「来ないね」
「来ないわね」
ヒナの後ろがぽっかりと空いている。
いつもならイライラするぐらいのんびり座っているのに。
今日は姿も見えない。
「風邪でもひいたのかな」
「ヒナ、バカは風邪ひかないのよ」
「みどり…」
あいつが居ないと、その周りも集まらないみたい。
野沢君は携帯いじってるし、能登代君は寝てる。
せーちゃんはせっせと裁縫で何かを作っている。
「なんか、暇ねー」
「ふふ、みどりもなんだかんだ言ってまっつーがいないと寂しいんだ」
「そ、そんなわけないでしょ!」
急に何言い出すのよこの子は!
私はあいつの周りに居る人たちと話すのが楽しいだけであってあいつと話したいなんて一言も言ってないじゃない。
そもそもあいつが居るとイライラするしこれでいいのよこれで!
「どうかな、班決めの時だって私は何も言ってないのに真っ先にまっつーを確保しに行ったよ?」
「それはヒナと同じ班でいるために1人あぶれてる女子を確保しようと思って…!」
「ふふふ」
「あーもー違うってばー!」
あいつが居るとイライラするし胸は揉まれるしろくなことないんだってば!
そりゃ、楽しいこととか頼りになることも多いけど…。
はっ!?違う違う!ほんといなくても問題ないからあんなやつ!
ただ友達っていうか仲間っていうか…あーもー!
「も、あいつ嫌い…」
頭から煙を出して桃松の机に突っ伏すると、ヒナに笑われた。
あいつが学校休むのがわるいのよ。
あいつがちゃんと居ればこんな話にもならなかったのにぃ〜…。
「それにしてもどうしたんだろうね?」
「どうせあいつのことだからただの風邪じゃない?」
「さっきなんとかは風邪ひかないって言ってなかったっけ?」
「うぅ…」
桃松の机からガバリと体を起こすと、私はもっともなことを思いついた。
「そもそも!喋ったり遊びに行ったりしてるのになんで私たちはあいつのメルアドも知らないのよ!」
ヒナも名前で呼んでもらうより前にそれ聞き出しなさいよ!
そしたら「今日なんで休んでんのー?」っていうメール送れば済む話じゃない!
異性の野沢君のメルアドは聞いてあってなんで同性のあいつのメルアドは聞けないのよ!
「…聞いちゃうとなんだかしょっちゅうメールしちゃいそうで」
なんでそんな変なとこ謙虚なのよヒナ!
確かにあんたのメールは凄いマメだけどウザいほどじゃないから大丈夫よ!
むしろせーちゃんのメールのほうが絵文字だらけで読みづらいんだから!
一行に何個ハート使うのよってくらい絵文字だらけよ!
「二人とも何の話してるの?」
噂をすればせーちゃんだわ。
「せーちゃん、何作ってたの?」
「巽とノリのへアバンド。夏になったら暑がって前髪あげるために使うだろうと思って」
へぇ、ゴムに伸びる生地つけて見事なもんね。
私が男の子なら嫁にほしいぐらいの器用さだわ。
じゃ、なくて!
「せーちゃん、コイツなんで休みなのか知ってる!?」
バンバンと桃松の机を叩き示すと、「あぁ」と納得顔をされた。
「心配しなくても大丈夫よ」
「心配なんかしてない!」
「みどり、どうどう」
熱り立つ私をヒナが肩を抑えてなだめる。
せーちゃんは私の勢いに押されてちょっとビビった。
「なんでも昨日の晩から家出してるって聞いたけど…」
「家出ぇ!?」
またあいつは突拍子もないことを…。
「家出っていっても外をふらふらしてるだけだから今日の昼とかには家に帰ってるんじゃないかしら」
なんて意味の無い家出…。
家に帰りたくなくて家出してる思春期の家出っ子たちに謝れって話だわ。
「危なくない?まっつーだって女の子なんだから」
「一応深夜の12時辺りまで奈央さんと美幸ちゃんと一緒に居たらしいわ」
「らしいって…せーちゃんは桃松のメルアド知ってるんじゃないの?」
「アキちゃんったら携帯部屋においてったみたい」
…私たちがメルアド知ってたとしても意味無かったわね。
「誠二」
いつのまにか側に来ていた野沢君がせーちゃんを呼んだ。
「何?」
「アキ帰ってきたって」
「どうするって?」
「…眠いし学校は休むみたいだ」
「あちゃー」
いやいや、甘いわよあんたたち。
引きずりだしてこないと調子にのるんじゃないの、あいつ。
「巽にも伝えてくるわ」
「よろしく」
せーちゃんは能登代君の方へゆっくり歩いて行った。
「野沢君、大丈夫?」
「え?」
「寝不足な顔してるけど…」
よく気づいたわね、ヒナ。
私はまったく気づかなかったわ。
「あぁ、平気だよ。奈央さんから連絡来た後は安心してちゃんと寝たから」
ってことはやっぱり野沢君は桃松家にいたのね。
幼馴染というよりはもう家族だわ。
桃松の第2のお母さんと言っても過言じゃないわ。
「アキはたまに思いついたようにふらふらしだすんだ。
大抵1日そこらで帰ってくるんだけどあれでも一応女の子だしね」
心配してあげてるのね。
さすが美少年野沢君だわ。
「結局どこに居たのかな?」
「奈央さん達と海に行ってそのあとはその辺をふらふらしてたらしい」
その辺って…。
この辺の海の方って行ったらあんまり何も無いとこじゃない。
あんなとこでふらふら何するんだか。
「ウォークマンを持ってたらしいからね。
たぶんそれ聞きながら本当にふらふらしてたんじゃないかな」
つまりはただの暗闇散歩ね。
「で、電車賃ケチって歩いて帰ってきたらしい」
「げっ、あそこから徒歩って…」
「結構な距離あるよね」
「だからこの時間なんだと思うよ」
野沢君、あんまり驚いてないってことは慣れてるのね。
それだけふらふらしてるってことだわ。
ほんと人騒がせなヤツ。
「明日は学校に来ると思うから」
「そりゃそうでしょ」
まったく。
「誰か止めることはできないわけ?」
「うーん、アキは口が達者だからなぁ」
「…ご両親に伝える、とか?」
「それやっちゃうと本格的にアキがグレそうな気がして…」
アイツは思春期の子どもか!
「でもまっつーだって女の子なんだから危ないことはしないでほしいな」
「それ本人に言ってやってよ。
女の子から頼まれたら聞くかもよ?」
どんだけ女子に弱いのよ。
自分で「女の子だ!」って主張するくせに本人が一番女の子だって自覚してないのよね。
あー、やだやだ。
「言ってみようかな…」
割と本気ね、ヒナ。
「ご褒美とかぶら下げたら釣れるんじゃないかしら♪」
せーちゃん、いきなり戻ってきてその発言はどうかと思うわ。
たまにせーちゃんはあいつに対して発言が厳しいわよね。
「ご褒美…」
ヒナ、そこで私の胸見るのやめてくれない?
「確かに、今あいつが一番興味ありそうなのは鈴城の胸だもんな」
能登代君も寄って来るなり最悪な発言は控えてほしいわ。
私の胸は高いわよ。
本来あんな下等生物が触れるようなシロモノじゃないのよ…!
「委員長の胸でも大丈夫じゃない?
一応Cあるんでしょ?」
あぁやめて野沢君。
私から美少年のイメージを奪わないで…!
「どうかな。まっつーって実は私の胸には触ったことないんだもん」
あら、そうなの?
「私、いつもみどりと一緒に居るから…」
あぁ、私の胸のせいでヒナの胸が霞んで見えるのね…。
これ私のせい?
「珍しいな。あいつ美幸の胸でさえ揉んでみせたのに」
あいつは胸ならなんでもいいわけ?
いや、AAカップを非難してるわけじゃないんだけど…。
「あ、でもアキちゃん前に言ってたわ」
「何を?」
「美乳には触れないって」
び、にゅうー?
「形とバランスと張りの良い胸は触りすぎると形が崩れるかもしれないから触らないって」
あ、そう。
「良かったわね、ヒナ。褒められてるわよ」
私は崩れてもいいみたいだけどね。
別にちょっと悔しいわけじゃないわ。
あんなヤツに自分の胸が評価されてたことが嫌なのよ!
別にFカップでなんとなく優位にたってたわけじゃないんだから…!
ヒナに唯一勝ってた部分だなんて思ってなかったんだから…!
「じゃあ委員長の胸では釣れねーな」
そもそもなんでご褒美が胸オンリーなのよ。
「あいつって胸にしか興味無いの?」
「そんなことも無いと思うよ。オレたまにセクハラされるし」
野沢君にセクハラなんて羨ま…いやいや、何やってんのよアイツは。
「基本的に男が触られるのは尻だよな」
「そうね。一番の被害者は私かしら」
節操ってもんがないのかしら。
そういえば水泳大会の時知らない人のお尻をガン見してたっけ。
「お尻についての批評は聞いたことがないわね…」
「でも好みの尻を見かけると迷わずガン見するよな」
あいついつか捕まるんじゃない?
「そういえば委員長のお尻も結構良く見てた気がするな」
「え、ほんと?」
顔を赤くしたヒナはそれとなく自分のお尻を確認した。
「アキちゃんの見てるお尻って結構小さめじゃない?」
「そうだな、俺たちの中で一番尻が小さいのは誠二だしな」
「私基準なのはなんだか嫌ね」
あら、せーちゃんが嫌がるなんて珍しい。
「だって小さなお尻って男の子っぽいじゃない」
「そう?」
「女の子の二次成長期がうらやましい…」
うらやましいって言われてもあれって体丸くなるし結構嫌なんだけど…。
そういえばせーちゃんって生理ないのよね。
うらやまし…って、なんか桃松みたいな思考回路してきてる!
ダメダメ、自分を強く持たないと!
「とりあえずヒナちゃんで釣るならお尻ね」
「だな」
そういう結論やめなさいよ。
なんだかんだであんたたちみんな桃松に似てきてるんじゃないの…?
「あ、でも新学期になったときにアキちゃんってばヒナちゃんのうなじをガン見してたわね。
それはもう真剣に」
何やってんのあいつ。
「いっそアキにメールしてみようか」
「なんて?」
「委員長のどこに魅力を感じるかって」
直接的すぎない?
むしろ聞いてどうすんのよ。
「はいっ、メールしたっ」
せーちゃん早っ!?
「はいっ、メールきたっ」
返事早っ!!
あいつ眠いから学校休むとか言ってるくせにちゃんと起きてるんじゃない!
だったら学校来なさいよ!
「えーっと…『足』…。…足!?」
「足か」
「お尻じゃなかったな」
「…足…」
全員の視線がヒナの足に集まる。
確かに、細いけど…。
「細いし綺麗だし、まぁわかるっちゃわかるかな」
「色も白いし」
「体育の時に委員長のジャージ姿ガン見してたことなかったっけ」
「それ足関係無いよ巽」
ジャージじゃ足は隠れるわよ、能登代君。
ヒナもちょっぴり嬉しそうにしてるんじゃないわよ。
視線で犯されてんのよあんた。
「とりあえず委員長で釣るなら足かジャージってことだな」
だから釣らさせないわよ、私が。
「…頑張る!」
やめなさい。
「他に方法はないわけ?」
そう言うと、仲良し3人はうーんと首をひねった。
そうよ、あの桃松の好きなゲームのキャラは?
「エルたんでは釣れないの?」
「エルたん関係の物はあいつほとんど持ってるから…」
あぁ、ごめん。
桃松をなめてたわね。
そうよね、あいつのことだし好きな物に関しては大体手に入れてるわよね。
「そうだ、もう一回鈴城がコスプレしてやったらいいんじゃねーの?」
「却下」
能登代君、殴るわよ。
私たちが唸っていると、ヒナがぽんやりともっともなことを言った。
「ご褒美で釣りあげるよりは一人でふらふらしたくない気持ちにさせる方が確実なんじゃない?」
確かに。
「それもそうだわ」
「もっともだな」
「そもそもどうして一人でふらふらするのかな?」
そりゃあ… ……なんとなく?
「なんとなく、じゃあ止めようがねぇな」
「そうでもないんじゃないかな」
例えば、と指を一つ突き出すヒナ。
「なんとなくふらふらするのはその時他にやらなきゃいけないことがないからでしょ?
じゃあそんな気持ちにならないぐらいに忙しくしてあげれば…」
「なるほど!それなら家に帰ったらふらふらせずに家に居るよな!」
嬉しそうに野沢君が手を打ち鳴らした。
なるほどねー、さすがヒナだわ。
…でも宿題もろくにやらないヤツに何かさせるなんてできるかしら。
「もしくは家に帰ったらふらふらせずに寝たいぐらい学校で忙しくさせるとか…」
「文化祭期間の時はそうだったな」
へぇ。
そもそもあいつが寝てるのって想像つかないけど…。
あ、でも文化祭で見てるし家に泊まった時も見てるわね。
意外と寝相は良かったけど寝起きが最悪だったわ。
胸揉んだら起きるとかどんなスケベよ。
むしろ桃松は永遠に起きないほうがいいわね。
「でも学校で忙しくさせるにも…」
帰宅部、委員会無し。
「忙しくさせる要素がないじゃない」
まったくもって。
「先生に頼んでまっつーだけ宿題たくさん出してもらう?」
成績底辺組として言わせてもらうわ。
ヒナ、それは鬼の所業よ。
さすがに桃松が可哀想すぎる。
「あ、そうだ。逆にペナルティーを与えるってのはどう!?」
我ながら良い考えだわ!
つまりは二度とふらふらしたいと思わせなかったらいいのよ!
「次ふらふらしたらタコ殴りにするとか!」
「みどり、恐怖政治すぎやしないかな…」
ヒナのさっきの提案よりは精神的にマシだと思うわよ?
「でもそれが一番なんとかできそうだな」
「女の子の提案ならあいつも無下にはできねぇだろ」
「アキちゃん女の子になら殴られても意外と嬉しいタイプだものね」
それダメじゃないの。
罰ゲームで喜ばれたらどうしたらいいのよ。
つまりはあいつが嫌なことを考えるわけね。
「ヒナちゃん」
せーちゃんがちょいちょいと手招きしてヒナを呼んだ。
何か良い案でも思いついたのかしら。
「今度ふらふらしたらヒナちゃんがアキちゃんにべたべたするぞって脅してあげてくれない?」
…喜んでふらふらするんじゃないの、あいつ。
「たぶん、それが一番嫌がると思うから…」
「それ言われてる私は凄く複雑な気分なんだけど」
嫌われてるの?と少し首を傾げて不安そうにヒナはせーちゃんを見た。
せーちゃんは少し笑うと、ぶんぶんと首を横に振った。
「逆よ。ヒナちゃんはアキちゃんにそこそこ好かれてるから、アキちゃんは嫌がるの」
どんなひねくれ者よ、それ。
でもあとの二人も納得してるあたり本当にそうなのね。
「他人が嫌がることをさせるのが嫌な子だから」
「私嫌じゃないよ?」
「ヒナちゃんは違うって思っててもアキちゃんはなぜかそう思っちゃうのよ」
…どんだけ他人が信用できないのよあいつは…。
そもそもいつも遠慮するところがおかしいのよね。
図々しくて遠慮しい、万能でウッカリ。
どこかおかしいとこだらけ。
「じゃ、ふらふらしなくてもべたべたしちゃおうかな」
ヒナ、個人的な意見だけど普段からあんたは結構べたべたよ。
素朴な疑問だけど友人でこれなら将来恋人ができたらどうなるのかしら。
将来あんたと付き合う子が可哀想でしょうがないわよ。
きっとべた甘な生活になるわよ。
「ふふ、ヒナちゃんは本当に良い子よね」
せーちゃんはよしよしとヒナを撫でると、満足そうに自分の席に戻って行った。
野沢君も能登代君もちょっと笑うと、すぐ自分の席に戻って行った。