋」

おかしいな、こいつがそれしきのことでこんなに渋るなんて…。
これは何かあるに違いない。
俺はひっそりと胸のスケジュール帳に高校の文化祭を予定にいれた。

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