妹の様子がおかしい。
学校から帰ったら、速やかに居間のテレビを独占しAVを流す。
それが妹の日常だったはず。
もしくは新しく買ったエロゲを部屋のパソコンで引き籠ってプレイする。
そのはずなんだ。
「ただいま」
「おう、おかえり」
妹は帰ると、ドサリと荷物を置いて部屋に入って行った。
しかし、部屋からは何の音も聞こえず、ベッドにドサリと倒れた音しかしなかった。
体調を壊したのだろうか。
それとも何か悩んでいるのか。
「うーん、俺に出来ることはといえば…」
俺は携帯を取り出すと、もうすっかりおなじみの番号に電話をかけた。
「…で、アキちゃんは?」
「さっき殴られる覚悟で部屋を覗いてみたら寝てた」
「ほんとうに?」
学校から帰ってきたヤツがまともに寝るなんてあり得るだろうか。
いや、ありえない。
念のため奈央を呼んでおいたのはもう俺一人じゃどうしようもないことに気付いたからだ。
もちろん俺はいつだって妹の味方、である予定だが。
しかし世の中には適材適所といって自分じゃどうしようもないことがある。
「…あれ、なんで奈央ちゃんがいるの?」
おや、もう起きてきたか。
少し寝不足だっただけだろうか。
「アキちゃんの寝顔を見ようかと思って」
「じゃああたしは奈央ちゃんのお風呂姿でも見ようかな」
訂正、俺はいつだって妹の敵だ。
こいつを世に送り出したら世界は阿鼻叫喚の恐怖絵図になる。
学校は今までどうやってこいつを教育してきたんだ!
警察に捕まっちゃいけませんってどうして誰も教えてやんなかったんだ!
「とりあえず寝起きのセクハラ発言禁止な」
「あ、ごめんごめん。寝ぼけちゃった」
「寝ぼけてる人は普通言葉でセクハラなんかしないわよ…?」
まったく兄の純情踏みにじりやがって。
けどまぁ寝起きにしては機嫌がよさそうだ。
こりゃ本当に心配なんていらなかったか?
「んー、奈央ちゃんきてるなら今日はあたしがご飯作ろうかな」
妹は「よっこら」と言ってキッチンへ向かうと、エプロンを着けた。
奈央は俺の耳に口を近づけると、ボソボソとつぶやいた。
「どっちかっていうと元気そうよ?」
「そう、だなぁ…」
やっぱり俺の考えすぎか。
妹は機嫌よさそうに冷蔵庫の中からこんにゃくやら大根やら卵やらをとりだしている。
うむ、どう考えてもおでんだな。
しかも本当に機嫌がいいのか、何かを口ずさみながら料理をしている。
「ひとつ積んでは父のため〜」
父ちゃんを供養するな。
しかもそれはおでんを作りながら歌う歌じゃない!
父ちゃんは都会でお仕事がんばってんだよ。バカにしてやるな!
「んー、手伝おうか?アキちゃん」
「うん、お願い」
二人が楽しそうにキッチンに並ぶ。
…なんだか本当に平和だな。
俺はまったりとソファに腰かけて待つことにした。
奈央も俺の妹みたいなもんだし、妹が二人で料理するのを見守るのはやぶさかではない。
シスコンというわけではないが、こういうのは兄として普通だろ、うん。
「奈央ちゃん、布巾とって」
「はい、どうぞ」
「奈央ちゃん、じゃがいもとって」
「はい、どうぞ」
「奈央ちゃん、ブラジャー取って」
「うん、却下」
奈央で遊ぶな、妹よ。
ふむ、しょうがないな。
こういうのは「やっぱりお兄ちゃんの方が料理上手」っていうのがセオリーだよな。
「よしアキ!俺も手伝ってやろう!」
「ありがとう。じゃあそこにあるソファに寝っ転がってごろごろしながらマンガ読んでてくれる?」
「よし任せろ絶対やらねぇ」
なんだ、人を戦力外宣言しやがって。
今日は家の用事でノリも来ないから暇なんだよ!構えー!
「じゃあ兄ちゃん」
「おうなんだ!」
「あたしの部屋に料理マガジンがあるから取ってきてくれる?」
「まぁそれならいいだろ」
なんだ、新しい味にでも挑戦する気か?
まぁそれならいつもと違う味になるだろうし俺も嫌ではない。
階段をトトトとあがると、妹の部屋をババーンと開けた。
…1時間後。
「料理マガジンなんてどこにも無ぇじゃねえか!」
「気付くの遅っ」
必死で探しまわったのに!
お兄ちゃんの純情返せ!
少しでも妹の役にたとうと必死で探しまわったあの時間を返せ!
「ヤダなー。あたしの部屋にそんな真面目なもんがあるわけないじゃんか」
「そうだと思ったよ!さっきな!」
お前の部屋にあるもんなんて異様な空気を醸し出す本とかしかなかったよ!
っていうか教科書すら無いってどういうことだ!?
俺の部屋にだって教科書ぐらいはあるぞ!?
「え?やだなぁ、教科書なら…」
妹はトントンと部屋へあがって、ごそごそと音を立てた。
そしてしばらくして戻ってくると、うん、と頷いた。
「教室だわ」
「置き勉かよ」
俺も高校の頃やったけどよ。
高校の頃は良かったなぁ…教室にある自分専用ロッカーがあんなに便利なものだったとは。
というかだな、お前は今部屋に何を確認しにいったんだよ。
「まぁいい。さて、そろそろ俺の出番だな」
「俺の出番も何も夏雄がアキちゃんの部屋でありもしない料理本探してる間にもう仕込み終わっちゃったわよ」
「今煮込んでるだけだししばらくしたらできるよ」
俺何もしてねー!
くっ、まんまと妹の罠に引っ掛かったか。
ふふん、しかし俺にも意地がある。
「妹よ!これを見よ!」
「ん?……そ、それは!!」
俺は妹の部屋を探索した際に見つけた『独占スクープ!君とボクの学園ライフ』を堂々と掲げた。
これは以前、妹が俺の部屋から失敬していったお気に入りの作品だ。
ふっ、借りパクという悪の所業を俺は許しはしない!!
「くっ、返せー!」
「これはもともと俺のだー!」
妹の腕をひょいひょいとかわすと、俺は即座に妹にヘッドロックをかけた。
「ふはははは!小さい!小さいわー!」
「ぬぁー!離せー!胸板ムッチリで気持ち悪いー!」
俺の自慢の胸板を味わえ!
時に固く、時に優しく包み込む、無敵の胸板だ!
俺がそのまましばらく高笑いを続けていると、肩越しからひょいとゲームが取り上げられた。
「まったくもう、二人とも喧嘩しないの」
バキッ
「「うぉああーーーーーーー!!!」」
俺たちは兄妹揃って真っ二つに割られた『独占スクープ!君とボクの学園ライフ』を眺めて涙した。
くぅっ、神ゲーだったのに…っ!
おのれ、奈央、許すまじ!
「何すんだ奈央ー!」
「そうだ!奈央ちゃんの鬼ー!」
「ゲームくらいまた買えばいいでしょ。
すぐ喧嘩するんだから。これに懲りたら乱暴な喧嘩はしないこと!」
「ぅぁぁあ、俺の神ゲーがぁぁ」
エロゲっつーのはまた買えりゃあいいけど、有名な会社でも割とすぐ夜逃げして潰れたりすることがあるんだぞ!
その場合、電気街とかに行って中古を探し回らないと手に入らないものばかりだったりするんだ!
幸い、『独占スクープ!君とボクの学園ライフ』の会社はまだ潰れていないからいいが…。
いやしかし初回特典は別に置いてあったからいいがこれが限定版パッケージとかだったらお前は取り返しのつかないことをしたんだぞ!
「まったくもう、呼ばれたから来たのにすぐつまらないことで喧嘩するんだから」
「んん?兄ちゃんに呼ばれてきたの?」
あ、余計なことを…。
これは心配してる旨を伝えるとぶっきらぼうに突き放してくるようなヤツなんだから。
俺は誤魔化そうと口を開こうとしたが、そのままポカンと開きっぱなしにすることになった。
「そっか、奈央ちゃんもしかしてあたしを心配してきてくれたわけだ?」
照れ臭そうに、顔は不機嫌なままポリポリと頬を掻く。
い、いやしかし次の瞬間にはきっと「別に大丈夫なのに」とかいう憎まれ口が…。
「う、うん、そうだけど…」
「そっか。ありがと」
あまつさえお礼さえ言ってのけた。
俺は慌てて口を閉じると、固まった奈央の代わりに妹のおでこに手のひらをつける。
「た、大変だ奈央!熱がない!」
「あー、兄ちゃん、平熱。熱無いってば。
っていうか熱がないのに『大変だ!』とかどういうことなの」
「夏雄!タクシー呼んで!精神病院!」
「奈央ちゃん、頭おかしくなってないから」
俺たちが散々失礼な態度を見せると、呆れたアキは誠二からかかってきた電話に出るために携帯を持ってあっさりと部屋に行った。
残された俺たちはというと顔を見合わせ、おばちゃんポーズをとるしかなかった。
「島村さん聞いた?『ありがと』ですって」
「聞いたけど…、とりあえず夏雄気持ち悪い」
おぉ、真顔で言うなよ。
精神的暴力だぞ、がるるるる。
「うわー、うわー」
「どうした奈央」
「どうしよう、私顔赤くない?」
「おぉ、恋しちゃったか?」
「あぁうんそれはないけど」
即答してやるなよ。
ちょっと妹が可哀想だ。
「うん、なんか報われた」
そっか。ならいいか。
奈央が妹と知り合ってから3、4年。
好意の塊みたいな奈央だけど、俺は実は奈央がこんなに嬉しそうにしてるのを見たことがない。
友人も多く、いろんな人に手を貸してはいろんな「ありがとう」と言われているのだろう。
その一つ一つは重かったり軽かったりいろんなドラマがあるに違いない。
それでもやっぱりあいつのあんな短い一言がここまで嬉しいんだ。
俺は奈央の頭をポンポンと叩いてやった。
「良かったな」
「うん」
料理は手伝えなかったが、俺はちょっと走ってコンビニへ向かうことに決めた。
今日はケーキにしよう。
小さなケーキしかないだろうけど、それでもきっと妹も奈央も嬉しいだろう。