ピンポンと高らかな音が鳴る。
俺はふと我に返った。
「ま、まずいぞ…!妹、なんとかしろ!」
「なんとかって言ったって…」
まずは俺が出て行って人の目を引きつけておいて妹に片付けさせようと立ち上がった。
「何してんの、夏雄さん、アキ」
ミンミンとうだるような暑さの夏。
俺たち兄妹は熱で頭が浮かれていました。
『あっ、あぁん』
プチリ、ブツンッ
「いらっしゃい!」
「やー、狭い部屋でごめんねー」
何も無かったことにした。
点いてたテレビを消し、いそいそとエロビデオを端に追いやった。
「無かったことにしようとしないでよ。
俺はいいけどあとの人たちがさぁ、様々な反応してるから」
一人、耳を押さえながら真っ赤になって震える少女。
一人、右手に拳を作りこれまた真っ赤になって違う意味で震える少女。
一人、くねくねしながら指を咥えて悶える少女。
「「…すいませんでした」」
まったくもって謝罪するほかございません。
「あーもー、信じらんない!」
「鈴城、悪かったな」
再帰不能なまでに赤い目片さんの代わりに、鈴城さんの怒りをなんとか抑えようとするノリ。
言ってくれればお手伝いするのにぃ、と悶えている少女はもちろん放置だ。
「お前らがチャイム鳴らしてすぐ入ってくるから悪いんだ」
「兄ちゃんがノリに合い鍵なんて渡してるからじゃん」
「そもそも、友人が来る前にAVなんて見ないでください」
お願いですからとノリは俺たち兄妹に懇願する。
…けどなぁ。
「勉強会なんだろ?」
「ストレス溜まる前に放出しとかないと」
「なんであんたたち兄妹はそんなとこばっかそっくりなんだ!」
そう言われても俺たちこういう日常しかおくってないからなぁ。
困るよねーと妹と顔を見合わせる。
ちなみに見ていたビデオは男女が絡み合ういたってノーマルなビデオだ。
「…とりあえず、リビングでやるんですか?」
「何を?」
「勉強に決まってます!」
最近のノリはやけに突っ込み器質だなぁ。
そんなところも可愛いけど。
「あぁ、それにしても久しぶりです夏雄先輩♪」
む、そういえばこの子も一緒なんだよなぁ。
「お兄さんとも知り合いなの?」
やっと復活した目片さんがきょとりと目線をむける。
知り合いっつーか…。
「えぇ!私、夏雄先輩が大好きなんです!」
…勘弁してほしいなぁ。
好いてくれるのは嬉しいけどノリの視線が痛い。
そんな嫉妬しなくても俺はノリ一筋なのに。
正直、ノリ以上の美少年なんてこの世にいないと思っている。
「あ、もちろんアキ先輩も大好きなんですけどね」
「ついでみたいに言うな」
「あぁ、つまりあんたは桃松兄妹が好きなわけね」
鈴城さんはもう疲れたのか、ぐったりとソファにもたれかかっていた。
うん、いいくつろぎ具合だ。
「やぁだもう!わかってますねぇ、みどりん先輩♪」
「みどりん言うな」
「そうだ、それはあたしの特権だ」
「あんたは黙ってて」
「あぁもう!いいから勉強始めるぞ!」
ノリ、お母さん役がすっかり板について…ほろり。
少女たちは言われる通り、勉強道具を持って席についた。
広いリビングが珍しく華やかだ。
…これでもっと美少年がいれば言うことないんだが。
座卓には一面ずつ女の子たちが座り、俺はノリとマンツーマンでテーブルについた。
「みどりは今日は数学?」
「公式とかほんとわけわかんないのよね…なんだっけサインコサインタンデント?」
「タンジェントね。まっつーは?」
「アキ先輩が嫌いなのは国語ですよね!」
こらこら、君が答えるところじゃないぞ美幸くん。
目片さんが苦笑してるじゃないか。
「いや、今日は保健体育で…ごふっ」
「ふざけんな!」
こらこら。
「じょ、冗談だよ。せっかくだから英語を聞こうと思ったの!」
おや、珍しい。
「兄ちゃん英語はそんなによくないし、委員長には英語を聞きたいなって」
うるせぇ、その代り数学は完璧なんだよ。
「やだなぁ、アキ先輩♪私なら万能ですよ!」
「あたしは自分の貞操をささげてまで勉強したくないんだよ」
もっともな意見だ。
まぁ、もちろん今日は俺もいろいろ口実にノリに触ろうと思っているが。
思っていることがバレたのか、ノリは俺を睨んできた。
「じゃ、じゃあ質問があったら言ってね。
私は私で問題集解いてるから」
「何の?」
「…」
おや、珍しい。
目片さんが言い淀んでいる。
アキから顔を逸らすと、真っ赤な顔でぼそりと呟いた。
「…ほ、ほけん…」
おやおや。
「それなら参考になるビデオがあのへんに転がってるけど」
妹よ、その冗談はちょっと笑えないぞ。
「ほ、保健はそんなに得意じゃなくって…」
「あぁ、子宮がうずくのって病気じゃないかって言ってたもんね」
「桃松、それぐらいにしてあげなさいよ。ヒナは真面目でこういう子なのよ」
「んー、なんか遠い世界ですねぇー」
「…なんかみんなの生温かい視線が痛い…」
そもそもどういう経緯で子宮どうこうの話になったんだ君たち。
この子たちの学校生活が兄ちゃんは少し心配になったよ。
「とりあえず勉強しようか」
「そだねー」
カリカリと手を進め始めた少女たち。
ノリは機嫌が悪いせいでもくもくと勉強している。
俺はというと、妹と違ってちゃんと毎日勉強しているので今とりたてて勉強する必要がなかった。
そもそもこの季節の高校と大学のテスト期間はずれている。
「夏雄さんは何してるんですか?」
もそもそと動きはじめた俺が気になったのか、ノリは手を止めて俺を見た。
俺の手元にはボウルと袋にたくさん詰まったそら豆がある。
「昼ご飯はうちで食べるだろ?
出前を取ろうか考えたんだがどーせならこないだ父から届いたそら豆を消費させてもらおうと思ってな」
「あぁ、なるほど」
視界の端で眉間に皺を寄せた妹が見えたが知らんぷりを決め込んだ。
妹が豆嫌いなことはわかっていたのであえて言及することはしない。
「夏雄先輩の手料理が食べられるんですか!?」
「まぁそうなるな」
「やったぁ!」
あ、またノリの機嫌が…。
「あー…、ノリ?」
「なんですか」
勉強の妨げだというように睨まれた。
いつもは華やぐように爽やかなノリの声が固く痛い。
「作る時に手伝ってくれないかなぁー…と」
「悪いですが俺は勉強しなきゃいけない身なので」
あぁ!二人きりになればなんとかできると思ったのに!
美幸ちゃんは俺たちが付き合っていることは知っているはずなのだ。
…が、彼女は止まることを知らないのかガンガンとアタックしてくる。
対策考えないとなぁ。
細かいすじをのろのろと取りながら、ぼんやり時間が経過するのを待つ。
ふいに視線を感じて、女子島を見た。
「あ」
目があったのは美幸ちゃんでも妹でも無かった。
「目片さん、どうしたの?」
「いえ、なんでも」
「そう?」
「大丈夫です」
「そっか、わからないことがあったら俺に聞いてくれてもいいからね」
「ありがとうございます」
ふわりと微笑んだ目片さんはやっぱり可愛らしい子だと思う。
俺たちの性癖を知っていてなお妹と仲良くしてくれる辺り良い子でもあるし。
「良い子ですよね」
女子たちがわからない問題で話しこんでいるときに、ノリが聞こえないように話しかけてきた。
俺はそれに頷いて同意する。
「アキも気に入ってるみたいだし、くっついてくれりゃいいですけどね」
「妹もノンケだと言っていたしそれはないんじゃないか?」
「そうかもしれないですけど…」
「俺たちにとっては友達として傍に居てくれてるだけでも有り難い話なんだよ」
引っ張り方が悪かったのかぷちりとすじが切れる。
ノリには現実的なことを言ったが、俺だってそうなってくれればいいなと思っている。
それにこれは確証がないが、妹はきっと目片さんを好きになっている。
本人は否定するだろうけれど兄として感じるのだ。
「ま、助けられるときに助けてやりゃいいのさ」
「夏雄さんはあまり動かないほうが…」
「あぁ?」
「だって夏雄さん空回りすること多いし」
妹と一緒にすんな。
怒ろうかと思ったがクスクスと笑うノリを見て、機嫌が良くなったのなら良しとしようと考え直した。
会話の流れで妹を見やれば、ぼんやりとペンを回している。
…勉強に身が入らないのはわかるがもうちょっとしっかりしろ。
「アキ」
「なにかな兄ちゃん」
「気合いでやれ、気合いで」
「無理、もー無理」
妹はさっと机から離れるとソファにダイブして俺たちの家族であるウサギのぬいぐるみにしっかと抱きついた。
「あのねー、私も頑張ってやってんだからあんたも頑張りなさいよ」
「ふふふ」
「ヒナも笑ってる場合じゃないわよ」
「だって…」
呆れてやる気を無くしそうな鈴城さんの弱った態度に、目片さんはまた笑みを深めた。
「アキ先輩!抱き枕にするならぜひ私を!」
「そんな逆に抱かれそうな枕などいらん」
「じゃあ俺にするか」
「兄ちゃん抱きしめて喜ぶ妹なんて二次元にしかいないよ」
なんだとー。
まぁ、俺も正直抱きついてきたら気持ち悪いと思ってしまいそうだが。
それがわかっているのかノリも穏やかに笑っている。
「ほら、こっちに戻ってきなさいよ、桃松」
「やぁーふぁー」
「ウサギから手を放しなさい」
「だが断る」
「なによそれ」
妹よ、それは一般人には伝わらんよ。
「Eカップに触ればやる気がでるかもー…」
「一生そこで沈んでなさい」
なんてあからさまなセクハラ。
そろそろ訴えられるぞ妹。
「…私じゃアピールできない…!」
ショック受けるとこはそこかい美幸ちゃん。
確かに見たところ妹より小さそうだった。
…ならばAか…。
「うーん」
「どうしたの、ヒナ?」
突然唸りだした目片さんを心配そうに鈴城さんが覗きこむ。
妹も気になったのか、ウサギから顔を放した。
みんなの目線が集まる中、目片さんが喋ったのは。
「Cカップなら、半分くらいはやる気だしてくれるかな…?」
さ、触らせる気か!?
いいのか!?
ショックを受けた全員が固まっている。
いち早く動き始めた妹が、ツトツトと机に戻ってくる。
さ、触る気か!?
「よし、勉強しよう」
違うらしい。
妹の良心がちゃんと発揮された。
むしろ妹が壊れたといってもいい。
鈴城さんは聞かなかったことにしたいのか、そうねと同じく勉強を始めた。
俺たちも聞かなかったことにしようと動き始めた。
けれど、若干一名聞き逃せなかったらしい。
「アピールですか!?アピールなんですか!?目片先輩!」
「え?」
「そういうことなら負けません!さぁ、私の胸を揉みしだいてくださいアキ先輩!」
彼女の暴走によって逆に平静さを取り戻した妹だった。
もくもくと英語に向かっている。
「いやだよ、AAカップなんて」
よもやAカップですらなかったらしい。
ここでまた予想外な人が反応する。
「AAカップってブラジャーつける意味あるの?」
鈴城さん、それは火に油を注ぐというのだ。
Eカップにはわからないんだろうな…。
案の定油を受けて爆発した美幸ちゃんは、ガッと立ち上がり、ガーッと吠えた。
「揺れなくったって乳首隠すために意味はあるんじゃーい!!!!」
そしてそのまま扉を開けて逃げた。
「…勉強教えてくれるんじゃなかったんかい」
ちゃっかり教わる気だったらしい妹が、ぼそりとつぶやいた。