「何してんだ、兄ちゃん」
「おう、妹よ」
放課後。
帰ろうとしたら校門でキザったらしい格好している兄貴が居た。
「高校生狙ってんの?犯罪じゃない?」
「お前、今日は正当な理由で来たのにその扱いはひどいぞ」
日頃の行いが悪いんだろーに。
そう口には出さず、目線で正当な理由ってなんじゃいと促した。
「部活に顔出そうと思って。俺OBだし」
「しょっちゅう来る口うるさいOBって嫌われるんだよ?」
「うるせぇ!んなこと知っとるわ!」
しかしまぁ、こんな面白そうなイベント見逃すはずもなく…。
「付いてこなくていいんだが…」
「変質者と間違われても困るでしょ?」
「だからOBだっつの!」
他愛ない話をしながらぶらぶらと歩いているとプールと校舎の間にある小道まで来た。
ここまでくると、プールサイドは金網を超えてすぐそこだ。
女子の水着を見るために何人かの男が張り付いているのもいつものこと…だ?
おや、今日は気のせいか人数が多い。
「…あ」
男性陣の視線の先からかすかにたじろぐ声が聞こえてきた。
視線をあげると、すぐ近くに見たことある顔が見えた。
「やっほー、委員長」
あくまで自然に。
こないだの件以降、どことなくぎこちないのだ。
帰りに話はして周りには内緒にそのうえ自然にしててくれと頼みこんだはいいけど肝心の委員長が微妙な反応なのだ。
前よりもどことなく余所余所しいというか遠慮があるというか。
…まぁ、たぶん気持ち悪がられたんだとは思うけど。
「や、やっほー。お兄さんも久しぶりです」
「あ、ああ」
兄もどことなくぎこちない。
気にすんなっつったのに。
そんな兄にあたしは容赦なく蹴りを入れた。
「女子高生の水着に見惚れてないでさっさと歩け」
ぐいぐいと首輪を引くように腕を引く。
ただでさえ気味悪がられてる兄妹なのにこれ以上悪化させることもないだろーに。
「それで、顔出すって?」
「泳ぎに来たに決まってんだろ」
決まってるのかよ。
「そして!ピッチピチの美少年たちと戯れる!」
ピポパ
「あ、もしもし、警察ですか?」
「うぉいこら!実の兄を警察に売ろうとするな!」
…間。
水や美少年と戯れる兄をぼんやりとプールサイドから眺める。
天気が良く、このまま日向に居ると焼けそうだけど兄から目を放すわけにはいかない。
後先を考えない兄の手綱を引くのは妹であるあたしの役目だ。
ふと、日差しが遮られて何だろうと顔をあげると幼馴染の顔があった。
「やぁ、アキ」
「ノリ」
おそらく常備されていたであろう日傘をさしてくれていた。
「サンキュー」
「今日もお守?」
返事をする代わりに遠い目で兄を見た。
こちらの視線などお構いなしに、フォームを教えるといって新入部員に触りまくっている。
もちろん新入部員は男子だ。
「夏雄さんはほんといつ来てもああなんだから」
「ごめんね、うちの兄が」
「いや、俺はどちらかというと夏雄さんが来てくれると嬉しいから…」
あたしの幼馴染、野沢典之。
小顔で細身、爽やかなスタイルで女子に人気の美少年。
もちろん、そんな彼をあの兄が放っておくわけがない。
私が物心ついたころには彼は可哀想に兄の子猫ちゃん1号になっていた。
「罪つくりな兄だねー、まったく」
おかげでノリと仲良しな私は女子から多少うらやましい目で見られている。
そんな目で見られてもこやつは兄が好きなんですとは口が裂けても言えない。
「新入部員から奪いとってこようか?」
「いや、いいよ。夏雄さんの邪魔にはなりたくないし」
いつ話してもいじらしい子だよ本当に…!
兄にはもったいない!
「アキは最近どうなの?」
事情知っているノリはそれとなくあたしを応援してくれている。
ありがたいことだとは思いつつ、何もかも順調に行かない私は顔を伏せるしかない。
「あたしの恋人はしばらくはラブゲのエルたんだから」
「…いい加減二次元に逃げるのやめなよ」
そう言われてもね。
ちらりと女子が練習している方を見ると、プールの水を浴びた委員長がキラキラと輝いていた。
「いいなと思っても手に入ることはないんだもんねー…」
はぁと息をつくと、よしよしとノリは頭を撫でてくれた。
「あぁああああああああ〜〜〜〜〜!!!!!?」
ほのぼのした空間がパチンと弾けた。
この声は…。
「桃松秋生!なんであんたがここに!」
「鈴城ちゃん」
そういえば彼女も水泳部だったっけ。
委員長の幼馴染の鈴城みどりちゃん。
クラス替えで初めて挨拶したときに挨拶代わりに胸を揉んでから敵視されている。
軽いスキンシップなのに。
「このド変態!ここはあんたがきていい場所じゃないの!
それもみんなの美少年野沢君まで独り占めして!」
もしかして本音は後半か?
「みどり、課題は提出できたの?」
「ヒナ!」
一瞬明るくなった鈴城ちゃんの顔がすぐに険しくなった。
「ヒナはこっちに来ちゃダメ!ここには獰猛なケダモノが居るんだから!」
「兄ちゃんのことかな」
「いや、アキのことだと思うよ」
ノリ、結構言うねぇ。
「ヤだなぁ、あたしはみどりんの胸にしか興味無いよ」
「アキ、それが嫌われる原因だよ」
「っていうかみどりんって言うな!それにヒナに失礼よそれ!」
「み、みどり、私は大丈夫だから…」
そりゃあ委員長のCカップにも興味はありますがEカップに勝るものなんてありませんよ。
「それにノリだって通常でも12cm以上じゃないと興味無いらしいし」
「なんの話をしてるのアキ!」
兄のサイズは確か通常で15cmだったはず。
ノリの条件にはピッタリだね。
「そんな生温かい目で見ないで!」
「ふふふ、ノリは可愛らしいなぁ」
「やめてぇええええ」
「何の話してんのよ、あんたたちは」
そろそろ下の話は止めないと、またケダモノと罵られそうだ。
まぁ、何の話してたのか二人はわかってないみたいだけど。
「ねぇ、まっつーは泳がないの?」
委員長はいつの間に傍に来ていたのか、あたしの隣でちょこんとしゃがんでいた。
うぉう、谷間がまぶしい。
「だってあたし水泳部じゃないし」
兄ちゃんの監視(暇つぶし)に来ただけだし。
「ダメよヒナ。そんなのと同じ水に入ったら妊娠するわよ」
種馬か、あたしは。
っていうか女だよ!
「んん、でも1年の時に授業で見たまっつーの泳ぎ綺麗だったし…、ちょっと見てみたいなぁ」
…本当に優しい子だなぁ。
それゆえにこないだの事件を思い出して心が痛い。
好意を持って狙ってたわけじゃないけど良い人だなと思ってたからこないだのは嫌われたと思うとつらかったのだ。
まぁ、良い子だから嫌ったりはしなかったみたいだけど。
「水着無いし」
「俺の貸そうか?」
「ノリ、あたしを女として見てないよねそれ」
チチ丸出しで泳げと?
優しい委員長を付き合わせるのは申し訳ないから、いい加減に帰ろうかな。
その前にあたしと同じ綺麗なフォームとやらを見せてあげるのもいいかもしれない。
委員長にはほんと申し訳ない話を聞かせちゃったし、ちゃんと黙ってくれてるみたいだし。
「夏雄!」
大声で呼ぶと、不機嫌そうに振り返った。
「兄貴を呼び捨てするとはいい度胸してんじゃねーか」
新入部員をほったらかしてザバザバと水を切って歩いてくる兄ちゃん。
プールサイドに立ってその兄を見降ろしながらニヤリと指を突き付けた。
「お腹、最近プヨプヨだね」
「なんだとー!」
「クロール50m、28秒」
「あん?」
「高一のあたしの記録」
「ふん、遅いな」
兄はカラカラと笑った。
「今のぷよぷよ兄ちゃんじゃあ無理じゃないの?」
「は?」
「目の前で証明して見せてよ、兄ちゃんが妹より速いってことを」
兄はきょとんとしてしばらくした後、ニヤリと笑った。
「抜けたら今日は食事当番お前な」
「抜けたらねー」
まぁ抜くだろうけど。
ザバリと上がって、スタート台の上に立つ。
いつの間にか笛とストップウォッチを用意していたノリが横に立っていた。
目立つのが好きな兄はなんだかんだでみんなの前で泳ぎたかったらしい。顔がウキウキしている。
「よーい!」
ぐぐっと前に身を乗り出してうかがう兄。
自慢するわけじゃないけど、この時の兄は確かにかっこいいと思う。
ノリは優しい顔で兄を見ていた。
ピッ
笛の勢いの良い音がして、ザバザバと音を立てて兄が全力で泳ぐ。
「すごーい、綺麗綺麗!」
さっきまで険しい顔ばかりだった鈴城ちゃんがきゃっきゃとはしゃぐ。
委員長も真剣な表情で見ていた。
悪癖さえなければ、かっこいいんだ兄ちゃんは。
自分が褒められているかのような感覚に嬉しくなった。
けれどかっこいい兄ちゃんのターンはすぐ終わり、またどうしようもない兄貴に戻ってしまった。
「先輩!すごかったっす!」
「十分大会とか出られるタイムですよ!」
「でへへぇ、そうだろそうだろ」
魅せられた新入部員が群がり、でれでれと兄ちゃんはフォームを教えるというセクハラに励んでいた。
「あれさえなけりゃ良い物件なのに」
「ははは、でもまぁああいう人だから」
ノリは久しぶりに全力で泳ぐ兄が見れたせいか満足げだ。
「あーぁ、食事当番とかダルいわー」
「俺作りに行こうか?」
「まじで!?さっすがノリ!わかってるぅ♪」
「痛いっつの」
バシバシとノリの背中を叩くと痛いとシバキ返された。
けれどこれでまあ委員長も満足してくれたかな。
いつの間にか水着の上からパーカーを着込んでいた委員長に目線をやった。
「凄いね、お兄さん」
「これだけはね」
あとは家でぐーたらと寝て食ってちょっと言えない行動するしかしない兄ですが。
「でも、まっつーも凄いんだね」
「うん?」
「28秒って、もしかして中学のとき水泳部に入ってたの?」
よく聞いてたなぁ。
委員長が委員長として慕われる理由はこういう細かいところにあるんだろうな。
「そうだよ」
と、いってももっぱら長距離ばっか好んでやってたんだけど。
「ねぇ、高校でもやろうよ、水泳」
さっきの兄ちゃんの泳ぎで気分が高揚しているのか、委員長は機嫌が良さそうだ!
が、隣に居る鈴城さんが怖すぎる!
「そしたら私が辞めるわよ、ヒナ!」
「え!?」
「だ、そうですのであたしは辞退しまーす」
「そっかぁ…」
少し残念そうなのはたぶんフォームを教わりたかったんだろう。
まぁうちの兄ちゃんには聞きづらいだろうしね。
でも兄ちゃんの方が綺麗だしあたしのを教わってもなぁ。
「それよりさ」
さっきから思ってたんだけど。
「3人とも、練習しなくていいの?」
しっかりと部で普及されているらしいパーカーを着込んでいる3人を見た。
苦笑するあたしに、3人とも声を詰まらせる。
「だって、今泳ぐのは…」
「すごい気がひけるというか…」
「ぶっちゃけあれの後で泳げる気はしないわよ」
あらら、余計なことしちゃったかな。
それじゃあ連れて帰ったほうがいいかな?
「でもラッキーだよね。あんな綺麗なフォームあんまり見れないよ」
嬉しそうに委員長が笑う。
ほんまに、ええ子やぁ…、涙出そう。
お礼に月並みだけど委員長も褒めてみる。
「委員長も綺麗なフォームしてると思うけど?」
「え、本当?」
「うん、去年ちらっと見た程度だけど」
確か一生懸命で真面目な委員長らしく、余裕のあるのびやかなフォームだったはずだ。
綺麗だけどガムシャラなあたしら兄妹とはちょっと違う。
きっとコーチや先輩の言葉を真剣に受け止めてできたフォームなんだろう。
「じゃ、じゃあちょっと、練習してこようかな」
いそいそとパーカーを脱ぐと、ゆったりと体操を始めた。
「なら私も泳ごうかな」
ぐっと伸びを始める鈴城ちゃん。
「わぁ、眼福」
「は?」
「なんでもない」
伸びをした瞬間にプルンと揺れた胸に釘づけだったなんていったらまたケダモノ扱いされる。
「ノリは?」
「俺はここでアキのお口の暇つぶしになっている」
「それは助かる」
準備体操を終えて、スタート台に立った委員長と鈴城ちゃん。
どうやら競争するようだ。
女の子らしくきゃあきゃあと笑いあいながらスタート準備をしている。
「で、どっちが本命?」
「どっちも友人」
ワクワクとした表情でノリが突っ込んでくる。
「それに、委員長も鈴城ちゃんもノーマルだよ」
「そうなの?」
「委員長なんかはあたしのそういう趣味知ってるしね」
「げ、なんで!?」
げ、ってなんだ。げ、って。
「大丈夫だよ。ノリのことは言ってないから」
「あー、良かったぁ。俺の高校生活暗くなるかと思った」
「ただ兄ちゃんのことはバレたけど」
それでも優しく接してくれる良い子。
ぎこちなくはあるけど、避けないでいてくれるのだ。
これが優しくなくてなんだというのか。
「しかしまあアキがあんな可愛い子たちを放っておくとは」
「あたしの今現在のコイビトはエルたんだから」
「はいはい」
「それにさ、見てごらんよ」
ぐっと目線で泳ぐ二人を指す。
のびやかで綺麗なフォームで泳ぐ委員長と、普通だけれどけしからん小玉スイカのような胸を揺らす鈴城ちゃん。
「眩しすぎてあたしには無理ー」
「あー、だねー」
納得したのか目を細めるノリ。
一足先に泳ぎ終わった委員長がこっちに目を向けて爽やかに笑いかけてくれた。
こちらもニコリと笑い返して小さく手を振る。
「目の保養で十分だわ〜」
「考え方がなんかおっさんくさいよ、アキ」
「うるさい」
近場でザバリと音がして目を向けると、目の毒になるムキぽよマッチョがこちらに向かってペタペタと歩いてきた。
「帰るぞ、アキ」
「兄ちゃん、もういいの?」
「おう、満足だ。妹よ」
ガハガハと笑う兄ちゃんに軽い蹴りを一発見舞ってから、ぐいとノリを引き寄せる。
「今日はノリが飯作ってくれるって」
「お、やった。ノリの飯はうまいんだもんなぁ」
「そんなことないですよ、夏雄さん」
さっきとは一変して恋する乙女、間違えた、恋する乙男になるノリ。
今日は耳栓して寝たほうがいいかな、こりゃ。
「さて、まぁ、帰りますか」
水泳部の一年生女子もめぼしい子はいなかったし。
やっぱり鈴城さんの胸にはみんな遠く及ばないか。
「あれ、もう帰るの?」
「委員長」
プールの中から委員長がこちらを見上げていた。
手招きされてしゃがむと、ぎゅっと手を握ってくれた。
「今度はぜひ、水着を持って遊びに来てね」
ドキ
触れている委員長の冷たい手に自分の熱が伝わりそうで慌てて手を放した。
ニコリではなく委員長には釣り合わないニヤリとした笑みを浮かべて意地悪を返す。
「そんなことしたらまた勧誘されそうだし、委員長が居ない日を見計らって持ってくるよ」
「えー」
振り返らないで兄ちゃんたちが着替えているであろう男子更衣室の前へ速足で歩く。
もしかして委員長は優しいんじゃなくて危機感とかが抜けてるんじゃないだろうか。
そう思った一日だった。