Lily memo %



うちの妹はもうダメかもしれない5



何がどうしてこうなったのか。
妹が風邪をひいた、と言ってきた。

「ごほっ、ごほっ、も、もうあたしはダメだ…。
 兄ちゃん、これを…委員長、に…ぐふっ」

そう言ってわざとらしく床に伏せた妹は、俺に一つの封筒を託した。
日曜日、目片さんと買い物に行くと言っていた妹。
当日になって俺の部屋まで腹這いで貞子のようにやってきた。



「…と、いうのがことの真相です」
「妹さん大丈夫なんですか?」



そして俺は待ち合わせ場所で目片さんに事情を説明していた。

「大丈夫だと思うよ、1m腹這いで進んだんだし」
「それはあまり大丈夫とは言えない気が…」
「まぁうちの妹は大丈夫だから、目片さんの予定をこなしに行こうか。
 買い物って何を買う予定だったの?」
「あ、はい」

ひらりとメモを取り出すと、行きましょうかと歩きだした。

「しかしなんでまたうちの妹と買い物なんだい?」

鈴城さんもいないみたいだし。
また妹に何か手伝ってもらったお礼とかだろうか。

「文化祭の買出しです。私は学級委員だし、妹さんは今回技術責任者なんです」
「技術責任者ぁ?」

何をやらかす気だ!?
まさかセクシー系の何かじゃないよな…?
水着喫茶なら水泳部と被るぞ。

「何をやるんだ?」
「コスプレ喫茶です」
「あぁ、なるほど」

確実に凝った物を作る気だな。
というか趣味に走る気だ。
俺のノリには王子様的服装を希望すると妹には伝えておこう。

「あの、買い物は私一人で大丈夫なのでお兄さんは妹さんの看病に行ってくださっても…」
「うーん、俺は平気。それにそのメモを見てると目片さん一人では厳しいと思うな」

女の子一人に持たせるにはなかなかの量だ。
妹め、もしかして荷物持ちが嫌でサボったんじゃないよな…?
否定しきれないのがうちの妹の嫌なところだ。

「じゃあ、なるべく早く買い物終わらせましょう」
「そうだな」

俺たちは早足に商店街へ向かった。














「…だ、大丈夫ですか?」
「平気平気」

とは言うものの、少し見栄を張ってしまったようだ。
よくある目の前が見えないというほどの荷物ではないものの、両手にぶら下がる紙袋はなかなかに重い。
木工ボンドとか割と重いものばかりが俺の腕を苦しめている。

「や、やっぱり半分持ちます!」
「平気平気」
「…そういうところはそっくりなんですね」

誰と、とは聞かないぞ俺は。

「俺はあそこまで強がりじゃないよ、目片さん」
「ふふ、たぶん妹さんもそう言うと思います」

目片さんは楽しそうに肩を揺らした。
…うーん、俺はあそこまで意地っ張りではないのに…。
目片さんと居るとまるで少し気の弱いノリといるみたいでなんだか少し気恥ずかしいものがある。
もちろん、ノリのほうが断然かわいいのだが。

「そうだ、目片さん。奢るから少しお茶でも飲もうか」
「え?そんな、悪いですっ」
「いいよいいよ」

困惑する目片さんをたまたま見かけた喫茶店に連れ込み、奥の方の席に座る。
ふぅ、高校までに一休憩いれたかったんだよな。
このまま高校まで歩いたら俺の腕が腐ってしまいそうだ。

「アイスコーヒーひとつ」
「じゃあ私も同じで」
「しかしまぁ買い込んだなぁ」
「これでも半分なんですよ」

と、いうことは妹は来週も目片さんと買い物に行くんだろうか。
…来週も俺を荷物持ちにしたりはしない…よな?
それにしても妹の繋がりでよく顔を合わせるようにはなったが、二人きりとなると気まずい。
あの駄妹のことしか話題がないんだよな。

「あー…、学校でいつも妹が迷惑かけてやしないかな?」
「いえ、どちらかというといつも迷惑をかけてるのは私のほうです」

いやいやそんなご謙遜を。
しっかり者の目片さんとうちの駄妹じゃあ十中八九妹が迷惑をかけるに違いない。
迷惑をかけないうちの妹なんぞ考えられない。
むしろ迷惑をかけない妹なんぞうちの妹ではない…!

「せっかくだからまっつーの話色々聞かせてください。
 私たちって世間話とか喋ることってあまり無いし、接点もあまり無いんです。
 でももっと色々相手のことを知れば話すことも増えると思うんです」



…ええ子や。



「私、まっつーみたいな友達って初めてなんです。
 だから何をしたら喜ぶとか何をしたら怒るとかまだまだわからなくて…」

正直あれの沸点は俺にもわからんです。
またカレーかよって怒るし(自分はおでん祭のくせに)、ノリとのあれの最中にウルサイって部屋に入ってくるし。
こないだなんかは腹出して寝てただけで「ぽんぽこ」って言って腹を蹴りだすし。
ほんとわからん。
まぁ喜ばすなら簡単だがそれはちょっと言えない。
君は女の子だし脱げば喜びますよ、とは言えない。

「しかしまぁ、ほんとにうちの妹を気に入ってくれてるんだね」
「はい!」

…わからんもんだなぁ。
奈央といいこの子といい、なんでそこまでうちの妹に愛情を注げるのか…。
俺ならあれだけ避けられたり冷たい態度取られればめげそうだ。
あれも妹なりの照れ隠しだったり遠慮だったりというのはわかっちゃいるんだが…。

「でもお兄さんも凄く妹さんを大事にしていますよね」
「う…そんなことは…」
「演技とはいえ恋人の野沢君に怒鳴るなんて、妹さんが凄く大事な証拠です」

し、シスコンではないんだ…。
あれは一応ノリのためでもあったし…。

それに俺はシスコンなんじゃなくて、妹が大事というわけでもなくて…。

目片さんになら話してもいいだろうか。
彼女は気持ちはどうあれ妹を大事にしてくれている。
『あの話』をしても、たぶん変わらない目で見てくれるとは思う。



「あー、そのですね、俺があの駄妹に頭が上がらないのは理由があるんだ」



「理由、ですか?」
「こういうと自慢になるけど、俺はモテるんです」
「…そうでしょうね」
「そのせいで、妹の心に大きな傷をつけてしまって…」




小さい頃から俺の周りは騒がしかった。
毎日色んな友達と遊んで毎日色んな子が俺といると楽しいと言った。
みんな、俺のことが大好きだった。
俺にとってはそれが普通だったし、妹もそれを別に羨んでいなかった。


小さい頃は妹の周りも騒がしかった。
毎日色んな友達を家に連れてきていろいろ遊んだ。
もちろん俺も妹の友達と遊んだ。
妹も、俺と遊ぶ友達を見て楽しそうに笑っていた。


中学校に入った頃、俺は反抗期を迎えた。


俺の生活はガラっと変わり、学校の友人やノリとは楽しくやっていたんだ。
でも両親に意味もなく苛立ち、家に寄りつかなくなった。
たまに家でゆっくりしていると小学校のままの妹やその友達は俺と遊びたがった。
俺はそれがウザくてしょうがなかったんだ。

妹に友達を家へ呼ぶなと伝えて、それからお前も俺に話しかけるなって伝えた。

妹は友達を家へ呼ばなくなったし、俺にも話しかけなくなった。




「これだけでも十分嫌な兄ちゃんだろ?」
「…まぁ、反抗期ですし」
「でも妹にとっての悲劇はそこからだ」
「悲劇?」
「ノリから聞いたから知ってるんだが、当時は誰も気付けなかった」




それから小学校で妹は誰にも喋ってもらえなくなった。
今まで妹の周りに居たヤツらは俺が目当てだったらしい。




「小学生だから、露骨だよな」
「…」




ノリはノリでピリピリしてる俺に言うことができず、ずっと悩んでいたらしい。
それでも妹は俺に何も言わなかった。
毎日毎日、誰とも話さず日々を過ごしたのはどんな気持ちだったろう。

中学校へ上がると、水泳部に入部して友達ができていた。
もちろん俺はその水泳部のOBだ。
そのころには俺も反抗期を終えて落ち着いていたから、妹とも普通に喋るようになっていた。
高校1年のうちは俺も中学校気分が抜けなくて、しょっちゅう中学の部活を覗きにいった。
2年になって、高校の水泳大会でそれどころじゃなくなった。

俺が来なくなってから、アキは水泳部を辞めさせられた。

俺と同じように泳ぐアキは嫉妬の対象になったらしい。




「兄妹だからフォームが似るのは当然でしょう?」
「…他の女の子はそうは思わなかったみたいだな。
 夏雄さんのお気に入りだから同じフォームなんでしょって思われたみたいだ。
 つまり、アキが泳ぐたびに女の子たちは自慢のように見せつけられてるんだと思ったらしい。
 そのうえ長距離ばっかだったしな」
「まっつーはただ泳ぐのが好きだっただけなのに…」




そう、妹はただ泳ぐのが好きだっただけだ。
だから長く泳いだし、真剣に泳いだ。
妹が泳ぐのが好きなのは見ていればとてもわかったし、俺もそれを見るのは好きだった。
確かにフォームは俺の方が上手いと思うが、アキは誰よりも泳ぐことが好きだった。
アキの泳ぎは、見てるだけでこっちまでうれしくなってきて、本当に好きだったんだ。

だから俺は妹が水泳部を辞めたと聞いて、「なんで辞めたんだ」って怒鳴り散らした。
その頃の俺は、水泳部に居るから妹は反抗期も迎えず真面目にできてると思っていたんだ。
水泳部に居るから、妹は良い生活をおくれていると思っていた。




「それなのにあいつ、『楽しくないから』としか言わなかったんだ。
 そのころの俺には、ただのわがままにしか聞こえなくて、また妹に当たり散らした」
「…」
「ノリに後で事実を聞いて愕然としたよ。
 …俺は妹を傷つけてばっかりで、ダメな兄貴なんだ」

何ひとつ気付けなかった、という点で母も同じような感情を妹に抱いている。

「妹には、幸せになってもらわなければいけないんだ。
 …じゃなきゃ、家族として見てもらえない。


 あいつはたぶん今独りなんだ。誰も信用しちゃいない」


そこまで語って、俺はふと我に返った。

「ご、ごめん、目片さん。つい語っちゃって。どうでもいいよな、こんな話」
「いえ、まっつーのこと、知りたいって言ったのは私ですし」

唐突に恥ずかしくなって、慌てて荷物を持って目片さんを急かした。
今日の俺はほんと、どうかしている。
こんな話、ノリ達にしかしたことないのに…。

「まっつー、幸せになれますよ」
「え…?」
「まっつーは独りだと思ってるかもしれないけど、人は変化するんです。



 今のお兄さんは、まっつーの立派な家族だと思います」



俺は彼女の存在に感謝した。
きっと俺は誰かに許されたかったんだ。
俺はずっとこんな風に誰かに懺悔したかったんだ。









「ただいま」

高校まで荷物を運んで、妹の様子を気にする目片さんを宥めて家に送り届けた。
妙にスッキリした気分で俺は自分の家に帰った。
居間ではやっぱりというか相変わらずというかやらしい音声が鳴り響いている。

「おかえりー」
『あんっ、だめぇっ』
「お前ね、少しはお兄様のほうを見ておかえりをいいなさいよ」

妹はふうっと息をつくと、バッと俺のほうを見て元の位置に戻った。

「おかえりっ」
「一瞬すぎるわ!」

どうやら不貞腐れている妹は俺をあまり見たくないらしい。
と、いうか風邪で動けないって言ってたんじゃなかったか。

「やっぱり仮病だったのか?」
「げほんごほん、おぉ苦し」

わざとらしいにもほどがある…!

「…委員長楽しそうにしてた?」
「ん?あぁ、どうだろう」

俺が話してばかりだったからなぁ。
今度もし話す機会があるなら目片さんがどうしてこいつを気に入ってるのかも聞いてみよう。

「委員長が楽しかったならいいんだ」

妹はふいとまたAVに目を向けると、それきり俺の方は見なかった。

「あ、そういえば封筒は?」
「げ」

わ、忘れてた…。

「忘れてたのー?とっておきだったのにー」

相変わらずAVの方しか見ない妹の後ろでガサガサと封筒を開ける。

「…おい」
「委員長の人生の足しにと思いまして用意したんでございます」
「目片さんの人生にこれを足してどうする気だったんだお前ってやつは…」

やけに厚い封筒の中に入っていたのは妹の厳選した漫画だった。
妹厳選ということはもちろん…。



「少女セ●ト…」
「まずはソフトに基本から。あ、それをエロ漫画と呼ばないでほしいな。
 とある趣味の人たちからはバイブルって呼ばれてんだから」



お前、セクハラって知ってるか…?




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