「さて、お土産持った?」
「「持った」」
「トイレは大丈夫?」
「「大丈夫」」
「忘れ物無い?」
「「無い」」
君は引率のお姉さんかね。
子どもみたいにみどりんと声を合わせて返事すると、委員長は「よし!」と笑った。
「じゃ、これからバス移動です」
「うっぷ」
みどりん待って、まだ吐かないで。
…間。
最終日は水族館!
…ふひひ、マナティを見るんだ、可愛い可愛いマナティ…ひひひ。
「アキ、一人で笑ってるなよ。怖い」
ノリ、あたしは今幸せをかみしめてるんだ!邪魔するんでない!
「マナティは可愛いんだよ、ノリ」
「普通はジンベエザメを気にするところだろ?
有名なのはジンベエザメだってどのガイドにも書いてあるよ」
「いーや、マナティ!」
「…そうか」
あたしの勢いに押されたのか、ノリはぼんやりと頷いた。
だって楽しみなんだからしょうがないじゃないか。
マナティなんてあんまり見れないんだぞー。
水族館に着くと、みんな思い思いに動き出した。
班行動ではないため、恋人同士で歩く若者も結構いるのだ。
「待て、腕を組むな誠二」
「ぶー、良いわよ良いわよ。みどりんと腕組んで歩くから!」
「野沢君、やっぱり順路通りに行く?」
「そうだね委員長、まずは…」
「あぁ、せーちゃん腕締まってる!締まってるから!」
が、なんとまぁ、また班行動なんだね。
楽しいからいいけど。
「で、なぜお前が混ざっている、武下」
「目片さんのいるところに僕はいる」
そりゃただのストーカーだよ、おまえさん。
「おー、暗い暗い!」
「ちょっとドキドキするわね!」
みどりんも既に乗り物酔いはなく、元気に誠二とはしゃぎまわっている。
その後ろをゆっくりとノリと巽がついて歩く。
「…」
委員長もあたしとゆったり歩いてないで前の二人と歩けばいいのに。
…でないと後ろから感じる武下の目線が痛い。
そうやって無言で、でも水族館を楽しんでいるうちにコツリと委員長の左手にあたしの右手が触れた。
「ぁ」
その瞬間に少し迷って、オロオロして、ぐっと前を向く委員長。
…なぜ挙動不審になったし?
フルフルと体を震わせると、今度はふいと視線を逸らせた。
と、右手が暖かく包まれる。
「委員長、別に『手を繋ぎたい』っていう合図じゃないんだけど」
「え!?そうなの!?」
少女マンガの読み過ぎだから。
あたしどんだけシャイな女の子なんだよ。
暗がりであんまり見えないけど、委員長の頬は真っ赤なんだろう。
わかりやすい…。
「ごめん…、ちょっと、勘違い…」
別に謝るほどのことでもないんだけど。
あ、でもあたしが男の子なら委員長があたしを好きなんじゃないかって勘違いするからやめてほしいな。
まぁ委員長のことだから他意はないんだろうけど。
離れてしまった手のひらが少し寒い。
あと、武下の「いいなぁ」っていう目線が寒い。
「あ、一番大きい水槽だって」
委員長の声に、顔をあげると凄く幻想的でキラキラした水槽が目に入った。
中では一際大きなジンベエザメがゆったりと泳いでいる。
その下をマンタや魚が大きく泳いでいた。
「すごいね」
はしゃぐ誠二やみどりん達とは違って静かに感動する委員長。
感動しているのはあたしも一緒で、すごく水槽の中に入りたかった。
あの中で泳いだらどんなに気持ちいいだろう。
たくさんの人が見ている中で、最高に綺麗な水の中で。
しばらく水槽に目を奪われていると、少し居住まいを正したときにまたコツリと手が触れた。
「ぁ」
ちょっと迷って、オロオロして、でも今度はちょこんと首を落とした。
…わかりやすい。
そんなに手が繋ぎたいなら、いつもみたいに強引にすればいいのに。
手を繋いでおきたいほどあたしは迷子になりそうで危なっかしいかね。
「残念」
「え?」
「今のはちゃんとした合図だったのに」
本当は違うけど。
ここはノッておいてあげよう、可哀想だし。
「ぅ、わ、ごめんっ」
ハシッとあたしの手を強く掴むと、いつでも離せそうな緩さで握りなおした。
それから恐る恐るあたしの顔を見る。
「…これで、いいかな?」
聞くな恥ずかしい。
引率のお姉さんは変なところ控え目で困る。
あと武下、目が怖い。
いいじゃないの、女の子同士で手を繋ぐぐらい。
「次の水槽に行こっか」
え?
…手、繋いだままで?
いや移動するときはさすがに…。
「ん?」
どうしたの?な目で見ないでください。
…ま、いっか。明るいところに出たら離そう。
「…委員長、離してください」
「んー」
いや、んー、じゃないから。
はしゃぎまわる前列に置いて行かれてはや数十分。
ようやっと大きな建物から出て陽のあたる場所へ。
日中で百合羞恥プレイとかこれなんて拷問?
「桃松さん、僕が代わりに手を繋いでやるからお願いだからその手を離さないか?」
「うん、それは却下」
なにが悲しくてお前と手を繋がなきゃならんのだ。
そこは男らしく僕と手を繋ぎませんかって委員長に言いなよ。
「みどりんたちはどこ行ったんだろうねー」
「みどりのことだし、たぶんイルカショーじゃないかな?」
あぁ、そろそろだっけ。
「委員長もイルカショー見たい?」
「うーん、見てみたかったけど今回はいい」
「そ?」
別にマナティはショーじゃないからいつでも見れるし、またいつかでもいいんだけど…。
あ、でもそんなこと言ったらイルカショーもまたいつか沖縄来たら見れるか。
大学生になったら旅行なんてしょっちゅうだぜ!ってどっかの兄貴が言ってたし。
大学生になったら旅行とか遊びに行くのでお金が飛んでくのよってどっかの奈央ちゃんも言ってたし。
…大学生が二人もそう言ってるならそうなんだろう。
「あ、お昼ご飯は?」
「どっかに水槽の傍で飯食えるって書いてあったけど絶対混んでるからパス」
「そうだね」
「あぁ、売店とテラスがあるしあそこでいいや」
すっごく陽に焼けそうだけどパラソルが頑張ってくれるはず。
そこそこ人がいるけど辛いほどじゃない。
ここで大丈夫、かな?
「委員長はここでいい?」
「うん」
委員長を目に映すと、必然的にその後ろのストーカーも目に入った。
「…」
「…よし、じゃあここで」
「いや僕にも聞けよ!」
え、だって勝手に付いてきてるんだし拒否権はなくない?
むしろ嫌だって言うなら一人でどっか行けってなるけど…。
「ヤシの実ジュースだって」
「高くない?」
「3人で飲めば割と大丈夫じゃないかな」
「…3人で?」
確かに安くなるけど…。
3人でってことは一つの器に3本のストローがさされるってことだよね?
それから導きだされる結論は…。
「武下と15cmしか距離がない状態になるのは嫌だ」
「…まわして飲めばいいんじゃないかなー…」
何を想像したのか察してくれたらしい。
っていうかまず昼飯ですよ委員長。
ジュースの相談は後!
「そういえばここってイルカショーの近くなのにみどりん達いないね」
「あぁ、みどりはたぶんもっとちゃんとしたとこで食べるんじゃないかな」
ちゃんとしたとこ?
ここもちゃんとした売店だけど…。
「みどりってあれで結構お嬢様だから。
ファーストフードも嫌がるんだよね」
えぇぇえ。
意外すぎる。
どう見ても庶民代表っぽいよあの人。
どっちかっていうと委員長の方がお嬢様っぽい。
「委員長の親って何してる人?」
「合気道の師範だけど?」
お、う…。
そっか、それで委員長は合気道できるんだ。
「さすが目片さんのお父様だ…。合気道は『愛の武道』とも言われている。
まさに目片さんにふさわしい…!」
そうなの?
変なとこ詳しいね、武下。
しかしまぁ道場ですか。
儲からなさそうだけどお金に困ることも無さそうだなぁ。
「私、おにぎりにしよう」
「じゃ、あたしはサンドイッチ」
「僕は焼きそばで」
結局ヤシの実ジュースは3人でまわして飲むことになった。
途中、武下がわざとストローを間違えて委員長と間接キスしようとするのを阻止しながらご飯を食べる。
「おにぎり一口ちょうだい」
「うん、どうぞ」
おぉ、梅ー。
サンドイッチも一口差し出すと、委員長は少し眉をしかめた。
「…チーズ…」
チーズ嫌いなんだ。意外〜。
委員長のことだから好き嫌いなんか無いかと思ってた。
「目片さん、お口直しに僕の焼きそばでもどうぞ!」
「うーん、焼きそばはちょっと…」
武下、女の子に青海苔のついてる物を進めるのはNGだよ。
あんた意外とお笑い体質だろ。
割とゆっくりとお昼ご飯を食べたけど、みどりんたちは現れなかった。
ショーギリギリまで待ってれば来たかもしれないけどあたしには見なければいけないものがある…!
マーナティーィィイイイイ!!!!!!!!!!
上からぼんやり見下ろすと、可愛くてしょうがないほんと。
ぺっとりと縁にもたれながらぼんやりとマナティを見る。
…あぁあ、可愛いぃい。
「まっつー夢中だね」
「僕は目片さんに夢中です」
「あり…がとう。でもなんで?」
「…うぅ」
なんか面白い会話してるけど無視。
今のあたしにはマナティしか見えない。
「まっつー」
「何ー?」
「階段の下に降りればもっとよく見えるらしいよ」
「よし、降りよう。今すぐ降りよう!」
ツタターっと階段を下りると、沈んでたマナティの顔がしっかり見えた。
…可愛いなぁ、マナティ。
あたしの中の動物ランキングは1位ウサギ、2位マナティ、3位タヌキなんだよ。
なんというか奴らになら獣姦されたっていいって思うぐらい可愛い。
動物ならしょうがない、うん。
「…うーん」
「どしたの、委員長」
「まっつーはマナティのどのへんが可愛いの?」
「顔と言うか…体系?」
「体系…」
「あの丸くってお肉たっぷりな感じが可愛らしさを醸し出してると思わないかね!」
触ると気持ちいのかな、とか、本当は触るとぬめってて固いんだろうな、とか。
あのふにゃふにゃの口とか触ってみたいとか触ってみたいとか。
うふふふふふ。
「…私、太ろうかな」
…んあ?
「急に何を言い出すの、委員長」
「…」
なぜ拗ねたし。
「うん、決めた。私、もっと太る」
こらこら、何を一人で凄い決断をしてるんだ。
でも委員長細いしもっと太ったほうがいいのかな?
いや、でもそういう次元の太るって話じゃないよね。
「目片さんは今のままでいいと思う…」
うん、良い事言った、武下。
委員長は現状維持でお願いします!
「…うー、でもー…」
委員長はちらりとこっちを見ると、しゅんと頭を下げた。
それからまたちらりとマナティを見た。
…?…。
「とりあえず、委員長は今のままが一番可愛いと思うけど?」
確かにもうちょっと健康的に太ったほうがいいかもしれないけど太られ過ぎても困る。
それならまだ今のままがいいなぁ。
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「…じゃあ、今のまま頑張る…」
そうしてください。
ふー、急に何言い出すんだか。
「そろそろ時間だし、行こっか」
「うん」
名残惜しいけど。またね、マナティ。
いつかもっとしっかり会いに来るから!
「お土産コーナーはどうする?」
「んー、マナティのぬいぐるみとかないかな…」
「寄って行こっか」
お土産コーナーは人でいっぱいだった。
好きな物を見てればはぐれることは確実だったので、満足したらお土産コーナーの入口で待ち合わせということにした。
…ぬいぐるみか、ストラップか…。
ぐぬぬ。
うん、ぬいぐるみで。
「お待た、せー…?」
「遅いぞ」
いや、お前は居なくていいよ、武下。
委員長はまだかぁ。
そういやノリたちはどうしてんだろ。
もうバスに戻ったかな?
…いや、みどりんも居るしそれはないな。
ギリギリまでどこかでゆっくりしてるのかも。
「ごめんね、お待たせ」
「全然待ってませんよ、目片さん」
うぉい、武下!お前あたしを女として見てないだろ…!
後はバスに向かうだけ、と前を歩く武下の後ろをぼんやり歩く。
…もう終わりかぁ。ちょっと残念。
思ったより楽しかったな、修学旅行。
「まっつー」
くいと腕をひかれて立ち止まる。
「どしたの、委員長。忘れ物?」
「ううん…、あの、ね」
歯切れ悪く、もじもじと手を擦り合わせると、パチンと手を打ち鳴らした。
あれ、どっかで見たな、この光景。
「これ、あげる」
差し出されたのはマナティのストラップ。
「…もらう理由がない」
「うーん、じゃあ、手を繋いでくれたお礼、とか」
なんじゃそりゃ。
「別にいいのに。委員長、自分で記念に持っといたら?」
「自分へのお土産はちゃんと買ってあるから」
…そんなにゴリ押しするならもらっとこうか。
あんまり遠慮するのも良くないって奈央ちゃんの時に学んでるし。
「ありがと」
「うん」
もらったストラップをひとまずポケットに入れようとしたところで、コツリと指に何かが当たる。
あぁ、ノリにもらったカップル用のキーホルダーか。
そだ…奈央ちゃんには奈央ちゃんのお土産もあるし、委員長にあげようか。
「委員長」
「ん?」
「マナティ見るのに付き合ってくれたお礼」
コロリとキーホルダーを渡す。
青と赤のセットで、赤いガラス細工に青いガラス細工が嵌めこむことができるようになってる。
ノリが買ったのは緑と黄色だったなぁ。
カップル専用というのは一つ一つ形が違うから、らしい。
つまりあたしの持ってるヤツには委員長の持ってるのしか嵌めこめない。
青は委員長に渡して、赤はあたし。
…まぁ、友達で持ってたって問題はないでしょう。
問題、ないよね…?
「…」
…委員長ー?
おーい、止まっちゃった…。
食い入るようにキーホルダーを見つめる委員長。
ど、どうしたんだろう。
カップル専用はやっぱりまずかった?
いやそもそも委員長はこれがカップル専用だってことを知ってる、のかな?
「いいんちょ…」
「あー!!ヒナも桃松もこんなとこに居たー!!」
声をかけようとすると、向こう側から大きく声をかけられた。
おぉ、みどりんだ。
やっぱりみんなまだ水族館に居たらしい。
結構歩いたのか、ノリと巽がちょっと死にそう。
「みんな久しぶり」
「久しぶり、じゃないわよ。いつの間にかいなくなってたんだから…。
いなくなるならそれはそれでメールしなさいよね!」
あ、そういえばメールすれば良かったのか!
あれ、でもあたしみどりんのメルアド知らないんですけど…。
まぁ、委員長も一緒だったしなぁ。
「…ところで、ヒナちゃんに何したの、アキちゃん」
誠二が固まった委員長を見つけて、つんつんと突いている。
「また何かやらかしたわけ…?」
え、あたしのせい?
みどりんはキラリと目を光らせると、あたしをロックオンした。
「桃松秋生〜っ!あんたってやつはぁああ…!」
「ご、誤解!誤解だよ!悪い事してない!」
「嘘つけ!」
「即答!?ひ、ひどすぎる…!!」
とばっちりすぎる…!
こうしてあたしの修学旅行は終わりを告げた。
帰ると兄ちゃんと奈央ちゃんとなぜか美幸まで優しく迎えてくれたけど、誰もあたしの頬についた紅葉跡には触れなかった。
まるでさも当然とでもいうように。
…あたしが何をしたっていうんだ…。