桜満開の学校。
そう、春です。
え?冬?
…そう、春です!
廊下には人がごった返していて、喜びあう声とか、悲しみあう声とか、とにかく騒がしい。
「見て、巽!私またアキちゃんと一緒だわ!」
「おぉ、俺も一緒だ。しかもノリまでいるぜ」
やった!また4人一緒!
クラス替えという年間行事に一喜一憂するのは当然のこと。
楽しかった去年のクラスと別れるのはとても悲しいけど、アキちゃんたちがいるなら一安心。
「Dカップの田中さんは2組、Eカップの鈴木さんは6組…」
アキちゃん、自分のクラスより先に巨乳の人の教室探すのやめて。
「ほら、アキ。自分のクラス確認したら教室行くぞ」
「えー、もうちょっと確認させてよー!」
「他の人の邪魔になるだろ、早くしなさい」
ノリはもう完全にアキちゃんのお母さんね。
あんなにエプロンが似合う男の子も珍しいわ。
むしろ制服である今でさえエプロンの幻が見えそう。
「おら、お前もぼーっとしてんな」
巽に肩を抱きこまれて大人しく連れられる。
うまく他人にぶつからないように先導されてこれじゃ文句が言えないわ。
「巽、もう平気よ」
「おう」
…巽は女の子に優しいところがあるけど、私にまでそんな扱いしなくていいのに。
調子狂っちゃう。
「やっぱり最初は名前順かぁ」
「ノリと巽はいいよね、名前順なら確実に近くだし」
私なんか最初の方だし面倒なのよね、色々と。
その代わり確実に窓際キープだから美味しいといえば美味しいけど。
「あれ、委員長」
「あ、まっつー」
アキちゃんが自分の席を発見すると、その前の席にはもう見慣れたふわふわな女の子。
「委員長の席そこ?」
「うん、目片の『め』と桃松の『も』」
あ、ほんと。
「そういえば1年の時も席は前後だったっけ」
「そうそう」
へぇ、そうだったんだ。
そういえば1年生の時二人は同じクラスだったね。
「んげ、桃松秋生」
「やっほー、みどりん」
…あら、これはこれは…。
もしかしてみんな同じクラス?
「よろしくね、鈴城さん、委員長」
「よろしく、野沢君」
「せーちゃんと野沢君と能登代君はいいわ。
…桃松秋生さえいなければ!」
「こらこら、そういうのを本人の目の前で言うんじゃないよ」
ふふ、でもなんだかんだでアキちゃんが一緒なのも嬉しいのよねみどりんは。
乱暴なこと言ってるけど顔は笑顔なんだから。
「あぁ、目片さんと同じクラスだなんて僕はなんて幸せなんだ!」
あら、彼も居たのね。
スーパー君。
「なんという運命、3年生も素敵なクラスになるに違いない…っ!
…桃松秋生、君さえいなければ」
そうでしょうねー☆
一番好きな人と一番嫌いな人がいるなんてすっごい運命よね、ある意味。
「せんぱぁーい!!」
まぁ、トラブルメーカー二人目。
「美幸、あんた自分のクラスはどうしたの?」
「あぁん♪」
ネックブリーカーかけながら平然と声かけないの。
美幸ちゃんも乱暴されてるのに悦に入らないで。
「自分のクラス確認するより先にアキ先輩のクラスを確認しにきたんですよぉ」
「そっかぁ、意味わかんなーい☆」
「アキ先輩、ギブ!ギブ!」
ギチギチと首に腕をまわされてあぁもう見てられない。
「そういえば美幸を見たの久しぶりな気がするなぁ。
えーっと、花火以来?」
「違います!文化祭の後の買い物で会ってるでしょう!?
しかもなんとなく記憶がないけど冬にだってたくさん会ってます!
バレンタインデーだってチョコレート届けに来たでしょう!?」
「あー、いたね。わかった甘やかしてあげる。よしこい、美幸」
「わんわん♪」
「よーしよしよしよーしよしよし」
「いたたたた!痛いですアキ先輩!」
痛いでしょうねー。
あのふわふわの髪をぐっしゃぐっしゃにされればそりゃあもう。
私ならいくらアキちゃんとはいえされたくない行為だわ。
「いいなー…」
「ヒナちゃん、正気?」
その二つくくりの髪がメデューサになっちゃうわよ。
そんなヒナちゃん私が見たくないわー。
「ほら、チャイム鳴るし自分のクラス帰りなさい」
「はぁーい」
アキちゃんは丁寧に美幸ちゃんの首根っこを掴んで放り出すと、パンパンと一仕事終えたようなしぐさをした。
「ふっ…今ここで追い払ったならしばらくは出てくるまい」
「不吉なこと言ってあげないの」
あれで結構良い子なんだから。
席に着くと、HRが始まって凄く暇になった。
私の席は一番後ろの窓際。
最高の席。
(…あ、巽寝た)
早いわよ。
一番前の席のくせに真っ先に寝るなんてどんな神経してるのかしら。
斜め後ろに座っているノリが苦笑してる。
みどりんは暇なのか、爪をいじりながらぼんやりしている。
真ん中の席ってキョロキョロするわけにもいかず暇になるわよねー。
「能登代、起きろ」
あ、ついに怒られた。
ヒナちゃんとアキちゃんはどうしてるかしら。
ヒナちゃんは真面目に先生の話を聞いているわ、偉いわね。
アキちゃんはというと…。
じーっ
うん、ヒナちゃんのうなじ眺めすぎ。
目線が真剣すぎて怖いわよ。
…メールしてみようかしら。
先生に見えないように机の下に携帯を隠すと、『何見てるの?』って送ってみた。
返事は…あ、きた。
『委員長のうなじ見てる』
うん、それはわかってるわ。
そうじゃなくてね。
『ヒナちゃんのうなじがどうかしたの?』
『色白い』
あ、そう。
…アキちゃん、セクハラって知ってるかしら。
『触っていいかなぁ』
やめなさい。
静かなHRに悲鳴が響き渡るわよ。
結局アキちゃんはヒナちゃんのうなじを見るだけで我慢して放課後になった。
「アキ、今日は進級祝いにゲーセン行こうぜ」
巽、あなたそれじゃなくてもいつもゲーセン行ってるじゃない。
「あー、ごめん。今日バイトだわ」
あらら。
「シフト増やしたのか?」
「いや、今日入る予定だった大学生のお姉さんが合コン行きたいっつーんで替わってあげた」
理由がまたすごいわね。
「うーん、じゃあしょうがねぇな」
「巽ももうちょっとバイトしたら?」
「髪の色でどこも落とされんだよなー。コンビニしかできねぇよ」
そりゃそうでしょうねー。
そんなド金髪じゃどこも雇ってくれないわよ。
大昔は可愛い黒髪だったのに。
「ノリは前のバイト辞めたんでしょ。
次のバイト決まった?」
「今は面接終わって結果待ちかな。俺もコンビニ。
原付でピザ運ぶのは意外としんどかったんだ」
それにノリが原付に乗ると夏雄さんが反対するのよね。
絵面が良くないって。
でもあのバイトってクリスマスになるとトナカイの角つけて原付乗るから可愛かったのに…。
「誠二は、まだあのバイト続いてるの?」
「うん」
ゲームセンターのアルバイト。
意外と楽なのよね、あれって。
「うぅん、あたしもゲーセンに鞍替えしよっかな」
「アキちゃんは今のバイト合ってると思うわよ。
Latelだったっけ。喫茶店の名前」
学校とアキちゃんちの丁度真ん中辺りにある喫茶店。
暗い感じだけど紅茶が美味しいから私は結構好き。
「そりゃあたしも嫌いじゃないけど、ただ最近はなぁ…」
アキちゃんは少し言い淀むとうーんと唸りだした。
何か問題でも起きたのかしら。
マスターもアルバイト仲間も結構人が良さそうな人たちばっかりだったと思うけど。
「んー、まぁ行けばわかるよ」
その一言で今日の私の日程が決まった。
カランと音がしてドアが開く。
「いらっしゃいませー」
ちょび髭を生やしたマスターが気だるく声をかけてくれた。
右奥の一角に腰をかけると、予想通りアキちゃんが水とおしぼりを運んできてくれた。
「いらっしゃい。何にする?」
「じゃあアキちゃんで」
「高いよ?」
あらら、残念。
「アキちゃん、お友達と休憩してくれてていいよ。
人がたくさん来たら手伝ってくれればいいから」
「はーい、ありがとうございます」
アキちゃんはエプロンを取ると、紅茶を二つ持って私の真正面に腰かけた。
確かに今日は人も少ないし、バイトがいなくても平気みたい。
「ノリと巽は?」
「二人は夏雄さんとゲーセンにいったわ。
夜ご飯は一緒するんじゃない?」
きっとあの3人のことだからなるべく大きめのぬいぐるみを狙ってアキちゃんを喜ばせようとしてるのね。
アキちゃんはそんなものより本当は一緒に居る方が喜ぶっていい加減わからないのかしら。
これだから男の子は一本足りないなんて言われるのよ、もう。
「もう3年生かぁ。まだ気持ち的には小学生だなぁ」
「それは成長しなさ過ぎじゃない?」
でも気持ちはわかる気がする。
友達ができて嬉しいのか、私たちと出会ったころみたいにアキちゃんははしゃいでる。
それが小学生みたいって言われればそう見えないこともない。
「誠二も最近は落ち着いたね」
「そう?」
私はもともと落ち着いてたと思うけど…。
「うん、女装を無理にしてる感じがなくなった」
それは化粧がマシになったんじゃないかしら。
「その辺は委員長とみどりんに感謝だね」
「…うん」
二人にはほんとに感謝してる。
私で役に立つことがあるなら、なんだってするわ。
それぐらいに感謝してる。
「そういえばアキちゃん、問題って?」
「アレ」
指差した先には一人の女の子。
カウンター席に座って楽しそうにマスターを話している。
アキちゃんは首を竦めると、ひそひそと耳打ちしてくれた。
「マスターに惚れてるらしくってさ、
女の子のバイトが入ってると睨んでくんの」
あぁ、それはやりづらいわね。
特にアキちゃんはそういう嫉妬の目線って苦手だから。
「でもこのバイトけっこうおいしいんだよねー…」
「時給良いし楽だものね。紅茶も美味しいし」
今日はアッサムティーのミルク。
ミルクティーにするならお茶っ葉は絶対アッサムだわ。
「アキちゃんは敵じゃないってアピールしてみたら?」
「どうやって?」
「マスターに嫌われてみるとか」
「誠二はあたしにクビになれっていうの?」
確かに。
それじゃ本末転倒よね。
「じゃ、恋人がいるってアピールしてみるとか」
「悪くはないけどどうやって?」
「…ちょっと待ってね」
アキちゃんを待たせてトイレに向かう。
洗面所で準備をすると、アキちゃんは驚いた顔をした。
「…誠二が男になった!」
アキちゃん、私もともと男よ…?
メイク落としてカツラ被ってズボンに履き替えただけじゃない。
一応、学校で服装について怒られた時のために男装セットを持ち歩いてはいるのよ。
高校始まってすぐはしょっちゅう怒られてたんだから。
「なんか懐かしい。会ったばっかを思い出すねぇ」
「私はあまり思い出したくないわ」
「うん、その姿でその口調は少しやめてほしいな」
あら、そうよね。
見た目は男の子なんだからちゃんと男の子の言葉でしゃべらないと。
「で、恋人役を買って出てくれるわけ?」
「そういうことになる…かな。わた…僕ならなんとかなると思うから」
「誠二、言葉が苦しい」
放っといて。
男言葉なんてめったに使わないもの。
「くくく、委員長やみどりんに今の誠二を見せてみたい…!」
「やめて。せっかく築いた関係が音を立てて崩れちゃうわ」
「ほら、また女言葉」
「う…」
喋り辛い。
もしかして私ってもうほんとに身も心も女の子なのかしら。
…そもそも私自身はどうしたいのか、あまりわかってないのよね。
周りには女の子として扱ってほしい。
でも自分自身は男の子としてありたい。
「ねぇ、アキちゃん」
「うん?」
ズルズルとロイヤルミルクティーを飲んでいるアキちゃんに少しだけ救いを求めてみる。
…アキちゃんに頼りっぱなしなんてズルいかしら。
「アキちゃんは私がどっちだと嬉しい?」
「何が?」
「男の子か、女の子」
それだけ言うと、アキちゃんは首を横に捻った。
考え中かしら。
そこから、コクリと一つ頷くと、口を開いた。
「どっちでもいい」
…まぁ、アキちゃんならそう言うわよね。
「誠二はどっちが嬉しいの?」
「…それがわからないの。
女の子らしくありたいのに、男の子を捨ててしまうのが嫌…みたい」
我侭かしら。
鞄に潜んでいた男装セットはきっとその表れなんだわ。
学校のせいなんて言い訳して、ほんとは私がたまには男装したいだけ。
「じゃ、そのままでいなよ」
「無理よ、両方なんて…。不器用な私には…できない。
それにどっちつかずなんて、誰とも恋愛できないじゃない」
恋を夢見ないわけじゃない。
でもアキちゃんみたいにその人をあるがまま受け入れる人なんてきっと他に居ない。
さびしがりな私がこの先独りになって耐えられる?
無理だわ、きっと。
「どっちつかずだと恋愛できないの?」
「かも…しれない」
「じゃあ、あたしはなんなのさ」
アキちゃん?
「あたしは女の子が好き」
うん、それは知ってるわ。
「でも、あたしは男の子になりたいわけじゃない」
そう、ね。
「女の子のままで女の子が好きなあたしも、恋愛できないわけ?」
ちょっと怒った顔。
…そっか、そうよね。
こんな言いかたじゃ、アキちゃんまで否定しちゃう。
「誠二は閉鎖的すぎるんだよ」
「閉鎖的?」
「もっとたくさんの人に出会えばいいよ。
誠二っていう存在を好きになる人がきっといるよ」
本当かしら。
二次元に逃げてるアキちゃんから言われるとすごく説得力がないんだけど…。
「誠二は優しいんだから大丈夫」
「本当かしら」
「…誠二が独りの時は絶対ひねくれ者のあたしも独りだから大丈夫」
「ぷっ」
あ、いけない。笑っちゃった。
…きっとアキちゃんには優しい恋人ができるわ。
これは保証できる。
そんなアキちゃんに信じられてるなら大丈夫かしら。
私自身は信じられないけど、アキちゃんなら信じられる。
「アキちゃん、ありがとう」
「お礼は恋人のフリで十分」
「ふふ」
音を立ててロイヤルミルクティーを啜るアキちゃんの頭を軽く叩くと、ゆるりと撫でた。
私はこの人に何度助けられるんだろう。
傍に居るだけで恩返しになるなら、寂しさを紛らわせてあげるだけで恩返しになるなら。
いつまでもアキちゃんの傍に居たい。