わかってはいた。
理解も、した。
それでもこのどうしようもなくやるせない気持ちはなんだろう。
まるで風邪をひいたときみたいな気持ちだ。
「…ほんとにとうもろこししか食べないんだね…」
たまーにピーマンも食べてるよ。
緑黄色野菜最高。
「おいしい?」
とうもろこしから口を離す気にはなれなくてコクリと頷くと、よしよしと頭を撫でられた。
委員長はふいとみどりんや誠二や巽を見ると、こてりと首を傾けた。
「そういえばさっきお母さんと何話してたの?」
「あー…」
「うーん…」
みどりんと誠二は揃って声を唸らせると、あたしを見た。
巽に至っては俺は知らねぇという風に肉に齧りついている。
「委員長がいつも家で話してることとかだよ」
「え、嘘!変なこと言ってなかった…!?」
「特にないよ」
強いて言うなら委員長が兄ちゃんを好きだってことぐらいだけどー。
「それよりヒナちゃん、今日は弟さんは?」
無理やりに方向転換する誠二。
まぁ、あのまま話を続けるのはねぇ…。
「俊郎ならそこでお友達と喋ってるよ」
さすがにおじさんと違って一目ではわかんないな。
しっかり顔を見ればわかるかもしれないけど。
「…」
「…」
委員長、なんすか。
ガッツリこっち見るのはやめてほしいなー。
「あんたも見られてて無視するんじゃないわよ」
だって気まずいし。
「あたしの顔になんかついてる?」
「えっと…」
委員長は少し言いにくそうに困った顔をすると、きゅっと口を結んだ。
「…なんか、もしかしてなんだけど……まっつー、ちょっと不機嫌?」
「そんなことないけど」
「その即答具合が不機嫌だよ…」
…別に不機嫌っていうかショックっていうか…。
やっぱり、あたしは『ついで』なのかな。
「委員長」
「なに?」
「あたしのこと好き?」
誠二とみどりんが揃って吹き出す音がした。
あと巽の口から肉が落ちた。もったいない。
なんとなく、委員長の顔を見るのが怖い。
「えっと、それ、い、今答えなきゃダメ?」
「うん」
一呼吸置くと、委員長が口を開く気配がした。
「…私はまっつーのこと」
「目片さん!僕もご一緒していいですか!」
うん、まさに武下。
「た、武下君。あ、えっとまっつー、私…」
「委員長、ピーマン取って」
「あ、うん。はいどうぞ…ってそうじゃなくて!」
「はい委員長、あーん」
「まっつー!…んぐ」
黙らない委員長の口に無理やりピーマンを詰め込むと、いつも通りニヤリと笑う。
「そうだねー、委員長はあたしのこと大好きだもんね」
「そっ」
「そ?」
「そう、だよ…」
悔しそうにもぐもぐとピーマンを噛むとそっぽを向いた。
…妹、かぁ。
なんで『好き』には種類があるんだろ。
悔しいのはあたしのほうだ…。
あれ、なんであたしが悔しいんだ…?
別に、最初から期待してたわけでもないのに。
なのにどうしてこんなに苦しいんだろう。
まさか、いやまさか。
いやだ考えたくない、知らないフリ、しよう。
「委員長」
「うん?なに?」
「大っ嫌い」
委員長が崩れ落ちた音が聞こえたけど、知らない聞こえない。
今そんな余裕ない。
いやだいやだ、絶対、知らないフリするんだ。
「みどり、せーちゃん。私もう色々崩れそう」
「ヒナー。とりあえず体は既に崩れてるわよー」
なにこいつらやってらんないわ、という風に首を振るみどりん。
まぁそうよね。
人に好きか聞いといて自分は嫌いだなんて横暴よ、アキちゃん。
ヒナちゃんはヒナちゃんですっかり地面に崩れてるし。
「アキ、そろそろ時間だぜ」
巽、何か用事あったの?
視線でそう訴えると、フルフルと首を振られた。
あぁ、アキちゃんを気遣ってるのね。
アキちゃんは『夏雄さんのことが好きな女の子の友達』は怖いものね。
ヒナちゃんを信頼してるから、本当に戸惑ってるんだと思うわ。
…まぁ、私から見ればアキちゃんのヒナちゃんへの戸惑いはそれだけじゃないと思うけど。
「帰るの?」
「あぁ、俺とアキは今日はバイトだしな」
嘘ではないのよね。
ただそれは夕方からだったってだけで。
バイトにはまだ早い時間。
「じゃ、アキちゃんまたね」
「…、うん」
少し不思議そうな顔をしていたけど、好都合だと思って巽の話に乗っかっちゃったアキちゃん。
…ヤケになってその辺ぶらつかなきゃいいけど。
「…帰っちゃった」
「きっちりこのテーブルのとうもろこし食い尽くして帰ったわね」
あらほんと。
食べ荒らされたとうもろこしの芯の山が…。
「そっか、嫌いかぁー…、そうだよねー…」
そしてまだまだ落ち込むヒナちゃん。
なんとか立ち上がってはくれたけどあぐあぐとピーマンばかり食べてる。
変なところ従順ね。
「あれ、うちの妹と巽はどこ行った?」
あら夏雄さん。
やっとトイレから帰ってきたのね。
てっきりノリとしけこんだのかと思ったわ。
…ちょっと言葉が悪かったかしら、私ったらはしたない。
「妹さんならバイトがあるって帰りましたよ」
「あれ?今日は確か夕方から…」
「夏雄さんお肉食べます?」
「って…ガボっ」
ふぅ、余計なこと言わないでね、夏雄さん。
私こういう強引なやり方って好きじゃないんだから。
「そういえばまっつーのバイトって何?」
「喫茶店よ。今度一緒に行く?」
「うん!…あ、でも私嫌いって言われたし…」
「どうせ桃松のことだからテンパって適当なこと言っただけよ」
さすがみどりん。
アキちゃんのことはもうほとんどお見通しね。
アキちゃんの側にちょっと長く居た身としてはちょっぴり悔しいわ。
「あいつそんなこと言ったのか?」
「まぁちょっとゴタついちゃいまして」
あそこでスーパー君が来なければもう少しマシな展開になってたかも。
私はスーパー君に忍び寄ると、自分の手に持っていたグラスの氷を一つ掴んで彼の背中に入れた。
「うぉわ!?」
もうっ、男の子なんてみんなデリカシーないんだからっ。
「…君は僕に何か恨みでもあるのか?」
「別にー。しがないオカマの行動なんて放っといてちょうだい」
「オカマって…自分で言うか」
どーせオカマだもの。
自分で言う方が腹立たないもんだわ。
「お兄さん、飲み物のおかわりいりますか?」
「あ、あぁ、ありがとう」
ヒナちゃんを見て気まずそうに返事をする夏雄さん。
よほどしっかり慰めてもらったのか、ノリの心配はいらないみたい。
平然と、でも少しだけ心配そうに夏雄さんをみてる。
「…ねぇヒナ」
その様子を見ていたみどりんがポツリ。
「普段おばさまにどんな話してるの?」
「さっきお母さんに聞いたんじゃないの?」
「いえちょっとね」
ヒナちゃんは少しだけ恥ずかしそうに口を開いた。
「学校のことばっかりだよ」
「やっぱり、そうよね」
やっぱり?
みどりんは一人でうんうんと納得するとほっと一息ついた。
どうしたのかしら。
「おばさま、やっぱり勘違いしてるわ」
「勘違い?」
それだけ言うと、みどりんはちょっと離れてヒナちゃんのお母さんを呼んできた。
「あら、比奈子。大好きな桃松さんとはいっぱい喋れた?」
「お、お母さん!?」
ヒナちゃんは恥ずかしそうにした後、パッと気まずそうに夏雄さんを見た。
夏雄さんは苦笑いしている。
ヒナちゃんはそれを見ておずおずと視線をお母さんに戻した。
「あんまり…」
「あら、じゃあもっと喋らないとダメじゃない比奈子。
せっかくのチャンスなんだから」
お母さんはうふふと夏雄さんを見てニコニコした。
「…そうはいってももう帰っちゃったんだもん」
あら?
「帰った?」
夏雄さんを見るとお母さんは首をかしげた。
夏雄さんもどういうことだろうと不思議そうな顔をしている。
あ、なんか読めてきたかも…。
「…桃松さんってこの方でしょ?」
「お母さん、その方はお兄さんだよ」
あー…。
なんというか、みんなで早とちり…みたいな?
アキちゃん別に帰らなくても良かったじゃない。
ヒナちゃんのお母さんは今度はノリに目線を移した。
「あ、じゃあこちらの方?」
「お母さん、もう帰ったって言ったでしょ?」
結構天然なお母さんよね。
「あぁ!じゃあもしかしてあの金髪の…!」
それはただのKYな子です。
「あら…?」
「お母さん、まっつーは女の子だよ」
そもそもそこからが間違っていたのね…。
みどりんはなんだか疲れたみたいで私は知らないわよ、とお肉に齧り付いてる。
うーん、お疲れ様。
ポンポンと肩を叩いてあげると、みどりんの口から細く長い溜息が出た。
「比奈子、あなたかっこいいって言ってたじゃない」
「可愛いとも言ってたでしょ?」
「だってエッチな本ばっかり読んでるって言われたら男の子だって思うでしょ?」
「それは…まぁ否定できないけど…」
これってそもそもはアキちゃんが悪いのかしら。
因果応報?
「じゃああの一生懸命とうもろこしを食べてた子ね」
「うん」
「確かに小さくて可愛らしかったわ」
ああいう娘も欲しいわね、なんてほんとよくわからないお母さんだわ。
ヒナちゃんのお母さんは私やみどりんが来るととても嬉しそうにする。
ヒナちゃんはたぶんお母さんの血を色濃く受け継いだのね。
かくして誤解は解けた。…私たちは、ね。