『このド変態!メールだぞ!』
知らない間に俺の携帯が妹に犯されていた。
「なんじゃこりゃ」
うっかりマナーモードを切り忘れたせいで教室に妹の声が響き渡ってしまったのだ。
この前まではちゃんと『メールだぞ、はやく見ろよ!』というツンデレショタボイスが登録されていたはず。
授業も終わって昼飯を食う前に俺は携帯をチェックすることにした。
「うわっ、電話までかきかえられてる!」
地味すぎるイタズラで怒る気にもなれない。
まぁツンデレショタボイスが教室に響き渡るよりはマシだったからというのもあるが…。
「ねぇ、夏雄」
「うーん、それにしてもいつ俺の携帯を犯したんだ?」
「聞け、こら」
ミシリと俺の後頭部に足跡がついた。
「何すんだ!」
「無視するからに決まってるでしょ」
高校の部活から馴染みのある顔。
「なんだ奈央じゃないか」
名前が似ているということで仲の良い友人だ。
もちろん、俺たち兄妹の悪癖も知っている。
「ねぇ、さっきのアキちゃんの声よね?」
「あぁ、そうだけど…」
そして…。
「私にさっきのボイスください!」
ぐわっと振り下ろされる頭。
差し出されるオムそばパン。
「私最近アキちゃん不足なの〜っ!!」
うちの妹の犠牲者、1号。
「いいけど…。ド変態っつってるけど、欲しいのかこれ」
「このさい喋ってる内容は構わないわ」
こいつは高校の時の部活仲間。
それは妹のアキが中学校のときのことだった。
妹の水泳大会を覗きに行こう、というときにこいつは暇つぶしだとついてきた。
そのときにアキのフォームに一目惚れしたのだ。
「うぅー、やっぱり理想的だなぁ、アキちゃんの声」
どんな理想だよ。
「本当に懲りないな。
あんなに冷たい態度とられたのに」
「まぁ確かにアキちゃんは一見冷たいけど、あれって不器用なだけでしょ?」
そんなところも可愛いよね、と笑う奈央は本当に良いヤツだった。
アキに惚れ込んだ奈央は、一時は押し掛け女房のように家に来ていた。
しかし、そろそろ二階も掃除させてくれという奈央にアキは冷たくも言い放ったのだ。
-奈央ちゃん、有り難いけど自分のことは自分でできるから。
もうそんな風に家に来なくていいよ-
アキはアキなりにそんなに家事してもらうの申し訳ないというのを伝えようとしていたんだと思うが、
当時の奈央には伝わらず激しく落ち込んでいた。
迷惑だったのかなぁとか嫌われたかなぁとかうじうじ悩む奈央をなんとか宥めすかし、
無理やり外でアキに会わせたのも良い思い出だ。
ちなみにその時、妹は全力で奈央に謝っていた。
それからというもの、奈央は無理に世話を焼こうとはせず距離を持ってアキと接している。
「あー、そろそろアキちゃんと遊びたいなー。
…でも、まだ前に遊んだときから一カ月経ってないしなー」
これで奈央は恋愛対象として妹を見ているわけじゃないからすごいと思う。
むしろ奈央の方が俺よりアキを妹のように見ている。
これがまた妹の報われないところだな…。
奈央が恋愛としてアキを大好きだったなら今頃二人ともハッピーライフなはずなのに。
「うー、でもあんまり構うとアキちゃん自分の性癖のこと考えて私と距離とっちゃうしなー」
当たり前だ馬鹿者。
妹は意外と繊細で傷つきやすいんだよ。
「まぁ普通に遊ぶくらいならいいんじゃねーの?
あんまり気にし過ぎても我が家の妹は悲しむぜ」
「そっかぁ、じゃあメールしてみようかな」
「今高校も昼休みだろ、電話のほうが早い」
「それもそーねー」
プチプチと携帯を押して確認を取る。
5コール目ぐらいで繋がったようだ。
「もしもし?」
『奈央ちゃん?どうしたの?』
「今日、おうちに遊びに行ってもいいかな?」
『いいけど、今日はノリも居るよ』
それは良い事を聞いた。
「大丈夫、ノリ君も私の弟のようなものだし」
『じゃあどうぞ。晩御飯はあたしが当番なんだけど、何がいい?』
「私のリクエストでいいの?」
『うん』
あの一件のせいか、妹は結構奈央には甘い。
妹なりの気遣いというか好意のお返しなんだろう。
「じゃあ久しぶりにアキちゃんの作ったおでんが食べたいな」
俺は食べたくない。
妹は隙があったらおでんを作る。
これで今週3回目だぞ。
『わかった。こんにゃく多目にしとく』
「さっすがアキちゃん。楽しみにしてるね!」
『じゃあ、またあとで』
「うん、ばいば〜い」
ピ
電話を終えた奈央が凄い笑顔で振り向く。
気持ち悪い。
「あぁ〜、美味しいんだよね。アキちゃんのおでん」
「それは否定しないけど飽きるんだよ」
「贅沢なこと言わないの」
一度こいつには俺と生活を交換させるべきだと思う。
そうすればあの妹の嫌さがわかるはずだ。
主に部屋に転がる女性しかいないエロビデオとか、BLGLNLごった煮のエロゲとか。
「おっじゃまっしまーす!」
「ただいまー」
パタパタとエプロンをつけた可愛らしい子が出てくる。
「おかえりなさい。夏雄さん」
目の前で立ち止まってニコリと笑うその笑顔にノックアウト。
「あぁ、夏雄。鼻血出てる、鼻血」
「夏雄さん!?大丈夫ですか!?」
裸エプロンとか想像したらつい大変なことに…。
「ただいま、ノリ」
俺の可愛い可愛いノリ。
幼馴染で小さな頃から俺をしたってくれる完璧な美少年。
表情は柔らかく、俺のガッシリした体にピッタリくるなめらかボディ。
あぁ、今夜も俺のむす…
パコン
「はい、妄想ストップ」
いつのまにか出てきていた妹が俺の脊椎をチョップした。
「鼻血も止まるはず」
全力チョップじゃ鼻血は止まらないぜ。
っていうか鼻血って一回チョップじゃなくてトントンすんだろ。
「アキちゃん!久しぶり!」
「奈央ちゃん、三週間振り」
急いで靴を脱いだ奈央は全力でアキを抱きしめた。
学校での控え目な態度はどうした。
あんまり構うと距離とられちゃうし〜とかのくだりは無かったことになっているのか。
「あぁ〜、久々のアキちゃんの匂いだぁ〜♪」
「ちょっと変態くさいよ奈央ちゃん」
妹は結構シビアだった。
というかお前から変態と言われたらおしまいだろう。
「あ、やべ。おでん」
「あ、ほんとだ、おでん」
年下コンビはパタパタとスリッパを鳴らしてキッチンへ消えていった。
「あー、やっぱアキちゃんは可愛いわー。
平然とした顔して耳だけ赤くなってたし」
見てるとこ細かっ!
「俺のノリだって可愛いぞ。
あの控え目な笑顔。柔らかそうな肌…なめらかな…」
「あぁあ、ストップストップ。いくら理解があるとはいえこちとらノーマルなんだから…」
「あ、悪い」
ついつい奈央には気が緩んでしまう。
なんでだろうな…。
奈央のことを考えていると、ふと見知った人を思い出した。
「あ、そうか」
「うん?」
「奈央って父さんに似ておぶあっ!」
帰って早々、奈央の回し蹴りによって俺の視界がブラックアウトした。
「あー、おいしかったー」
「あー、いつもの味だったー」
「なんて失礼な兄だ。自分はカレーしか作んないくせに」
皿にモリモリと盛られたおでんは、ちょっとずつ確実に妹の腹に消えていく。
この細い体のどこにあの量のこんにゃくや卵や大根が入って行くんだ…。
「さて、俺は帰ります」
「なんだノリ、泊って行かないのか」
いつもならニコニコしながら泊っていくのに。
「疲れてるんですよ。学校でのストレスで」
学校でのストレス?
なんだ、そんなのは妹の口から一言も聞かなかったぞ。
「黙ってたんだよ、兄ちゃんが出てくるとややこしい内容でね」
俺の心を読んだのか、そう答えた妹はお茶を啜るようにおでんの汁を啜りながらほっこりしていた。
「ややこしい内容?」
「ノリが一人の男の子にしつこく付きまとわれてるんだよ」
「なんだと?」
ガチムチ系の男だったら許さんぞ。
ノリに負けず劣らずの美少年だったら…まぁ許さんでもない。
「ノリ君はそれが疲れるの?」
「なんというか、凄いというか…」
ハハハと苦笑するノリは確かに少し元気がない。
「ノリは美少年だからな。俺が追い払おうか?」
「いやだからそれがダメなんだって」
妹はやれやれと息を吐いた。
「ノリは優しいからね。穏便に済ませたいんだよ」
「あ、アキちゃん嘘吐いた」
ピシリ
あ、また妹が石になった(ついでにノリも)。
いや、それにしても嘘だと?
どの辺に嘘があったんだ?
「おい、嘘ってなんだ。どういうことだ」
固まった二人を揺さぶると、覚醒したアキが奈央に詰めよった。
「な、なんでわかったの!?」
珍しく取り乱す妹に、奈央はへらりと笑って答える。
「わかるよ、アキちゃんのことだもん」
それは答えになっていないぞ、奈央。
そしてこのうそつきな妹の嘘を見破る方法ならぜひ伝授してくれ。
「それより!嘘ってどういうことだ!」
ノリのほうをクワッと見ると、解凍したノリがビクリと震える。
そんなノリも可愛いが今はそんな場合じゃない。
「…す、すいません。でも…」
「あー、いいよ。ノリ、あたしが話すからさ」
ちらりと奈央を見たアキが溜息をついた。
見破られると思っていなかったんだろう。
正直、俺も奈央が居なかったらそのまま信じていたところだ。
この妹は妙に嘘が上手いから。
「実はさ、ノリが一人の男の子にしつこく付きまとわれているのは恨まれちゃったからなんだよね」
「恨まれた?」
なんだ、俺はてっきりストーカーができたのかと…。
「理由は?」
「それが…」
妹は少し目線を逸らしたあと、ポツリと呟いた。
「あたしと、付き合ってると思われたらしくって」
俺の頭に吹雪が吹いた。
「誰が?」
「ノリが」
「誰と?」
「だからあたしと」
アキと、ノリ、が、あ、ぁ、あああ。
「アキ!夏雄さんがオーバーフロー起こしてる!」
「アキちゃんどうしよう!」
「だから言いたくなかったんだってば」
ガタガタと激しく震える俺の体。
「み、認めないぞ!俺は認めないぞー!ノリは俺のだぁーー!」
パコン
「だから誤解だっつの」
シュウシュウと音を立てる俺の頭。
叩かれたおかげでなんとか立てなおしたようだ。
「はぁ、しかしそれはまぁ災難だったな」
「アキは地味に人気があるから」
よしよしとノリの頭を撫でてやると、ノリは少し嬉しそうに笑った。
「まぁしょうがないですよ。
俺たち学校じゃしょっちゅう話してるし」
「ぶっちゃけ学校であたしが会話するのなんてノリと巽と誠二くらいだもん」
「アキちゃん女の子と喋んないの?」
「あたしの女の子の友人なんて奈央ちゃんぐらいだよ」
それを受けて奈央が目に涙を溜める。
「嬉しい…!」
しかしそれはちょっとひどすぎやしないか?
「おい、目片さんたちは?」
「委員長たちは優しいから喋ってくれるけどぶっちゃけあたしなんてクラスメイト程度のもんでしょ」
ほんとにひねくれた妹だな、こやつは。
「ダメだよ、アキちゃん。好意はなるべく受け取らないと」
「好意の塊のような奈央ちゃんに言われたくないよ」
それはもっともだ。
こいつの好意を全部受け取ったらダメ人間になる。
「対策が立てづらい悩みだな」
「そうなんだよねー」
ノリは俺のものだと主張してもいいが、大学まで伝わったら少し困る。
それより、妹の生活に支障が出る。
…うん?妹をかばうのなら大丈夫か?
「いっそ学校で喋らないのもありかと思ったけど」
「それはアキに悪いよ。せっかく俺を信頼してくれてんのに」
ノリは良い子だ…。
どうして俺たち兄妹の周りには良い子ばかりが集まるのか。
「よし、そういうことならやはりお兄ちゃんが一肌脱ごう」
「いやだからややこしいって」
「まぁまぁ、俺に作戦があるんだよ」
パチリとウインクすると、ノリは頬を染め、妹と友人は呆れた目をした。
「あのな…」
「本当にうまくいくのー?」
「当然だ!俺の作戦に抜かりはない!」
隣ではモジモジと恥ずかしそうにしている奈央。
「そもそも、奈央は別に来なくて良かったんだぞ」
「いーよもう。それに、恥ずかしい思いをするであろうアキちゃんを慰めるのはあたしの役目だもの」
そろそろ人が多くなってきた。
通りがかる生徒がチラチラとこっちを見ている。
「そろそろかな…」
奈央が呟いた言葉に顔をあげる。
見えた、アキとノリだ。
俺の言った通り仲良く下校してきた。
すぅっと息を吸い込む。
「てめぇこらノリ!!!俺の妹に手ぇ出したってのは本当かごらぁあ!!!」
怒ってますアピールを盛大に、ずんずんと大股で歩み寄ってノリの胸倉を掴む。
「な、夏雄さん!?何をするんですか!?」
わざとらしく逃れようとするノリの言葉を遮る。
ノリは嘘が下手だからあんまり喋らせるとバレるし。
「うるせぇ!聞いてんのはこっちだ!
うちの妹と付き合ってる噂が大学まで流れてきてんだよ!!」
校門に押しつけて、唸る。
「そ、それは噂で…」
「うるせぇ黙れーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
右手にバキという音がした。
俺が殴ったのだから当然だ。
…けれど、本来当たるはずだったノリの左頬は綺麗なままだ。
ノリから本気で殴れと言われていたが、さすがにこれは出来なかった。
だから校門の壁にひび入れるぐらいにしといた。
これでも十分だろう。
その証拠にひっそりと逃げ出したヤツを見かけた。
たぶんそいつだろう。
「てんめぇ、妹を少しでも傷つけようもんならしょうちしねぇぞ!」
「す、すいませんでしたぁーーーー!」
ノリの腹から出した声は校舎に響き渡った。
俺はノリから手を放すと、腹立たしげに校門裏へ回った。
「あぁあああああ、恥ずかしかったぁあああああああ」
奈央は顔を真っ赤にした我が妹をよしよしと撫でた。
それはもう愛おしそうに。
「まぁこれでしばらくは大丈夫よ」
昨日とまったく同じ4人でおでんを囲む。
放課後に起こったあの事件は瞬く間に広まったらしい。
あの後、犯人を絞めた俺は家に帰って先に待っていたノリに平謝りした。
いくら二人のためとはいえ、俺はノリに手荒なことをしたんだ。
これは許されることではない。
「でも夏雄さんのおかげで明日からはゆっくり学校生活を送れそうです」
「うー…」
「ほら、アキもいつまでも唸ってないでお礼いいなよ」
「いーやーだー…」
まったくしょうがない妹だ。
一番傷ついてるのは俺だと言うのに…。
「明日から確実にシスコン呼ばわりだよ…」
「いいじゃない、こないだの携帯事件で既にシスコン呼ばわりされてるって」
「なにー!」
「携帯事件?」
きょとんとノリが首をかしげる。
ちくしょうその純粋無垢なお顔が可愛いぜ。
「それがさ、夏雄ったら授業中にマナーモードにするの忘れててさー」
「は!?兄ちゃんもしかしてあれ授業中に流しちゃったの!?」
「そうだよ!元はといえば悪いのはイタズラしたお前なんだよ!」
「いだだだだだ…」
ガッシリと掴んだ頭に拳をグリグリいれてやると、妹は頬を引っ張って反撃してきた。
「あがが…」
「ほら、これがそれ」
『このド変態!メールだぞ!』
「うわぁアキってばドS」
「なんだかんだで二人ともシスコンブラコンってことだね」
「シスコンじゃない!!」
「ブラコンじゃない!!」
数日後、俺の携帯の音声はツンデレショタではなく、可愛い可愛い恋人の声が入っていた。
これも素直じゃない妹なりの礼なのだな、と思うと俺は少しシスコンを認めてもいいと思った。