「で、実際にグレてみせる辺りが凄い妹だと思うよ俺は…」
「…夏雄さん、元気出してください」
ある日、大学から帰ったら居間の机に小さな書きおきがあった。
『ちょっとグレるので今日は帰りません。 秋生』
「…あいつ、バッカじゃねーの」
「夏雄さんまでグレないでください」
グレたくもなるぜ。
煙草だって吸っちゃうぞ。20越えてるから普通にいいけどな。
まぁそれは冗談として…。
「あれは夜中にうろうろするのがどうしてあんなに好きなんだろう…」
「中学の時よりはマシになったんですけどね」
まぁなー。
そのおかげで巽にも誠二にも出会えたと思うと…。
いやでもダメなもんはダメだろ。
あれでも一応女の子だぞ。
「どうします?」
「どうするっつってもなー」
追いかけるにもどのゲーセンにいるのか…。
しらみつぶしに当たっていくのもいいが最悪ゲーセンじゃない場合もあるし。
誠二と出会ったのも小さな公園の近くの橋の上だしな。
かと思えば高1の時に「移動しすぎた」とか言って隣の県から電話かかってきたし…。
「今度あいつの携帯のGPS起動させようかな…」
「…切実ですね」
あぁ、もう涙だって出ちゃうぜ。
「あ、それ無駄かもしれませんよ。夏雄さん」
「あん?」
「ほら」
ノリがアキの携帯に通話をかけた。
タラララーラーラーラッタラー
「…」
「…」
聞こえた方角は、あからさまに妹の部屋である。
「あいつ…携帯、置いて行きやがった…!」
現代人は携帯を持ってないとそわそわするもんじゃないのか…!
「あ、でも夏雄さん!今日はって書いてありますし…」
「そ、そうだな。明日は帰ってくるんだよな」
…うん?
明日の、いつ、帰ってくる気だ…?
「ノリ」
「はい?」
「あのアキが、学校までの時間に帰ってくるだろうか…」
わかりやすくノリは涙を浮かべた。
「…来ないと思います…」
「ふっ、ふはは!ふはははははは…!」
今日はきっと眠れない。
俺の生活は、つくづくアキに左右されていると思う。
「あ」
「げ」
「え」
なんという偶然。
なんという運命。
2人がたまたま出会うならまだしも、3人もこんな夜に出会うなんてもはや運命。
「アキせんぱぁーい!!!!!と、ついでに奈央先輩」
「あからさまね、美幸ちゃん」
「はーなーれーろー…!」
アキちゃんは華麗に背負い投げを美幸ちゃんに決めると、肩で息をした。
「奈央ちゃん何してるの、こんなところで」
こんなところ、と言われるとあれだけど。
「ステフの散歩」
「おぉー、久しぶりー、ステフー」
あ、癒し。すごい癒し。
犬と戯れるアキちゃんとかほんと癒し。
「で、ついでに聞くけど美幸は?」
「言葉に棘が多いですよ、アキ先輩。
私は予備校の帰りです」
まぁ、高1から予備校なんてさすが優等生は違うわ。
「そういうアキ先輩は?」
「不良ごっこ。グレてんの」
どういう遊びしてるの。
高校生になって不良ごっこなんてすると、ごっこじゃ済まなくなるわよ?
「ゲーセン行こうかと思ったんだけどそんなに金もないし、
とりあえず電車で海辺りまで行って散歩しようかなーって!あっはっは!」
そこ豪快に笑うとこじゃないわよー。
「じゃ、帰るわよーアキちゃーん」
「ぎゃー!放せ―!」
そうもいかないわよ。
目の前でグレてる子を放っておけるほどお姉さん優しくないわよ。
女の子がこんな夜中にうろうろしちゃダメ。
「奈央ちゃん!」
「なぁに?」
「家が嫌で飛び出した思春期の女の子を無理やり家に帰すっていうの!?」
その口調としらじらしい表情から嘘であることはわかるけど。
とりあえず、アキちゃん思春期あったの?
発情期があるのは知ってたけど…。
それはそれで心配ね、アキちゃんが他人を襲わないとは限らないわ!
「じゃあ私もご一緒しますよアキ先輩!」
「げ!?夜中に美幸と一緒なんてあたしの貞操が…!」
「うふふふ…」
アキちゃんが他人を襲う心配よりもアキちゃんが美幸ちゃんに襲われる心配をしたほうがいいのかしら。
もう今の世の中って性別とか関係無いのね。
私ってもう古い人間なのかしら…。
「うーん、じゃあわかったわ」
「うん?」
「私もついていけばいいのよ!」
「え!?」
ステフもいるし、それなら少しは安全でしょ。
1人より2人、2人より3人。
更に犬まで付けばもう安心。
「えー」
「最寄りの海まで家の車で送ってあげるから、ステフと私も一緒に連れて行くこと!
それが私の最大限の譲歩よ」
「うーん」
アキちゃんはどんより悩んだあと、コクリとうなづいた。
「その代りこっちの条件も飲んでもらってもいい?」
「なに?」
「携帯は家に置いてくること」
「あぁ、つまりアキ先輩は俗世離れがしたいだけなんですね」
「そんな簡単に片付けないでよ…」
美幸ちゃん、ざっくりね。
アキちゃんは更に落ち込んでステフをもふもふした。
「おー、海ぃー」
「夜の海って暗いですねー」
二人は車から降りると嬉しそうに砂浜へ走って行った。
私も車に鍵をかけると、ステフを連れて二人を追いかけた。
「潜っていいかな!?」
「ダメです」
タオルなんて持ってないもの。
それに夜の海をなめちゃダメよ、アキちゃん。
ちょっと足をすくわれてザラッと流されちゃうんだから。
あと興奮しすぎよ?
「…楽しい!」
暗い海見てるだけなのに、何が楽しいのかしら。
アキちゃんの感性はきっと夏雄にわからなければ誰にもわからない。
…寂しいわよねー、連れてきてくれただけまだマシだけど。
「アキ先輩はほんと付け入る隙がないですよねー」
「美幸ちゃん」
いつの間にか海の近くで騒いでいた美幸ちゃんが私の隣に居た。
アキちゃんはステフと海沿いで砂に塗れてじゃれている。
「夏雄先輩はスーパースターでどっちかっていうととっつきにくそうなイメージなのに、
本当はすごく気さくで楽しくってわかりやすいんです。
何をすれば喜ぶか、何をすれば怒るか、わかりやすくて一緒に居ると安心できるんです」
そうなんだ。
夏雄なんて腐れ縁みたいなもんで夏雄について考えるなんてことしたことなかったからねぇ。
でも確かに、夏雄と居て肩が凝ることはないわ。
「それに比べてアキ先輩って厄介な揉め事ばかり拾ってきて自分で解決できないで
結局自分だけしたいようにして自滅して笑ってるんですよね」
すごい評価ね。
「こっちがけなせばあっちはどうでもいいやって笑って、こっちが泣けば面倒くさいって完全放置。
そのうえ構わないと拗ねるし、扱いにくいです、すごく」
あー…。
その気持ちはわかるかも。
私たちが何かしてあげても、絶対喜んでくれないのよねー。
泳いでる時しか、自己満足でしか、本気で喜んでいるところを見たことがない。
今だって、楽しんでるのは自分の望んだ場所にいるから。
「…もー、ひねくれ者ー」
「あはは、ねぇ美幸ちゃん。
私ね、前から美幸ちゃんに聞きたいことがあったんだけど」
「なんですかー?」
しゃがみこんで気だるそうに返事する美幸ちゃん。
そういえば塾帰りだから疲れてるのかしら。
「あのね、美幸ちゃんは夏雄もアキちゃんも好きでしょう?」
「はい、そうですよ」
「美幸ちゃんが本気で好きなのってどっち?」
美幸ちゃんはしばらく沈黙すると、かっくりと首を落とした。
「結婚したいのは夏雄先輩、放っておけないのはアキ先輩です」
やっぱり。
どちらも比較できないのね。
「夏雄先輩と一緒にいるとアキ先輩が気になるんです。
でもアキ先輩と一緒に居ると夏雄先輩が気になるんです」
だから夏雄はなかなか美幸ちゃんを切り捨てられないんだわ。
今の夏雄はアキちゃんが基準だもの。
自分の前でアキちゃんを大事に思ってる美幸ちゃんを邪険になんて扱えないわよね。
「だから私は二人ともゲットしたいんですけどね」
堂々と二股宣言…。
「何の話してんの?」
浜辺からザクザク戻ってきたアキちゃん。
あらら、ステフと一緒に泥まみれ。
「アキ先輩は将来お酒飲んで路頭に迷いそうですねって話をしてたんですよ」
「なんて不吉な話をしてるのかね」
してないから。
美幸ちゃんも誤魔化すにしたってもうちょっとマシな嘘ついてよ。
バスバスとアキちゃんの体を叩いてあげると、見事なまでの土埃。
「満足した?」
「うん、満足した」
車にビニールシートを引いてそこにアキちゃんとステフを乗せる。
美幸ちゃんには助手席に来てもらおう。
「それじゃあ出るわよー」
わん!
うんうん、ステフは良い子ねー。
緩やかに車を発進させる。
もう12時だし、二人とも早く帰してあげないと。
「美幸ちゃんの家ってどの辺だっけ?」
「学校の割と近くですよ。えーっとですね…」
とりあえず学校まで着くと、美幸ちゃんの指示通りに車を走らせる。
アキちゃんは妙に静かねー。
ステフも大人しいし、二匹で寝ちゃったかしら。
「あの赤い屋根の家です」
家でかっ。
やっぱりいいとこのお嬢様だったのね、美幸ちゃんって。
なんとなく身につけてるものとか日頃の予定とかでそれっぽくは感じてたけど…。
家の入口まで来ると、車を端に寄せて止めた。
「それじゃあね、美幸ちゃん」
「はい、おやすみなさい、奈央先輩。
アキ先輩もおやすみなさ…い…?」
あら、どうしたの?
「奈央先輩。アキ先輩がいません」
え。
急いで後ろを振り返ると、スヤスヤと眠っているステフが一匹。
「…やられた」
きっと最初から車に乗ってなかったんだわ、あの子。
ステフを乗せたところは見たけどそのあとてっきり続いて乗ってくれたものだと…。
「どうするんですか?」
「どうするも何も…」
どうしようもないわよ…。
まだあの辺りに居るとは考えられないわ。
血眼になって探せば見つかると思うけどそれしたらアキちゃんに嫌がられるし…。
「夏雄に途中経過だけ連絡して私はもう帰る…」
「お疲れ様です、奈央先輩」
アキちゃんといると、大変で寝れない日が多くなってすっごく厄介。
それでいてこっちを向いて笑ってくれただけでもまるで何かに優勝したみたいな錯覚に落ちる。
そんなとこすら可愛いと思えるなんて、まるで恋みたい。
アキちゃんと恋人になりたいとは思わないけど、出来れば傍に居たいと思う。
「結局、私も美幸ちゃんとそう変わらないわねー」
がっくりと肩を落として自宅に向かう。
夏雄への連絡は電話で大丈夫でしょう。