熱い日差し。
きらきらと光る水の粒。
「で、なんで私営プールなのかな。夏雄さん」
俺が聞きたい。
事の発端は妹だった。
「どこか行きたいところってある?」
高校へ行くのを自ら止め、若い美男子に飢えていた俺はもちろん即答した。
「プール」
その結果がこれだ。
突然プールに行くぞと学校生活を過ごす無防備なノリの写真5枚で脅され、なぜか俺はここに立っている。
唯一の救いといえばノリが俺の要望通りビキニタイプの水着を着用してくれていることぐらいだ。
「あー!夏雄さん!久しぶり〜!」
黄色い声でぶんぶんと手を振るのは女物の水着を着た男の娘。
「しゃーっす」
その隣でダルそうに歩くヤンキー。
「おう、悪いな。付き合わせて」
「いえいえ、ほかならぬ夏雄さんのお願いですし」
誠二と巽は俺の大事な後輩だ。
なにより俺の大事なノリとダメ妹の友人だしな。
それにしても巽の体を見ていると、ヤンキーなのが残念に思う。
「巽、今からでもいい。髪を黒に染め直さないか。そしてもう少しだけ長くしないか」
「遠慮しゃーす。俺はこのほうが楽なんで」
くそう、ダメか。
せめてトランクスタイプじゃなくてビキニに…。
「兄ちゃん、恋人の前で友人口説くなよ」
ミシリと俺のこめかみが悲鳴をあげた。
「アキちゃん、だめよー。
顔はやめな、ボデーボデー」
お前らは兄を少しは敬え。
ぐるりと振り返ると、控え目ボディとわがままボディが腕を組んで笑っていた。
妹はトランクスタイプでスポーティかつ胸にワンポイントのある活発でも地味な妹らしいチョイス。
対して奈央はその自慢の胸を強調するような紐ビキニだった。
二人とも競泳水着じゃないということはまったり遊びにきたんだろう。
「しかしまぁ、よかったのかねー」
「何がですか?」
「いや、俺たちも一緒でさ」
「あぁー、確かに」
アキのお願いだから一応来ましたけど、と控え目に苦笑するノリ。
彼女だってこんな風になるとは思っちゃいなかっただろう。
「すいません、お待たせしました」
「うわ…多…」
白と青のボーダーのビキニで清楚かつ大胆な目片さん。
そして大胆な体なのに大人しいピンクのワンピースタイプな女子。
今回の企画は目片さんによるお願いらしい。
なんでも妹へのお礼にどこかへ遊びに行こうってことらしいが。
「あれが例の鈴城さん?」
「そう」
妹はこくりと頷くと、重い溜息を吐いた。
…なんだか嬉しくなさそうだな。
女の子とプールなんてこいつからすれば快挙なのに。
ちゃっかり防水性のデジカメまで持ってきてるくせに。
「あー、ごめんね。なんだか大勢で押し掛けちゃって」
「ううん、気にしないで野沢君」
おお。
目片さんとノリが並ぶとなんだか爽やか過ぎて直視できないぞ!?
どういうことだ、ノリの体はもう不潔といっていいほど俺が開拓し
パコン
「兄ちゃん、鼻血」
「おおぅ」
慌ててティッシュでふき取る。
プールだからな、ティッシュはいつもの倍持ってきたぜ。
それを見て奈央がやれやれと軽い溜息をついた。
「ノリ君たちはクラスメイトだから良かったかもしれないけど私は良かったのかしら。
なんの接点もないんだけど…」
「私は人数が多い方が楽しいですから構いませんよ」
「ほんと?アキちゃん、良い子ねこの子!」
「良い子すぎてこんなことになってるんだけどね」
妹のぶーたれた態度に鈴城さんはさっそく制裁を加えていた。
「何よ、あんた不満そうね」
「せっかくのプールなんだからもうちょっと楽しそうにしなさいよ…っ!」
「うぎぎぎぎ!痛い痛い痛い!」
こめかみぐりぐりって結構痛いんだよな。
鈴城さんは素敵な突っ込み器質に違いない。
さて、ここは気を使える兄らしく。
「コホン、あー、目片さん?」
「あ、はい!なんでしょう?」
わざとらしく咳払いして呼びかけると、目片さんはすぐに反応してくれた。
ほんま、ええ子やぁ…。
「俺たちは自由に遊んでいるから気にしないでね」
「あ、その…」
「そんでうちの妹で自由に遊んでくれてかまわないから」
「え、え?」
「夏雄さん、その言い方じゃあ委員長困っちゃいますよぅ〜。
委員長、男子は男子で遊んでるから用があったら呼んでね♪」
言うが早いか、誠二は俺の腕をぐっと引くと、プールに向かって走り出した。
向かう先には既に巽が居た。
「巽ぃ!私の愛、受け止めて!」
「無茶言うなぁあああうぼあっがぼがぼがぼ」
「あぁああ、誠二も夏雄さんも飛び込んじゃダメだって」
巽に向かってダイブした俺たちを慌ててノリが追いかけてくる。
「じゃ、女の子は女の子で遊びましょうか♪」
「じゃあ誠二も呼ぶか」
「アキちゃん、誠二君はあれでもれっきとした男の子よ」
まぁあっちは奈央がなんとかしてくれるだろう。
「と、いいつつ気になるお兄ちゃんなのでした」
「ノリ」
「夏雄さん、こっそりあっち見てるつもりでしょう?」
バレていたらしい。
俺もとんだシスコンだなぁ。
「まぁ、うちの子がなんだか元気が無かったからな」
「アキはすぐ自棄になりますしね」
ノリもなんだかんだとあっちを見ている。
ノリからしてもあれは妹のようなものなんだろう。
俺たちはしょうがないなと笑いあった。
「まっつー、まずは何したい?」
「う〜ん、そう言われても。何があるんだろ?」
「波のあるプールに、流れるプールに競泳用プール。
アキちゃんの好きなウォータースライダーもあるよ」
「結構本格的だね」
「新しいしね。っていうか桃松、あんた調べずにここがいいって言ったの?」
じと目で呆れる鈴城さん。
パソコン大好きなくせに同人的なもの以外はあまり調べないからなぁ。
同人的なものなら異常なほどに調べるもんな。
それはもうソースから何から調べて裏の裏まで…。
「うん、新しいとこなら少なくとも悪い気分にはならないかなって」
「あんたって結構適当よね」
甘いぞ。
結構どころでなく適当だ。
「委員長、何したい?」
「今日はまっつーのお好きなように」
「じゃ、流れるプールで」
まずは浮輪につかまってゆるゆると流れるつもりらしい。
浮輪を持って意気揚々とプールに向かう様は年相応に可愛らしいもんだ。
「…夏雄さん、何を頷きながら流れるプールに行こうとしてんですか」
「あれ、ダメ?」
「こっそりしてるって言ってたのに同じプールに行っちゃダメでしょう」
ぬぅ、ならばどうしろと。
そんな俺の視線に気付いたのか、ノリは俺にビーチボールを手渡した。
「流れるプールの真ん中にある普通のプールで水球でもしましょう!」
「よし、わかった」
俺はすぐ近くで騒いでいる一見バカップルにしか見えない二人にビーチボールを投げつけた。
「男どもは元気だなー」
アキちゃん、おじさんくさいわよ。
「桃松、おっさんくさい」
鈴城さんは結構ハッキリものを言う子ね…。
「私たちもビーチボールで遊ぶ?」
「いやー、目のやりどころに困るからやめとく」
「え?」
アキちゃん、それはセクハラよ。
「えーっと、島村さんはやりたいことってあります?」
「奈央でいいわよー」
「えっと、じゃあ奈央さん」
目片さんは良い子ねー。
これは男にしか興味ない夏雄も優しくするのがわかるわ。
「鈴城さんも同じように呼んでね?」
「あ、はい。じゃあ私もみどりで」
「わかった、みどりん」
「お前は呼ぶな!」
間髪いれずにアキちゃんにゲンコツを落とすみどりちゃん。
アキちゃんはプールに沈んだ。
「あ、じゃあ私も周りからはヒナって呼ばれてるんでそう呼んでください!」
「ヒナちゃんね、了解でーす」
なんだか可愛くってよしよしと頭を撫でてあげると、嬉しそうにはにかんで見せた。
…これは、アキちゃんとは違う可愛さがあるわね…。
「それで、奈央さん。何かしたいことないですか?
こいつに合わせて流れるプールでぐだぐだするのは飽きましたよね?」
みどりちゃんはアキちゃんから浮輪をふんだくるとそうぼやいた。
たしかに、ちょっとこれはダレるわよねー。
ウォームアップにはぴったりだけれど。
「じゃ、ウォータースライダーに行きましょう。
それでいいでしょ、アキちゃん」
そう言ってアキちゃんの方を向くと、既にアキちゃんの姿は無かった。
「あら?アキちゃん?」
きょろりと見渡してもいない。
「ひゃっほーう!」
ズバー!
「きゃぁああああああああー!!!」
悲鳴の方を見ると、みどりちゃんと浮輪の隙間からアキちゃんが出てきていた。
…何度も言うけど、それはセクハラよ。
「うん、このチャンスを待ってた」
「ちょっ、どきなさいよ!って抜けない!?」
あぁ、浮輪って二人も入ると結構抜けなくなっちゃうのよね。
無理に抜こうとするときゅっきゅって音がして嫌になったり。
「Eカップすげー!」
「黙れこのエロ狸!」
ゴン
あぁ、今のは痛そう。
「みどり、ダメだよ。今日はまっつーへのお礼のつもりなんだから」
「私からしたらお礼なんかいらないわよこんなヤツ!
いっつも突然胸揉んでくるんだから!」
アキちゃん、それはセクハ(略
一度、女の子同士でもセクハラという犯罪は適用されるってこと教えたほうがいいかしら。
「ほら、アキちゃん。痛がってないで浮輪から出なさい」
「奈央ちゃん結構冷たいね」
「そりゃあ慣れたもの〜」
浮輪から出るのを少し手伝ってあげると、驚くほどすんなりとアキちゃんは出てきた。
本当にこういうののコツを掴むのは上手いんだから…。
言うが早いか、アキちゃんはプールからあがろうとした。
「よしっ、満足したしウォータスライダーに行こう!」
「このド変態〜っ!」
「み、みどり、どうどう」
こういう時には積極的なんだから…。
私は怒るみどりちゃんと困惑するヒナちゃんを連れてアキちゃんを追いかけた。
ウォータースライダーの入り口でアキちゃんは楽しそうに説明を読んでいる。
「浮輪に乗って一人か二人ずつだって」
「じゃあじゃんけんで二人ずつに別れましょうか」
「私は絶対こいつとは嫌です」
「本当は嬉しいくせに!」
「うっさい変態!」
「はいはい、じゃーんけーん…」
私が号令をかけると二人は慌てて手を出した。
「お、委員長とだ」
「あんた、ヒナに変なことしないでよ?」
「しないよ。…… たぶん」
「ヒナ!変なことされそうになったらすぐ呼びなさいよ!」
「みどり、ウォータースライダーだし大丈夫だよ」
言わずもがな、先行するのはアキちゃんとヒナちゃんになった。
スタート地点では係員のお兄さんが並んでいる人たちに二人用の浮輪の座り方を教えている。
浮輪は確かに小さく、乗りなれていなければわかりにくい形をしていた。
「えー、前の人は後の人の足の間にお尻を入れ、体を後ろに預けてくださーい」
なるほど。
「…おっぱい枕だ」
不穏な言葉が聞こえたけれどきゃっきゃしているヒナちゃんみどりちゃんには聞こえてないみたいだからスルーした。
知らぬが仏というものね。
「委員長、すーるかされるかじゃんけんぽんっ」
「え?…あ」
予期せぬじゃんけんに後出しでパーを出したヒナちゃん。
結果はアキちゃんの勝ち。
…ちなみにそのじゃんけんって合コンとかでしか使われないモノよね?
「よし、あたしする側ー!」
「え?え?何を?」
おっぱい枕だというのは言わない方がいいわね。
こっそりと「ヒナちゃんは後ですって」と教えてあげた。
「みどりちゃんは前と後どっちがいい?」
「後でいいですよ」
…Eカップって気持ち良さそうよね。
私もアキちゃんに似てきたかしら。
というかあの兄妹と一緒に居たらみんな変態になるんじゃないかしら。
私は少し背筋が寒くなった。
「次の人どうぞー」
「行こ、委員長!」
「うん!」
はしゃぐアキちゃんは相変わらず可愛くってつい中学校の頃を思い出しちゃう。
昔のアキちゃんは本当に水泳が好きで、暇があるとふやけるぐらいプールに入り浸っていた。
あの頃もあんな顔していたっけ。
「気をつけてね、ヒナ」
「大丈夫だよ」
「わーい、Cカップー!」
「あ、え、あぇ!?」
「こぉら、桃松秋生ー!!言ってる傍からあんたはぁぁぁああー!」
「はい、出発しまーす」
「ひゃーほーぅ!!」
「あぁぁぁぁあああああああ」
うわぁ、めちゃくちゃ。
仕事熱心な係員のお兄さんにそのまま流され、真っ赤な顔でヒナちゃんは流れていった。
…ニヤニヤしたアキちゃんと一緒に。
ウォータースライダーが好きならもうちょっと純粋に楽しみなさいよ。
「ヒナ!大丈夫!?」
「だ、だいじょーぶ…」
ウォータースライダーのゴールすぐ近くにある波のあるプールでヒナちゃんは首まで浸かって火照りを冷ましていた。
「何か余分なことされなかった?」
「へ、へいき」
平仮名しか喋れなくなってるあたりなにかしらされたんでしょう。
…可哀想に…。
「の、野良犬に噛まれたとでも思いなさい」
「うぅ…」
「ところでその恩知らずな野良犬はどこ行ったのかしら」
きょろきょろと見回すみどりちゃんに合わせて私も少し辺りを見る。
アキちゃんの姿はいまだ水球で白熱している男子の中にも無かった。
一人でぶらぶらとどこかへ行ったならたぶん…。
「競泳用プールじゃないかしら」
思った通り、3人で競泳用プールを覗きに行くとゆったりと背泳ぎしているアキちゃんの姿があった。
たぶん私たちの姿に気付くと泳ぐのを止めるので声はかけない。
二人も興味があるのか、声をかけずに見ている。
「ふーん、綺麗な泳ぎだっていうから期待してたのに言うほどでもないじゃん」
「あれ?高一のとき見たフォームは凄く綺麗だったんだけど…。
平泳ぎだからかなぁ?あの時はクロールだったし」
「え?もしかしてアキちゃんってば人前で速く泳いだの?」
珍しいことを聞いて思わず口を出してしまった。
ヒナちゃんはこくりと頷くと、高一の記録を測る授業で見たのだと教えてくれた。
「えー、珍しい」
「そうなんですか?」
「うん、中二の時にはもう人前で泳ぐの止めちゃったから」
「…綺麗だったのになー」
ヒナちゃんは本気で残念そう。
そういえば二人は現役水泳部だっけ。
「お兄さんのはこないだ見たよね」
「うん、凄い綺麗だったね」
「あいつは高校で大会に出てるもの」
「えー、そうなんだー」
そっか、彼女達が入る頃には私たちはもう卒業してるし知らないのか。
それはもう夏雄が現役だったころは男女問わず「夏雄さん」「夏雄さん」と凄かったんだけどね…。
「じゃあ尚更もったいないよね、どうしてまっつー水泳やめちゃったんだろ」
「お兄さんが素晴らしすぎて諦めたんじゃない?
家族だとそういう確執とかよくあるらしいし」
「コンプレックスかぁ」
「あ、そろそろ本気で泳ぐかな」
端でちゃぷりと音がして、ターンをすると今度はクロールで泳ぎだした。
元々スラリとした手足が水中から伸び、また水に戻る。
息継ぎは少なく、ほとんど顔をあげない。
「わ、速っ」
「ほら!やっぱり綺麗!」
興奮気味に喜ぶヒナちゃんは自分の見たものは間違ってなかったと嬉しそうにみどりちゃんの腕を小突いた。
うん、アキちゃんはやっぱいいなぁ。
中学校の頃ほど精練されたものではないけど、今でも綺麗。
これこそ私が一目惚れしたアキちゃんだ。
「泳ぎ終わるまで声をかけないと見てたこと気付いて嫌がるし、そろそろ声かけるね」
二人にそう告げると私は水に入ってコースを横切った。
「はい、ストップ!」
泳ぐアキちゃんの頭の正面に手を出し、ピタッと止める。
気付いたアキちゃんがザパリと顔をあげて、私を見た。
その顔は赤くて興奮していたことが容易にわかる。
「奈央ちゃん、いつから見てたの?」
「ヒナちゃんの顔の火照りを冷まして今来たばっか」
思い出したのか、ヒナちゃんの顔がまた赤くなった。
そしてまたみどりちゃんの怒りが高まった。
みどりちゃんもまた水に入ると、潜って一気にアキちゃんの足元まで来た。
と、思うとアキちゃんが沈んだ。
「おぶぁっ!」
「あんたヒナに何したの!」
「ごぼごぼごぼ…」
「みどりちゃん、それじゃ答えられないわよ」
「ぶはっ、そんなひどいことしてないって!」
アキちゃん基準でのそんなひどいことってどんなこと?
「じゃあ何したのよ」
「揉みしだいた」
「どこを?」
「いやさ、後の人って足広げるじゃない」
「あんたが言うとそこはかとなくいやらしい気がするけどまあいいわ。それで?」
「そうするとさ、結構お尻が上にあがるわけよ」
あぁ、そこはかとなく嫌な予感が…。
「そうするとあたしの体も結構安定して両手が自由でして」
「で?」
「内太ももを遠慮なく触らせていただきました」
次の瞬間、アキちゃんはまたプールに沈んだ。
…これは当然の報いだと思うわ。