Lily memo %



私の友人はもうダメな子しかいない5



「ヒナ、それ何?」
「うーん、重要な人生の分岐点、かな」
「はぁ?」

ヒナは穴が空いてるガラスの赤いキーホルダーをコロコロ転がしてはふぅと溜息を吐いている。
私の(頼りにならない)記憶では昨日は無かったものだ。
よほど大事なのか、数少ない荷物の中にちゃっかりと紛れ込ませていたらしい。

「しかしまぁ、あれよね」
「ん?」





「なんで海来て山で遭難してるのよ」
「夏のレジャーを詰め込んじゃってるよね」





海のそばには山があって。
そこには小さな小屋があって。
外は土砂降りで。
風邪ひきそうで…。

「あぁ、厄日だわ」
「まぁまぁ、女の子だからって私たちは休ませてもらってるぶん文句は言っちゃダメだよ」
「そうは言っても…」
「みどりん先輩の言うこと、私はよくわかりますよぉ。
 すべては山の天気が悪いんですよ」

そう、今回はツアーのように日程が組まれた旅行だった。
海に行きたい人と山に行きたい人がいる。
それを踏まえてこの場所だったのだ。
そして1日目は海、2日目はご覧の通り…。

「何も山登り中に土砂降りにならなくてもいいじゃない…!」
「頂上の風景とやらも見れなかったしね。
 携帯が圏外じゃないのが救いかなぁ」

一応ホテルの人に連絡したら、

『下手に動きまわるほうが危ないので雨が止むまでその小屋で待機していてください』

と、言われた。
まだ夕方なのに外は暗く、このままじゃ夜になりそう。

「夜になったらここで一泊かな」
「うわぁ…」

ヒナの一言にドン底まで落ち込む。
何のためのホテル代なのよ…。
安いからまぁいいけど。

「本当に悪かった。戻ったらお詫びに何かするよ」
「ごめんね二人とも」
「いえ、お兄さんや奈央さんのせいじゃありませんから」

ぐちぐち言っていると、年上の二人が本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
別に誰かに怒ってるってわけでもないのよ。
これはなんていうかもういろいろ気持ちが収まらないだけで。

「うー、今無償に桃松秋生を殴りたいわ」
「みどり、それただのヤツあたりだよ…」

いいじゃない、所詮ヤツはそういう役回りよ!
あれは私のサンドバックよ。

「それにしても大丈夫かなぁ、4人とも」
「すぐ近くにいるんだから大丈夫よ」

まるで台風が来たかのような豪雨に、建物がミシミシと音を立てる。
古い小屋だから外の壁が少し剥がれたらしく、外で4人がかりでトンテンカンテン木で塞いでいる。
幸い、それぐらいが出来るほどの道具は小屋の中にあった。
でも中から打とうとしたら壁が柔らかくて釘がちゃんとはまらなかった。
その4人は私たちのクラスメイトであるあの4人。

「巽とノリはいいとして…誠二とアキは部屋に残しておくべきだったかなぁ。
 絶対俺が行くべきだったと思うんだが…」
「しょうがないわよ。アキちゃんがガンとして『兄ちゃんは責任者として中に居ろ』って聞かなかったんだから」
「私も行こうかと思ったんですけどぉ」
「美幸ちゃんが行くとアキちゃん動き辛いから」

滅多なことが起こらなければいいけど…。



バタン



「あうー、元々びしょびしょだったとはいえこれはひどい」
「でもまぁこれでしばらくは大丈夫そうだろ」
「あのままじゃあ穴が空きそうだったしな」
「手が荒れちゃうわこんなの」

4者4様に帰ってきた友人たちはみんなびしょびしょを通り越してぐしょぐしょだった。
せーちゃんのいつもゆるサラな髪はぐっしょり濡れてぺったりしていたし、能登代君なんてもう誰だかわからない。

「お帰り、お疲れ様」
「ん」

声をかけて奈央さんが駆け寄る。

「あーあ、ひどい濡れ方」
「でも割と楽しかったよ」
「アキちゃん…なんで楽しんでるの」
「まぁ気持ちはわからないでもないわ。
 ひどい雨の時ってたまに傘を放り出して走り回りたくなるのよね」
「みどり、そこ共感していいところじゃないよ」

え、嘘。
ならない?
荷物無しで傘放り出してわぁああって…。

「ならないよ、みどり」

そんな残念な顔で見ないでくれる、ヒナ。
美幸ちゃんも意味わかんないって顔で見ないでくれないかしら。

「風邪ひくなぁ。脱いでいい?」
「アキちゃんはやめときなさい」

まったくよ、目の毒だわ。
私の目は美少年しか受け付けないわよ。

「でも絞らないとまずいよこれ」
「アキちゃん、男の子は全員壁を向いとくからその間に脱いで絞ったら?」
「そうする」

せーちゃんの提案に二つ返事でうなづいた桃松。
勢いよく服を脱ぐと、上半身ブラ一枚でTシャツを絞り始めた。
桃松はTシャツからボタボタと落ちる水をなぜか凝視している。




「…これを水瓶に入れれば飲み水に…」
「誰もあんたの汗が染みついたTシャツからでた飲み水など飲みたくないわ!」




考えただけでも気持ち悪いわ!
急に何言い出すんだか…。

「私、飲みましょうか」
「真顔でそういうこと言うのやめなさい、美幸ちゃん」

奈央さん疲れてるのかしら。
近頃美幸ちゃんの扱いがゾンザイだわ。

「それにしても腹減ったな」
「そうかしら、お昼はバイキングだったから私は平気よ?」
「男の腹は吸収が早ぇんだよ」
「巽、私も男よ…?」

せーちゃんはもう体も女の子なんじゃないかしら。
小食、体力無し、加えてその細さ。

「…っていうか男子諸君も脱いで絞ったら?」
「それもそうだな」

桃松の一言にガバっとシャツを脱いだ能登代君。

「ちょ、ちょっと!?一応女子の目に入らないところでやってくれる!?」
「あぁ、悪ぃ。女子は全員誠二みたいなもんだと思うとつい…」

だからせーちゃんは男だってば。
実は桃松の脳内より能登代君の脳内の方がけっこうカオスなんじゃないかしら。
性別という概念が無さそうで怖いわ。



「と、いいつつガン見してるみどりんがあたしは一番怖いよ」
「黙りなさい、桃松秋生」



こういうのはまぁなんていうか、興味本位ってヤツよ。
抗えない探究心ってヤツだわ。
不可抗力よ。

「それにしても…」
「なに?ヒナ」

なんだかんだでヒナもちゃっかり見てるのね。
まぁみんな壁向いてるから背中しか見えないんだけど。

「骨格だけ見ててもやっぱりせーちゃんは男の子に見えないね」

ヒナ、あんた全員を見比べてるんじゃないわよ。

「まぁ、正直前から見ても美幸と変わんないよね」
「アキ先輩、世の中の貧乳に喧嘩売ってるんですか?」

服を絞り終えた桃松が微妙な顔をしながら私たちの傍に来る。
あぁ、濡れた服にもう一回袖を通すと気持ちが悪いわよね。

「お」
「ん?」

桃松はヒナのほうをみると、手の中のキーホルダーに目を移した。

「使う?」
「もっと重要な場面で使うよ」

にこやかに会話をすると、桃松はどっこいしょと私の隣に座った。

「何?」
「なんでもない」

ヒナも桃松も私に隠し事なんていい度胸じゃない。
そのうち聞き出してやるわ。




「っくしっ!」




特に会話もなかったから、そのくしゃみはすごく大きなものに聞こえた。

「大丈夫か、奈央」
「あー、平気。ちょっと肌寒いぐらいだから大丈夫」

ずっと鼻を鳴らすと、奈央さんはちょいちょいと桃松を呼んだ。
近くに来た桃松をひょいと抱き上げると、自分の膝の上に乗せた。

「あー、あったかい」
「…寒いんなら民間療法として有効な案があるけど」
「なに?」




「服を脱いで肌と肌をいたたたたたた」
「摩擦で暖めてあげるわ桃松」
「いたいたたいた痛いよ!」




全部言い終わらないうちにすごいスピードで服の上から摩擦を始めた。
私の手も熱かったけど問題ないわ。
これは暴力じゃなくて親切心だもの。

「…よし」

なんで服を脱ぎ始めるんですか、お兄さん。




「ノリー、巽ー、ちょっとおいでー」
「嫌です」
「気持ち悪ぃッス」




お兄さん、人気ないですね。
あーあ、凹んじゃった。

「夏雄先輩、私でよろしければ…!」
「わー!脱ぐな脱ぐな!!」

美幸ちゃん、恐ろしい子…!

「美幸、こっちおいで」
「なんですかアキ先輩」
「暖めてあげよう」
「わんわん♪」

桃松はにこやかに美幸ちゃんを呼び寄せると、そのまま立ち上がって美幸ちゃんを押し倒した。
そしてマウントポジション。




「や、やだ、アキ先輩ったら…みんながいる前で大胆な…」
「あたしは美幸のためならどこだってなんだってできるよ」




で、桃松がし始めることといえば。

「よーしよしよし」
「あははははは!!いや止めてあはははははは!!!!!」
「ここがええのんか〜ここがええのんか〜脇か〜それとも腹か〜」
「あはは!うぇっほげほあははは」

むせてる、美幸ちゃんむせてる。
限度を知りなさいよ桃松。

「ふぅ…」
「アキ、美幸ちゃん死んでるぞ」

一仕事終えたような満足そうな顔の桃松の足元には屍が…。

「返事がない、ただの…」
「生きてますよ!なにすんですか!」

ぜはーぜはーと息をする美幸ちゃんはどう見ても虫の息だわ。

「…いいなー」

私にしか聞こえないような声でそんなこと言わないでくれる、ヒナ。
私は聞かなかったフリをするわよ。




「へい!」

ぺろん

「え…」




気付けば私たちの後ろにまわっていた桃松は、陽気な掛け声と共に大変なセクハラを…。
って冷静に考えてる場合じゃないわ!

「あんた何してんの!」
「おぉ、あったか〜」
「あ、暖かいけどくすぐったい…」

ヒナの服をぺろりとめくってそこにぴっとりと張り付いた桃松。
これはセクハラと言っていいわよね。

「ふふふ、みどりんにあたしが殴れるかな…?」
「む、どういうことよ」
「これを見よ!」

桃松がワキワキと手を動かした先にはヒナの慎ましい胸。
なるほど、殴れば衝撃であんたの手がヒナの胸を犯しにかかるわけね。
どうしてこいつはこういうとこだけ頭が働くのかしら…!

「ふふふ、優しい委員長はあたしに手は出せない。
 …と、なれば敵はみどりんだけだ…!!!」
「そうでもないわよー」
「うぉあぁああ」

ナイス、奈央さん。
桃松は残念な断末魔とともに引き摺られていった。
後ろから手をまわして手から引き剥がしたらしい。
奈央さんはそのまま桃松をお兄さんに手渡した。

「へへへ、お兄ちゃんが暖めてやろう」
「ぎゃー!汚いー!」

あんた、仮にも自分の兄に汚いって…。

「ヒナ、大丈夫?」
「う、うん」

いそいそと服を元に戻すと、顔を赤いままにしてへにゃりと笑った。

「…嬉しそうね」
「うん」
「ならいいわ」

最近…というかバーベキューから桃松はヒナに距離を置いてたから。
ちょっと心配になってたようなそうでもないような…。
まぁ仲直りしたなら別にいいんだけど。
ちょっといろいろ後ろめたいのよね。



…実は、桃松の誤解が解けてないんだもの。



だってヒナにも桃松にもなんて言っていいかわからなかったから。
桃松がヒナはお兄さんのこと好きだって誤解してる。
桃松に「あれお兄さんのことじゃなくてあんたのことよ」って言ったところで桃松はどうするの?
もし私が誤解があったということをヒナに伝えたら、ヒナはどうするの?

「ねぇ、ヒナ」
「ん?」
「私たちって友達よね」
「それはそうだけど…。突然なに?」
「ううん、いいの」

桃松がショックを受けた理由を、私はたぶん解ってる。
それはきっと桃松にとって二重のショックだったことも。
バーベキューの時の反応は、たぶんみんな桃松の気持ちを知ってる感じだった。

「こう言っちゃなんだけどさ」
「うん」

ヒナにだけ聞こえる声で、ぼそぼそと話す。
たぶんせーちゃんにも聞こえてるけど、まぁせーちゃんだしいいや。

「私って結構、欲張りみたい」
「?」

ヒナとも桃松とも、友達でいたい。
この先何が起こるかなんてわからないけど。

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