夜になったらホテルの人が迎えに来てくれた。
ゆっくりお風呂に浸かったおかげか、風邪っぴきさんはゼロ。
明日には帰っちゃうのが少し残念。
「桃松、話があるんだけど」
せーちゃんもおいでって言われて素直にうなづく。
ホテルのお土産を見た後、部屋に帰る前にこっそりとみどりんに呼びとめられた。
最後尾にいたせいか、私たちのことに気付かずにみんな部屋に戻っていく。
「あたしこれからホテルの怪しい深夜番組を網羅する予定だったんだけど…」
「そんな予定は永久に延期にしなさい」
それは延期じゃなくて中止というのよ、みどりん。
「この際だからはっきりさせておこうと思って」
「はぁ」
「あんた、ヒナのこと好きでしょう」
やっぱりそういう話ね。
私も薄々感じてたけど。
「なんのこと?」
「わかりやすいしらばっくれ方するわね…。
ふっ、ネタはあがってんのよ!」
みどりん、取調室じゃないんだから…。
「証拠=ネタ」って完全に刑事ドラマのノリよね。
そういえば犯人に自供させるためにカツ丼を用意するけど素直に喋ったら本当に食べさせてもらえるのかしら。
「桃松、告白して振られたんでしょう!?」
みどりん、飛躍しすぎよそれは。
「あ、うん。それはない」
「しらばっくれてもダメよ。
ヒナのあのちょっと深刻な態度、桃松の挙動不審さ。
それらが全てを物語っているわ…」
アキちゃんが告白とかたぶん無いと思うんだけど…。
「まぁそれならそれでいいのよ」
あ、いいんだ。
「私が問題視してるのは、なんで告白する前に私に相談しなかったかということよ」
「いやだからしてないってば」
うんうんとうなづくみどりんに呆れ気味のアキちゃん。
みどりんが暴走するなんて珍し…くもないか。
「と、まぁ冗談はここまでにして」
「え!?今の話全部冗談!?」
「みどりん、どっから!?どっからが冗談だったの!?」
「『告白して振られたんでしょ』のあたり」
「ほとんどじゃんか!」
「紛らわしいわよ!」
えぇええ、みどりん暴走にもほどがあるわよ。
「これぐらい軽い空気にしとかないと桃松が逃げ出すと思って」
それは確かに言えてるけど軽い空気にしすぎよ?
「とにかくまぁ、あんたがヒナを好きなのは見てれば解るわよ」
「…」
「大体、こいつがヒナにまっすぐに好きですって言える度胸があるわけないじゃない」
「うぐ」
心に痛かったのか、アキちゃんは胸の当たりを抑えてわざとらしく苦しんだ。
「別に好きになること自体は悪いことじゃないのよ。
こればっかりはなろうと思ってなるもんじゃないし」
「やけに現実的にロマンチックなこと言うね」
「でなかったら私だってあんたと友達になってないわよ」
「?」
みどりんはアキちゃんと友達になりたくてなったんじゃなくて、なんとなく友達になっちゃったんだもんね。
わかるよ、私だってアキちゃんのこと大好きになる予定なんてなかったもの。
「私が気にしてるのはそれによって何が起こるか、ということよ」
「どうもしないよ」
「は?」
アキちゃんはちょいっとたちあがって近くの自販機でビタミン飲料を買うと、きゅぽっと栓を開けた。
「今回委員長に賭けを持ち込んだのは、委員長を信じたいと思ったからってだけだから」
だけって言うけど、アキちゃんにしてはすごい進歩。
相手を信じたいって思えるほどに誰かにのめりこむアキちゃんなんて初めて。
きっとアキちゃんがした賭けっていうのは夏雄さんのこと。
アキちゃんが一番怖がることなんて、決まってるもの。
「それでもし、委員長を信じられるって思ったなら、私は委員長の…まぁ、なんだ、友達でいるのも悪くないかなーとか」
もしヒナちゃんがアキちゃんを踏み台と思っているなら、切り離すつもりはあるのかしら。
ヒナちゃんはきっと、そんなことするような子じゃない。
それを知ってるから私にとってはこれは八百長試合だわ。
知らないのは当人だけ、かぁ。
「つまりヒナが望むかぎり、あんたはヒナの友達なわけね」
「まぁそういうとこかな」
「意気地なしねぇ」
たしかに意気地なし。
「へーんだ、なんとでも言えばいい。…あたしはまだ『楽』でいたいよ」
「弱虫ねほんと。私の言ったことがまだ理解できてないじゃない」
「あれ、そう?」
自分では理解したつもりなんだけど…。
と、漏らすアキちゃんに嘘はない。
「楽しいと楽でいることの違いはわかったかもしれないけど、まだまだ不自由ね」
「うー…」
唸るアキちゃんをよしよしと撫でる。
みどりんは優しいけど容赦がないわ。
でもみどりんの言いたいこと、私わかるよ。
その気持ちが伝わったのか、みどりんは私を見るとにこっと笑った。
「まぁこれからまだまだ一緒にいるんだし、5年や10年ぐらい見守っててやるわよ」
それは長いわね。
どうしてみどりんの例え話ってこう極端なのかしら。
「はぁ…よくわかんないけど、みどりんはあたしの味方なの?」
「ヒナの味方であり、せーちゃんの味方であり、まぁあんたの味方」
「ふぅん」
アキちゃんはわかったのかわからなかったのか、ぷらりと手を振った。
「ちょっとお散歩してくる」
「そ、私は戻るわー」
私はどうしようかしら。
みどりんに目線を合わせると、ちょこっと肩をあげた。
「…せーちゃん、お兄さんのやるせない気持ちが私ちょっとだけわかったわ」
「そう?」
「心配してる、とか、きっとまっすぐに伝えれば信じない。
でも、遠まわしに言ってもわかってもらえない。
なんだか、むなしい…」
苦しそうに眉を寄せると、顔を伏せる。
…優しいなぁ。
私はみどりんをぎゅっと抱きしめてあげると、ぽんぽんと頭を撫でてあげた。
「大丈夫、ちゃーんと伝わるわ」
「そうかなぁ、あのバカのことだしどーせヒナの心配しかしてないと思ってるんじゃない?」
「私のアキちゃんは確かに鈍感でちょっとおバカさんでたまにおマヌケさんだけど…」
「せーちゃん、私そこまで言ってないけど…」
自分の口元に指を当てて、にこっと笑う。
「アキちゃんはみどりんのこと大好きだもの」
えへん、と胸を張ると、呆気にとられていたみどりんが噴出した。
「あっはは!そっか、ならいいわよ」
「ふふ」
「はぁ、スッキリした」
みどりんはぐっと伸びをすると、私の手をぎゅっと握った。
「ありがと、せーちゃん」
「どういたしまして」
みどりんとヒナちゃんのためならなんだってするもの。
これぐらいは朝飯前よ。
ましてや悩ませてるのがうちのアキちゃんなら当たり前。
「じゃ、そろそろアキちゃん追いかけてこようかしら」
「よろしくね、せーちゃん」
「いえいえ、可愛いお兄さんに任せなさい」
「普通お兄さんに可愛いって形容詞は使わないわよ」
みどりんに手を振って、ぼんやりと浜辺に向かう。
お散歩じゃなくて、考えたいんでしょ?
みどりんのこと大好きだから、みどりんの言うことを投げ出さない気よね。
そういうアキちゃんが私は好き。
ぼーっと佇んでるアキちゃんを見つけると、声をかけようとしてあわてて手で塞いだ。
「アキ」
なんであの子がこんなとこに…。
「巽」
「隣いいか」
「いいけど」
あれ、なんで私隠れてるのかしら。
…ま、いっか!後ろめたくないし!
「…小さくなったな、アキ」
「あんたが成長したんでしょーが」
巽は隣に立ってアキちゃんを見下ろすと、小さく笑った。
「もう高校3年生か。早ぇな。初めて会った時は今よりもっとガリガリのチビだったもんな」
「来年には大学生、もっとすれば社会人。
…想像がつかないなぁ」
私も。
特に私なんてオカマだからどうなるものかしら…。
大学間はいいとして、社会人になったら髪切って、スーツ着て…いやん、男っぽい。
「怖いか」
「少しね」
頭の悪い巽はオブラートに包むってことを知らない。
だから直球で声をかけられても、驚かない。
これはある意味才能ね。
「俺も、少し怖い」
「へぇ、巽が?」
あの巽でも怖いものってあるのね。
「例えば、今なんかも少しだけ怖い、か」
「今?」
今?
高校3年間で一番変化してないように見える巽なのに…。
「実は俺個人としては、委員長も鈴城も気にいらねぇ」
は!?
そんな素振り一度も見せたことないじゃない。
それどころかヒナちゃんやみどりんに協力的なくせに。
「…良い子たちだよ?」
「だから嫌なんだよ」
本気でスレちゃったの?
巽の気持ちが私にはわからない。
良い子なのに気に入らない、なんてそこまで悪に染まったキャラでもないでしょうに。
「巽、…寂しいの?」
巽はピクリと体を動かすと、ふるふると首を振った。
「寂しいんじゃなくて、悔しんだ。
委員長や鈴城と会ってアキや誠二がどんどん良い風に変わってく。
なのに俺は何してんだろって…思ってもしょうがねぇのに、考えちまう」
ふぅ、と溜息をついた巽は真剣だった。
私と巽は幼馴染で、最近はしょっちゅう一緒にいるけど、長年のブランクで何ひとつわからない。
私はなにも巽のこと知らなかったんだっていつも思う。
今だってそう。
「お前らをどんどん明るい方へ連れていく委員長や鈴城が恨めしいんだ。
…でも二人は何も悪くねぇ。
悪いのはそう考える俺だって知ってんだ」
そうね。
でもそれ、考えちゃうのはしょうがないことじゃない。
私だって逆の立場なら同じこと考えてたわ。
むしろ巽よりもタチが悪かったかも。
「正直、俺じゃできねぇって思ってんだ」
「?」
「アキを幸せにしてやりたかったけど、俺じゃ無理だ」
それはなんともわかりにくい告白。
でも、アキちゃんには伝わったみたい。
少し困った顔して真剣に巽を見てる。
「ごめん」
「いいんだ、俺も誠二もヒヨコみてーなもんだしな」
桃松兄妹に救われて、その片方が異性なら惚れちゃうわよね。
それも一種のインプリンティングだったのかも。
でも『僕』ならわかる。
最初はインプリンティングだったけど、本当はその人間性に惚れてた。
一緒にいると、目がチカチカしてなんでも出来る気になる。
オンリーワンのナンバーワンになれる。
「でもさ、俺も誠二も、アキから離れる気はねぇんだ」
「辛くない?」
「あぁ、ちょっとしんどい時もあるけど、でも『友達』だからな。
離れちゃったら、俺が寂しい」
「自分が…寂しい…」
アキちゃんと離れて生活かぁ。
考えられるけど、でもきっととてもつまらない。
手紙とか電話とかあればまぁ、いいかな。
「アキも俺がいねぇと寂しいだろ」
自信家ねー。
でも、私もそれは言える。
私が居ないとアキちゃんはきっと寂しがってくれる。
「…そう、かな。うん、寂しい」
「怖ぇのは、そこだろ」
そう、怖いのはソコ。
「誰かが自分の傍からいなくなんのが寂しいんだ」
「うん、そうだね」
それは誰だって怖いこと。
でもほとんどの人が乗り越える術を知っている。
巽はそれを知ってる。
アキちゃんは、それを知ってる?
「俺は平気だ。
寂しいけど、お前がいなくても立ち直れる。誠二がいるしな」
巽はニヤリと笑うと、ふらりと手を振ってホテルへ戻って行った。
まるでそっから先は自分で考えろとでもいうみたいに。
私も、ホテルに戻ろう。
ヒントは巽が出したし、大丈夫。
私たちは結局アキちゃんを信じることしかできない。
でも、それが大事なことだということを知ってる。