「なんだあれは」
足元はフラフラ。
いつもスッキリの目元は力がなくなってふにゃふにゃ。
ウザいくらいの筋肉は元気がなくなってぷにぷにである。
「夏雄さん、何か変なものでも見たのかしら。
巽も奈央さんも心配そうにしていたし…」
隣で着替え終えた誠二が呟く。
…せっかく渾身のねこにゃんじゃんけんをやってやったのにシラけた反応してくれやがって。
委員長と奈央ちゃんは可愛いを連呼しながらやってくれたし、あのみどりんと巽でさえ恥ずかしがりながらもやってくれたのに。
「ねこにゃん、ぽんっ」
「…ぽん」
後出しかよって話だし普通のじゃんけん出しやがった。
ねこにゃんじゃんけんじゃなくてねこパンチしてやろうかと思ってしまった。
「さて、ダンスまで時間少し余っちゃってるけどどうする?」
委員長との待ち合わせ時間までまだしばらくあるなぁ。
…ちょっとノリんとこ行くか。
「水泳部覗きに行こ」
「やっぱり、そうすると思った」
「?」
やけに上機嫌だね、誠二は。
兄ちゃんに相手してもらえなかったし拗ねてるかと思ったのに。
最近、あたしの周りの人はよくわからないな。
「ノリ」
水泳部のバックヤードを覗かせてもらうと、着替えている面々の中にノリの姿があった。
あたしたちの姿を見つけると、ノリは少し笑った。
「どうしたの、こんなところに来たりして」
確かにこんなところだね。
何が悲しくて男子の嬉し恥ずかし生着替えを見なくちゃならないのか。
それも水着を着替えてるってことは下がポロリ祭なんだよね。
うーん、粗品ばっかり。
慌てふためく男子を見るのは楽しいけど、この光景はあたしがしんどいので廊下の人の少ないところにノリをつれだした。
「まだしばらく時間あるからノリについていって邪魔しようかなって」
去年は確かこの時間ぐらいに体育館の裏で待ち合わせをしていたはずだ。
で、そのまま踊ってるのを目視した(デバガメ)
ちなみにあたしはそれを目視したあと、誠二と巽が堂々とダンスしているのを半笑いでみてた。
あの時の巽の顔の面白いこと面白いこと…。
「あぁ、それなら無駄だよ」
「へ?なんで」
「今年は夏雄さん、俺と踊らないらしいから」
…なんだと?
それでか、兄ちゃんが元気無かったのは。
いやでも今の言い方だとノリじゃなくて兄が断ったということになる。
「ノリ、なんかしたの?」
「…そうみたい」
ノリは弱々しく呟くと、歩き出した。
「どこ行くのさ」
「一人で体育館裏に行く」
「誰も来ないのに?」
そう言うと、ノリは少しだけ足を止めた。
「誰かと踊れば?スッキリするかもしれないよ」
「…それも少し考えたけど、そんな気にはならないんだ」
あれま。
「誰かに声かけられるのも面倒だし、体育館裏にずっといる」
まぁノリのような美少年が一人でいたらみんな声かけるわな。
他の誰かと踊りたくないなんて、純情だね。
…違うか、兄ちゃんが他の人と踊るのを見たくないんだ。
「じゃああたしは委員長と待ち合わせがあるし、またねノリ」
「あぁ、またな」
横から誠二が「ついて行って慰めなくていいの?」という視線を投げかけてくるけど無視。
きっと今はあたしがいるともっとしんどいから。
「さて、誠二。委員長に少し遅れるって伝えてきてくんない?」
「いいけど」
「ダンスの時間までに戻らなかったら悪いけど他の人と踊って、とも伝えて」
「…わかった。でもヒナちゃんを悲しませないようになるべくダンスまでに戻ってね」
「あいあい」
誠二を追っ払うと、学校中を走り出す。
幼馴染を悲しませた罪は重いぞ、尻軽男め。
「兄ちゃん」
案の定、プールサイドに居た兄。
兄妹揃ってしんどい時はここに来るのはいかがなものか。
あたしももうちょっと考えよ。
ま、それは置いといて。
「兄ちゃん、なんでノリと踊らないの」
「なんでもいいだろ」
おや、これは聞かれることがわかってた反応だね。
即答だなんて生意気じゃないか。
「へぇ、それで尻軽な兄貴は誰と踊るの?
委員長?みどりん?奈央ちゃん?それとも大穴で巽?」
ダークホースに美幸とかもあるけど。
口に出すと飛んでくるのでここだけ心の中で。
「…誰とも踊るわけないだろ」
わかりやすくカチンときたらしい兄ちゃんはすっくと立ち上がってあたしを見降ろした。
「俺が、ノリ以外と踊ると思うのか」
「ノリ以外にフォーム教えるっつって下級生にべたべたセクハラする兄だし踊ると思うよ」
そういうと、心に刺さるものがあったのか、へたりと座り込んだ。
痛恨のダメージ9999とかってところかな。
限界突破しないだけ優しいと思え。
「俺は、ノリに合わせる顔がないんだ、今」
「なんか言ったの?」
「ノリの女装を褒められなかった」
…なんだこのノロケ。
「ノリに悲しい顔をさせた。…合わせる顔がない」
ノリ、その程度で悲しい顔をするんでない。
どんだけ恋する乙男なんだあやつは。
「ノリはこの先も俺と一緒でほんとにいいと思うか?」
あたしに聞くな。
んなもん本人に聞けよ、めんどくせー兄貴だなぁ(自分も面倒な妹であることに気付かない)
「あのねぇ」
「ノリは小さな頃から俺がいるから、だから俺を見てるのかもしれない」
「いやだからね?」
「でももしそのうち俺が我侭なヤツだって気付いて心が離れていったら…」
「聞けよ」
「俺よりノリに似合う優しいヤツなんて探せばいるんだ。
それにノリが気付いたら、俺は…俺は……!」
「だから聞けー!」
ドパーン
あ、しまった。
つい勢い余ってプールに突き落としちゃった。
「…」
「…」
ま、いっか。
「あのね、兄ちゃん。今更何言ってるの」
「いま、さら…?」
ほんとに、今更すぎる。
ぼたぼた水を髪から滴らせて、ぽかーんと口開けて。
天下の桃松夏雄がほんと情けない。
「何年ノリと一緒に居るのさ。
兄ちゃんは今までどうしてノリと一緒に居たの」
「それは、ノリが好きだからだ」
「そうでしょうよ」
でなけりゃ夜な夜なベッドであたしの部屋まで聞こえるような声を…こほん、まぁそれは置いといて。
「じゃあノリはなんで兄ちゃんと一緒に居たのさ」
「それは俺のことを好きでいてくれたからだ」
「じゃ、それでいいじゃない」
「…これから先もそうだとは限らないだろう?」
そんなすがるような眼で。
ほんとに、ダメなやつだな、うちの兄は。
「だから手放すの?」
「…そうだ、ノリにいらないって言われるのは、捨てられるのは……嫌だ…」
そんな弱気で。
この人今まで自分がどうやって生きてきたか覚えてないのか?
「兄ちゃんさ、高校2年の時の大会って優勝できると思ってた?」
急な話の転換についてこれないのか、兄はたどたどしく正直に答えて行く。
「あぁ、だから出たんだ」
「実際には優勝できなかったけど、どうだった?」
「悔しかったよ、すごく。
だから3年で絶対優勝してみせるって思ったんだ」
「でまぁ3年でも優勝はできなかったけど、どうだった?」
「…悔しかったな」
だからなんだ、という顔をしないでよ。
どうしてこういうときだけふてぶてしいのかね。
「3年の時は優勝できるって思った?2年の時はダメだったけど」
「したい!とは思ったけど、できないことは理解してたさ。
でも全力は尽くした」
「なんでその時もう大会なんて出ないって思わなかったの?」
「そりゃ、後悔したくなかったからだ」
でしょうなぁ。
「辛くないけど後悔するのと、辛いけど後悔しないの、どっちがいい?」
「それはもちろん、男なら後者だろ」
でしょうなぁ。
「じゃあノリを手放さないであげてよ」
全力を尽くしてノリを捕まえて、それで逃げられたほうがかっこいいじゃない。
なんで捕まえて自分で逃がすの。
「の、ノリのことも考えたらそんなこと…」
「兄ちゃんは優勝できないから大会に出ないって言ってるんだよ」
「なん…」
「それが我侭以外のなんだって言うの」
かっこわるいよ、そんなの。
しんどいけど、辛いけど、頑張ってよ。
「ここで兄ちゃんがノリを手放して、そのあとノリがずっと兄ちゃんのことを思ってたらそれは逆に兄ちゃんはノリを不幸せにするんだよ?
それも兄ちゃんが傷つきたくないからっていうエゴでノリと離れるの?」
「でも、今俺がノリと一緒にいるのだってエゴなんだ…!」
「ほんとにそれエゴなの?」
なんて、自分勝手な、エゴな話だろう。
兄ちゃんが一番めちゃくちゃだ。
「じゃあ今までずっと傍に居たノリの気持ちはなんなの?それもエゴ?」
「そんなことは…」
「好きだって気持ちも傍に居たいって気持ちすらエゴになるわけ?」
「お互いが好きなら、エゴにはならない」
「ノリが兄ちゃんを嫌いになるかもしれないから?」
「将来的には、あり得るって話だ…!」
そんな苦しそうに。
今までそんなことも考えたことなかったのかこの兄は。
同性愛者なら、誰もが少しは悩んだことがあることなのに。
今まで自分たちの恋が異端だって気付いてなかったんじゃないの?
なんかもうめんどうくさいな。
ちょっとぐらい乱暴な言い方してもいいよね。
「じゃあ、正直にノリに言ってきてよ」
「は?」
「『この先君は俺を嫌いになるだろうから、今から一緒にいれません』って」
兄ちゃんはポカンと口を開けると、プールの中なのに顔を真っ赤にさせた。
「バカにしてるのか…!?」
バカにしてんだよ、バカ兄ちゃん。
「そんなの、エゴ以外のなんでも…」
そう、エゴ以外のなんでもないんだよ。
「…んだよ、俺が今言ってることそのものじゃないか…」
だからそうだって言ってるじゃん。
ノリに嫌われるのが嫌で、ノリの気持ちも考えずにノリに冷たくして。
それがエゴじゃなくてなんなのか。
「…はは、これじゃお前と変わんないな」
…なんだと?
聞き捨てならんぞ今の台詞。
「そっか、俺はやっぱり、こういうのはダメダメだな」
そんなことは昔から知ってるんだよ。
だから今更って言ったのに。
「兄ちゃんは兄ちゃんのままでいいってことだね」
兄ちゃんが深く考えると絶対空回りするんだから。
手を引いてやると、その体は水を吸ってずっしり重かった。
いや、これはまじ重い。
このガチぽよめ、カレーばっか食ってるから…!
「…ノリんとこ行ってくるな」
「頑張れ」
びしょぬれのまま兄が走り去ると、ポツリとあたしだけが取り残された。
委員長、待ってるかな。もう待ってないかもしれない。
それなのに追い打ちをかけるように音楽が流れ出す。
ダンスが始まったらしい。
「…なんてこったい」
兄ちゃんのせいで可愛い女の子と踊るチャンスを潰してしまった。
これはもう怒って違う人と踊りに行っちゃったかな。
みどりんと一緒なら尚更、みどりんが2倍くらい怒って良い人をひっかけにいっただろうなぁ。
プールは遠くのキャンプファイヤーの灯りを受けてキラキラと光っている。
このまま水とダンスなんてちょっとクサいかなぁ。
突っ立ったままぼんやりプールを眺めていると、向こうから楽しそうな声が聞こえてくる。
ダンスは今年も大盛況らしい。
良い事じゃないの。
今頃兄ちゃんとノリも体育館裏で楽しくやっているんでしょう。
委員長達だってグラウンドで楽しくやってるかもしれない。
だってのになんであたしはこんなとこで一人で突っ立ってるんだろう。
「はぁ…」
溜息を一つ吐いて、首を落とした。
「えい」
どぼーん
!?
「ぷはっ」
急に背中を押されてプールへ真っ逆さま。
慌てて顔を出すと、さっきまであたしが立ってた場所に違う人が立っていた。
「…委員長!?」
あたしと目線を合わせるように、しゃがみこむとちょっと眉を寄せた。
あ、パンツ見えてる…じゃなくて。
不謹慎だけど委員長のパンツは白でした、じゃなくて。
なぜここに?
「誠二から伝言聞かなかった?」
「聞いたよ」
「みどりん怒ってなかった?」
「怒ってたよ」
ですよね。
「…なんでここに居るの」
「だって水泳部だもの」
いやいや、答えになってないよ。
「まっつーが約束破るから、私一人になっちゃったんだもん」
…いやだから、伝言…。
「たぶんキャンプファイヤーの周りに行ったら一人の人たくさん居ると思うよ」
「そうだろうね」
「…せっかくの文化祭だよ、踊ってきなよ」
「まっつーは?」
聞かれて、ぼんやりとキャンプファイヤーの方を見ると睫毛の水滴でやけに眩しく見えた。
「ここで、泳いでようかな」
眩しいのは、あまり得意じゃない。
昔は憧れたりもしたけど、今はもうそうなりたいとも思えない。
いつも兄ちゃんを見てたから、眩しいのはもうたくさんなんだ。
潜ったらまだ眩しくないかも。
むしろもっと眩しいかも。
ゆらゆら不安定な水の中だからこそきっと安定する。
昔からそう信じてるところがあるから。
昼間の水の底の光が好きで、夜の水の底から見る光が好き。
「水とは踊るのに、私とは踊ってくれないんだ」
だってもうびしょ濡れだし。
落としたの委員長じゃない。
っていうかその台詞ちょっとクサいよ?
「じゃあ、私も水と踊ろうかな」
拗ねたような声に振り向くと、バシャンと音がして水で前が見えなくなった。
水が大人しくなると委員長の姿はなく、水の中にゆらゆらと潜る姿が見えた。
「委員長、何やってんの」
言葉通り、水と戯れているらしい。
完全に潜りきっちゃってシカトを決め込んでいる。
ざぶざぶと水を掻き分けて委員長の方へ行くと、自分は潜らずに手だけ掴んでひっぱりあげた。
「ぷはっ」
可愛らしい。
が、やっぱり委員長が可愛い時は同時に妙に小憎らしい。
何がしたいんだかさっぱりわかんない。
「あーぁ、完全に濡らしちゃって。
もうキャンプファイヤーのほうで踊れないじゃん」
「いいよもう」
掴んだ手はいつの間にか掴み返されていて、気付けば身動きが取れない。
しまった、捕まった。
「ここで踊っちゃおっか」
「拒否したら?」
「こないだのブラジャー返してね。
あれ一応お気に入りだったんだから」
うげ。家に持って帰ったのに〜…。
今更返せと言われても。
他人の使用済ブラなんて滅多に手に入らないんだから厳重に保管しちゃったよ!
「その代わりに踊るって約束だから、ちゃんと踊って」
「うぅ…」
水に濡れた手でしっかりと手を取ると、音楽に合わせて踊りだした。
委員長は約束通り男性ステップ。
少し見ただけなのによく踊れるもんだ、さすがスーパーさん。
「…練習したの。今日のために」
「へぇ」
「約束したその日の夜から毎晩、弟に頼んでステップ教えてもらったんだ」
あらまぁ。
…そんなに武下と踊りたくなかったのか?
憐れ、武下。
そういえばノリが女性のステップができないってことは兄ちゃんが女性ステップ踏んでるの…?
水のせいでうまくステップが踏めない。
まぁ、踏んでも痛くないしいいよね!
次は腰を取って、距離が近くなって…。
「ふふ、近くでみるとやっぱり少し身長小さいね」
毎日牛乳飲んでんですけどね。
ってーか嫌味ですか!嫌味なんですか委員長!
しばらく踊っていると、水の抵抗も気にならなくなってちゃんとステップが踏めるようになってきた。
無言で目を合わさずにただ踊る。
踊るってことは覚悟してたのに、なんだか無償に恥ずかしい。
「…なんか、綺麗だね」
静かに委員長が漏らした声に顔をあげると、委員長は水面を見ていた。
水面はキャンプファイヤーの光とあたしたちが動いて作る波で綺麗だった。
それ以上に委員長が綺麗だと思った。
伏せられた睫毛から覗く眼は光を受けてガラス玉みたい。
水がキラキラと委員長の髪から滴って肌に落ちるたびにドキドキする。
…と、そこまで考えてから冷静な自分がこんにちはした。
あたし、寒いなぁ。
ガラス玉とか…いや、もう何も考えまい…!
これ以上頭がおかしくなる前に…!
「風邪引くし終わろっか委員長」
「…うん」
うーん、プールサイドからあがると水分でさすがに体が重い。
でも乾くまで待つと風邪引くし。
「はい、どうぞ」
委員長はあたしを更衣室へ案内すると、タオルとジャージを持ってきてくれた。
「ありがと」
ありがたい。
たしかにありがたい。
ですが、自分で拭けますんでね…?
なんで真っ先にあたしの頭をわしゃわしゃしてるの。
自分を先に拭きなさいな。
そこで、気づいた。
委員長は危機感が無いんじゃない…。
もしかして、委員長ってペットとか凄く可愛がるタイプじゃあ…?
あたしに威厳が、ないの…?
文化祭最終日、あたしは頼りになる人間になろうと誓うことになった。
とりあえず打倒委員長。