Lily memo %



うちの委員長はもうダメかもしれない7


「だからってなんじゃこの部屋割はー!!!?」
「奈央さんとみどりに頼み込んだんだよー」

いやいやいや。
どんだけ本格的に「お話」する気だねあんた!
部屋に戻ろうとすると、委員長にもう一つの女子部屋に連れ込まれ、なぜかみどりんとあたしの荷物が交換されていた。
嵌められた…!
気持ちはある晴れた日に連れてかれる子牛の気分だよ。

「さて、二人っきりになったところで…」

ギシッとベッドが鳴る。
向かい側のベッドに委員長が腰かけた音だろう。
どうしてこんなことになったんだか…。

「じゃあ、どうして避けてたのか聞かせてもらおうかな?」

むぅ、そんなの言えるわけがない。
あたしでさえよくわかってないものを人に伝えられるわけがない。
考えるのも嫌でしょうがないのに。

「フェアじゃないなぁ」
「え?」
「委員長のことを聞かせてくれたらあたしも話してあげる」
「えー」

そういうと委員長はしょうがないなぁ、と笑った。
…聞かれて困ることとかないのかな、この人。

「じゃあ、何が聞きたい?」
「そうだなぁ」

あ、ヤバい。
特に何も考えてなかったなぁ…。
あぁそうだ、あれを聞いてみよう。

「委員長ってさ」
「うん?」
「処女なの?」





あれ、世界が逆さまになっている。





「これが合気道の力か…!」
「1年の時に体育で習った柔道だよ」

気付けばベッドから柔らかい絨毯の敷かれた床に体が沈んでいる。
つまりは委員長に投げ飛ばされたのだ。
だってあたしってばあれ寝技しかできなかったんですもん。
寝技は褒められたのにそこに辿りつくまでがてんでダメでねぇ。
まるであたしの人生を表しているかのようだったよ。

「ってーか委員長のことだから処女の意味も知らないと思ったんだけどなぁ」
「ま、漫画の台詞に出てきて、意味調べたから知ってる…」

勉強熱心なこって。
顔を真っ赤にしてどこまで調べたのやら…。

「で、答えは?」
「ノーコメントで」

よし!

「じゃああたしも」
「?」
「委員長の質問にはノーコメントで」
「あっ!」

…作戦通り!


「ハメられたぁ…」


委員長が単純でよかった。

「さて、じゃあ散歩にでも行ってこようかな」
「え?お話するために二人にしてもらったのに…」
「二人部屋なら逃げないし、今は気分転換したいんだよ」
「えー。あ、待って。私も行く!」


うちの妹はもうダメかもしれない9


「えー、本日はお日柄も良く…」
「急に何を言い出すのよ夏雄」

いやだって今更奈央と何話せっていうんだ。
どうせならノリと散歩したかったんだよ俺は…。

「しょうがないでしょ、ノリ君は巽君と二人でスピード始めちゃったんだから」

何も大人数で来てそんな二人でやるようなトランプ遊びに夢中にならなくてもいいじゃないか…。
二人でできる遊びなら俺が違う遊びをたっぷり教えてやるのに…。
散歩に行かないかと笑顔で話しかけたところ、今忙しいので誰か違う人とお願いしますと言われたのだ。
最初の乙女チックロマンモードはどこいったんだ…ぐすん。

「あ、アキちゃん」

うん?妹?

「どれだ?」
「ほら、あそこ」

言われた場所を見ると、たしかにちんまりとした人影が見えた。

「アキ!」

声をかけるとゆっくり振り返った。

「目片さんと二人じゃなかったのか?」
「撒いた」

俺と奈央は同じタイミングで頭を抱えた。

「そんなことしちゃ可哀想だろー」
「あたしにだって一人になりたいときがあるんですー」

そりゃエロビデオ見てるときのことだろ。
むしろあれは一人にしたいときだ。




「アキちゃん、それはそんな寂しそうな顔して言うことじゃないわよ?」




寂しそう?
あの、アキが?

「…別にそういうわけじゃないよ」
「こら、嘘はバレるって言ってるでしょ」
「うぐぅ…」

そして俺を置いてけぼりにして会話が進んでいる…!?

「なんだ寂しいなら俺がいつだって」
「黙れ駄兄」

ノリといいこの妹といい…。
…お兄ちゃんちょっと寂しいぞっ。



「ねぇ、奈央ちゃんと兄ちゃんはさ、幸せになりたくないって思うことある?」



変な質問をするヤツだなぁ。
妹は物憂げにもう暗くなった海沿いをゆったり歩くと、突然ひょいとしゃがみ込んだ。

「例えばさ、こう、Aさんがいたとして」

拾った棒切れでガリガリと砂浜に線を引いていく。

「Aさんは今すごく幸せだと思ってるんだ」

丸い枠の中に囲まれたAさんらしき糸人間。

「でもAさんには夢があって」

丸い枠の外に小さな石。

「これを掴もうとしたら、枠から出ちゃうんだ。
 …難しいバランスで保たれてた枠が、壊れる」

つまり、幸せが壊れる。

「どうしたらいい?」

Aさんは石を掴みたい。
でも石を掴めば、幸せが消える。

アキらしくないようでアキらしい表情。
俺はこんなアキの顔を何度見過ごしてきたのかな。
ずっと一緒にいたのに、ずっと離れて過ごしたようなこのブランクは俺に残った昔の爪痕。
これから先、この痕が消えることはあるんだろうか。
痕がうずくからかはわからない、ただ今は目の前にいるアキを救いたい。

「アキ、この枠はたぶん幸せじゃないぞ」

Aさんはきっとこの妹だ。
なら、この石は?

「たぶんだけどな、この枠っつーのはもっとあやふやなもんだ」

アキから棒切れを奪って二つのラインを引く。
Aさんにはたぶん道がある。

「結局さ、Aさんには二つの選択肢しかないんだ」
「二つって?」
「出るか、出ないか、だ」

一本は枠の中をぐるぐると、一本は石ころへ一直線。

「ここで本当に問題なのは出たらどうなるかと出なかったらどうなるか、だな」



たぶんこの石ころは、あの子だろう。



まったく俺に似て手のかかる妹だ。

「Aさんが石ころをつかんでも幸せになれるかどうかはわからない」
「うん」
「でもな、この枠ん中をぐるぐるしたところで、後悔ばっかして幸せじゃないんだ」

それにお前が変化しても周りが変わっていく。
この枠は、この形ではいられない。
これは幸せの形じゃない。

「じゃあお前に一つ質問するぞ」
「なに?」




「辛くないけど後悔するのと、辛いけど後悔しないの、どっちがいい?」




聞き覚えがあるだろう台詞に、ずーんと暗くなるアキ。

「…なんてこった、あたしらは結局腐っても兄妹ってことか…」
「そういうことだな」

情けない話だが、そうだよ。
どうしようもなくそっくりだよ、俺たち兄妹は。




どうしようもなく鈍くてかっこ悪い。
誰かの手を生きてしか生きられないダメ兄妹。




「なぁ、奈央」
「なぁに?」

黙って話を聞いていた奈央に振り返る。

「お前の好きなアキちゃんはどんなだ?」

奈央はなんだそんなこと、と言うとにっこり笑った。



「自信満々で石橋を渡ってから叩いちゃうような無鉄砲でズル賢いやんちゃさん」



めっちゃくちゃだな。
でもそれなら、逃げるわけにはいかないだろ、妹。

「で?悩みは解けたかい、妹よ」
「…かなり強引にね」

やれやれと首を降ると、はぁと思いっきり落ち込んだ。
それから気合を入れるようにぐっと立ち上がった。

「ありがと。ちょっと、自分でも考えてみるよ」

アキはそう言ってまたぶらぶらと歩き出した。
俺たちはそれをなんとなくぼんやりと眺めていた。
しばらくしてまたなんとなく歩きだす。

「…変わってくのねー」
「なんだ、奈央まで寂しいのか?」
「うーん、そうかも」

なんとなくアキちゃんは変わらないって感じがしてたから…。
そう呟く奈央は本当に寂しそうだった。

「就職活動の準備とか始まってさ、その後にアキちゃんたちに会うとよく考えるの」

いつも元気でのらりくらりとした奈央が立ち止まってぽつりと呟く。


「このままでいたいなぁって…」


俺だって思うよ。
気楽な仲間、大切な恋人。
アキと違って手に入れたい物が今無いだけで、あの枠から出たくないのは俺たちだって変わらない。
それだっていうのに年上だから真っ先に変わってしまう俺たち。

「俺たちも結局、似たもの同士ってことだな」
「若者なんて案外みんなこうかも知れないわね」
「その言い方がもう若者じゃない感じだがな」

二人して苦笑すると、また歩きだす。
こればっかりはノリにもわかってもらえないだろう。
俺も奈央も、どうして先に生まれちまったんだろうなぁ。

「アキちゃんは幸せになるね」
「そうだな」

高校に入って緩やかに変化を見せた妹。
今まで妹が恋に落ちた相手は大抵が「恋しても何の影響も無い人」だった。
今度は他の友情もどうなるかわからない恋に落ちて、悩み始めた。
なんて進歩だろう。

「明日はバイキングで赤飯が出ないだろうか」
「ないと思うわ」

変化した先がまた違う幸せになることもある。
枠を出ても幸せになることもある。
もしかしたらその石ころの方が枠に入ってくるってこともあるかもしれない。

限られた道でも可能性はたくさん転がってるんだぞ、妹よ。

なんて兄らしく考えたけど俺も結局まだ若いのだ。
ひとまず俺はまた一つ枠を越えて石ころを掴むために、ノリたちのいる部屋へ戻った。

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