「お先でーす」
「はーい、次は委員長?」
「うん、お兄さんは?」
「少しだけ自分の部屋でレポートするって、夏雄さんには委員長の次に入ってもらうよ」
リビングでなぜか簡単に掃除をしていた野沢君に声をかけて2階へ行った。
最後に入るのが野沢君ってことはお風呂も野沢君が流すのかしら。
…変なの。
幼馴染にしては甲斐甲斐し過ぎやしない?
2階で部屋の前に立つと、中から声は聞こえず、ノックして入る。
「ヒナ」
「みどり、次は私でいいのかな?」
「そうみたい」
ヒナは桃松の髪を乾かしていたみたいで、ドライヤーを片手に桃松の髪を梳いていた。
桃松にしてはやけにふにゃふにゃした顔をしている。
「代わるわよ」
「待って、もうちょっと」
ヒナにしては珍しくぐずったかと思うと、最後に少しだけ桃松の髪を楽しんで大人しくお風呂へ行った。
「お湯加減はどーでした?」
「良かったけど?」
「そりゃ良かった」
桃松はどこかしら緊張しているらしく、余所余所しく普通の会話をした。
こいつも緊張することってあるんだ。
ドライヤーを片手に桃松の髪を触ると、濡らしたときよりはサラサラしてて少し驚いた。
「乾くとサラサラなのね」
「乾くとね」
プールとかは困るんだなぁと他人事のように語る桃松はなんだか調子が狂う。
無言でゴンと殴ると、何すんだいと恨めしい目でこちらを見た。
「何を緊張してんのよ、調子狂うわねぇ」
「い、いいじゃんちょっとぐらい緊張したって」
「女の子だけなんだから緊張することなんて何もないでしょ」
「まぁそれはそうかもしれないけど」
今まで女らしいところなんて一つも見せなかったくせに。
きっとさっきヒナが渋ったのはこいつを可愛いと思って見ていたからに違いない。
相変わらずヒナの趣味はおかしい。
小さいころにヒナが可愛いからって飼ってた芋虫(モンシロ蝶の幼虫)は気持ち悪かったわ。
「あんたもいつもこんだけしおらしければねぇ」
「あら、いつもしおらしくってよ」
「嘘つくな」
パチパチと目を瞬かせる桃松は気持ち悪い。問答無用で気持ち悪い。
ドライヤーの風を当ててゆっくりと地肌を撫でると、桃松は気持ち良さそうに目を細めた。
…猫みたい。
それでも桃松はパチリと目を開けて、困ったように眉を寄せる。
「兄ちゃんかノリでも呼んでくる?」
「なんでよ。お兄さんも野沢君も違うことしてるんだし呼ぶ必要ないでしょ」
「んじゃ、自分でやるからさ」
「いいわよ、こんくらいやってやるわよ」
変に遠慮する桃松をなだめつつドライヤーを当てる。
…本当に調子狂う。
どっかで頭でも打ったんじゃないの?
それともヒナがドライヤーで殴りでもしたのかしら。
「何、あんた私にドライヤー当てられんのが嫌なの?」
「嫌とかそういうんじゃなくてさぁ…」
「何よ」
あーとかうーとか言う桃松をまた殴ると、小声でもそもそと喋りだした。
「だって落ち着かない」
「はぁ?」
「ドライヤーなんて美容院以外で人に当てられたことないし髪を梳いてもらったこともない」
…なにそれ。
「母親とかは?」
「無かったよ。兄ちゃんと同じでドライヤーとか使わなくてもサラサラした人だったし」
「女友達とかにしてもらったことあるでしょう」
「ないよ」
ケロリと。
平然に。
なによそれ。
「…なに、友達居なかったわけ?」
「この通り変態さんだからねぇ」
「それもそうね」
「納得するんだ…」
そこでふと思い出したのは背の大きなお姉さん。
「奈央さんは?」
「奈央ちゃんはあまりうちには来ないから」
「そうなの?」
「一か月に一回ぐらい遊びには来るよ。おでん食べに」
なんでおでん限定なのよ。
ヒナといい、こいつといい、私の周りの女子は少しネジとんでんじゃないかしら。
ときどきよくわからない発言をする。
「女友達を二階の部屋にあげたのは今日が初めて」
「そうなの?」
「うん」
水泳部に居たなら女友達ぐらい居たって良さそうなもんなのに。
いくら変態っていったってこいつだって本気で襲うようなことは…しない……はず。
自信はないけど。
だって、水着だし。
「まぁ、委員長には言ったんだけどさ」
「はぁ」
「あたしったら同性愛者だったりするわけで」
「はぁ?」
「委員長には言ってあるし、今日は泊りだし、鈴城ちゃんにも言っといたほうがいいかな、と」
歯切れ悪くブチブチ喋る。
ゴン
あたしはイラッとしてまた桃松を殴った。
「で?」
「…なんで殴ったし!」
「あんたがはっきり喋んないからよ。で、何が言いたいの」
「帰るなら今のうち?」
「だったら尚更ヒナを置いて帰れないわよ」
落ち着かなかったのはこれを喋るために違いない。
柄にもなく緊張しちゃって、もっといつもの冗談みたく喋れば良かったのに。
そこまで考えてふと気付いた。
こいつはこいつで、割と私に懐いてるのね。
いつもみたく飄々と隠し通すんじゃなくて、喋る方を選んだんだから。
…まったくもう。
なんでこんな厄介なヤツと知り合っちゃったんだか…。
「委員長連れて帰ったら?」
「あの子は意外と私の言うこと聞いてくれないのよ。
昔っから頑固なんだから」
「…はは。…えっと、気持ち悪くない?」
「何が」
「あたし」
平然と、慣れたように指をさすそのときだけ緊張しない。
ほんとにムカつくやつだわ。
「あんたが気持ち悪いっていうのはとっくに知ってるわよ」
「え?」
「同性愛うんぬんは知らなかったけど、別にどうということないでしょ」
「えぇー?」
「なによ」
「いえ、なんでも…」
…本当に友達なら、それぐらいで引いたりしないって知らないのかしら、こいつ。
今までよっぽど友達に恵まれなかったんだわ。
「あぁ、でも私とヒナに手ぇ出したら殺すわよ?」
「さっきからゴンゴン殴られて手ぇ出す前に死ぬんじゃないかなと思うんですが」
「じゃ、死ね」
「ひどいみどりん!」
それだけ言うと桃松はおとなしくなった。
さっきと違うのは目を細めてされるがままってところ。
落ち着いた、わけ?
よくわかんないわね、こいつも。
どうして私の周りはこう頭の固くてわけわかんないのばっかりなのかしら。
もしかして私がおかしいの?
コンコン
「まっつー、みどり」
「ヒナ」
「あ、みどりズルい」
「はぁ!?」
開口一番にヒナは口をとがらせて素早く私の横に並んだ。
「まっつー、みどりに何言ってもらったの?」
「委員長、別にあたしら何もしてないよ?」
「うそ」
桃松もわからないのね。
ヒナは何が言いたいのかしら。
「だって、まっつー嬉しそうにしてるもの」
「(・Д・)」
桃松、何よその顔。
「みどり、何言ったの?」
「私からしたらむしろヒナが何言ってるのって感じなんだけど」
これのどこが嬉しそうなのよ。
いや、今は完全にショックを受けてる状態なんだけど…。
部屋の隅っこに逃げてブツブツと座り込んでいる。
「…奈央ちゃんといい、委員長といい、あたしのどこに癖を見つけるんだろう…」
私が知りたいわ。
なんでこんなの癖が見抜けるほどガン見してるのよ。
「ねぇ、みどり何言ったの?」
「特に何も言ってないってば!
他愛無い話をして殴っただけよ」
「それじゃあたしがただのドMみたいじゃないか!」
え、違うの?
「そんな心底「違うの?」って顔しないでください」
「え、違うの?」
「口にも出さないでください…」
てっきり殴られて喜んでるんだと思ったわ。
ヒナにバトンタッチすると、ヒナは喜んで隅に逃げる桃松を捕まえた。
あたしの髪が終わり、寝室に移動して委員長とみどりんが髪を乾かしあってる間、あたしは1階に降りてきた。
みどりんはともかく委員長の髪の長さならそこそこの時間がかかるだろう。
大事な夜の儀式をするために…!
ひっそりと自分の部屋から持ってきた新作。
DVDが居間でしか再生できないというのはなんとも…。
いや、自分の部屋のパソコンでもできるけどやっぱでかい画面がいいといいますかなんといいますか…。
カチャリとドアを開けて居間に侵入を試みる。
「おう、妹よ」
『痛っ、やめてください先輩っ…あぁ!』
まさか先客がいるとは…!!
「兄ちゃん、今日はあたしのビデオの日じゃなかったかね」
「友達が来てるのにエロビデオを見ようとするなよお前は」
なんとでも言うがいい…!
金曜日の夜っていうのは平日に溜めたストレスを発散する大切な夜なんだよ…!
むしろ友人たちがいるからこそのスリルというのもオツじゃないかね。
「気持ちはわからんでもないが落ち着け」
無言ではぁはぁ言ってるあたしに若干引いたのか、ビデオを止めて手を差し出した。
「で、今日はなんだ」
「実録、女子校の実態!」
「サブタイトルは?」
「『拷問!淫乱生徒会長VS20人の生えちゃった生徒』」
「生えてるなら良し」
何が、とは聞かないでいただきたい。
ついでに言うならみんな18才以上だということにしていただきたい。
兄は今まで見ていたビデオを取り出すと、新しくあたしのビデオを入れた。
「…実録、男子校の実態…」
「サブタイは『ノンケで生意気な後輩にオシオキ、朝まで拘束、もうやめて』だ」
「長い」
プチリと再生ボタンを押すと、適当に買ったにしては上玉な女優が映し出された。
「当たりですな」
「いやいや、問題は演技力ですよ」
「何を二人揃って真剣にエロビデオについて語ってるんですか」
「ノリ」
言うが早いか、兄はさっと立ちあがった。
「今日は女の子が居るんだからそういうの控えたらどうです」
「いやー、悪いな妹よ!俺は一足先に寝る!」
寝るの意味が違うくないかい、兄ちゃんよ。
ノリ、怒ってないで早く逃げないと。
目の前にいるのはもはや飢えた獣だよ。
「夏雄さん、俺の話聞いてます?」
「ベッドで聞くから大丈夫」
「…それ、聞く気ないでしょう…」
ノリご愁傷様。
委員長とみどりんに耳栓あげたほうがいいかもしんない。
さて、一人になってしまった。
音量は最小限でビデオが流れている。
「…あー」
生徒会長役の女優は大人しめの黒髪美人。
「メガネだけ委員長に似てるなぁ」
似てるのはメガネであって別に委員長とは似てないか。
でも委員長って授業中にしか眼鏡かけないんだよね。
乱視かな?軽い近眼かな?
『はぁっ…あっ…』
あ、でも声が委員長に似て…。
「まっつー…?」
あれ、副音声?
「せめてそういうのは、明日私たちが帰ってからにしてほしかったな…」
…?
ギギギと音が鳴りそうな動作で後ろを振り向くと、委員長が顔を真っ赤にして立っていた。
あのバカ兄貴、防犯システムを解除していきやがったな。
うちの居間のドアは二重になっている。
一つ目のドアを開けた時の音を察知して二つ目のドアが開くまでにビデオを消せばバレないのだ。
恐らく兄はドアを両方とも開けて二階に上がったに違いない、イジメすぎる。
「委員長も見る?」
「遠慮します…」
ですよねー。
「け、消さないの?」
「どうぞ委員長は上に戻ってくださいな」
「そういうわけにも…」
…むぅ、でもあたしがもしここで諦めたらストレスというか理性が崩壊する気がする…。
「委員長、日記とかつけるタイプ?」
「うん」
やはりな!
「これは日記と同じで習慣的なものなんだよ」
「…一緒にしないでほしいな、そこは」
日記が毎日続けば「良い事だ」ってみんな言うじゃない!
毎日エロビデオ見たら「良い事」にはならないのかよ!
世の中不公平だ!!
「みどりんは?」
「平然と会話を続けるんだね…。上でお兄さんが貸してくれた漫画読んでる」
あぁ、兄が持ってる唯一まともなアレね!
サブキャラの少年がノリに似てるからって理由で買った超普通の少年漫画!
えっと、確か鉄の錬金マスターだっけ。
バカデカい主人公が国家の偉い人と仲良くなって鉄をバンバン鍛えていくっていう…。
「委員長も読んできなさいな」
「私は、せっかくだからまっつーとお話とかしたいなと思ったんだけど…」
「じゃあまぁ隣にでもどーぞ」
「だったらビデオ消さない?」
「気にしなければいいじゃない!」
「無茶だよ…」
決してビデオの方は見ないようにしてあたしの真正面に座った。
「…委員長」
「はい?」
「それじゃあたしがビデオ見れないじゃない」
あたしの真正面ということはテレビの向きということだ。
「お話は、相手を見てするものです」
顔真っ赤にしてるくせに生意気な…!(失礼)
えぇい、ならば!
「お話するなら喉乾くよね」
「え」
「ココア淹れてあげるからちょっと待っててね」
「!?」
ビデオの音量はそのままにキッチンへ向かう。
ポットからお湯を出して粉ココアで簡単にココアを作る。
長いこと放置するのは可哀想だしね!
「委員長、お待たせ☆」
「…」
音量下げればいいのに。
律義というかなんというか。
耳を押さえて真っ赤に震えている。
「はい、ココア」
「……る」
「うん?」
真正面に座りなおそうとして中途半端な姿勢で耳を傾けると、ぐいと肩を引っ張られた。
ココア零れる…っ!
引っ張られたそのままにストンと腰だけ落としてココアのバランスを保つと、委員長を見た。
「…いじわるっ」
おぉう。
これは、ちょっと、可愛いかも。
リモコンに手を伸ばして電源を切ると、委員長はほっと息をついた。
「もう、こういうの苦手なのに」
「ごめんごめん☆」
「…ひどい」
赤い顔をした委員長にへらりと笑いかけると、「ズルい」と言われた。
「面白くてつい」
「…」
「ほら、お話しよう?」
特に話すことなんてないけれど、機嫌取りにそういうと少しだけココアを飲んであたしの隣に座りなおした。
「お話は真正面でするものじゃないの?」
「…そうなんだけど、ちょっとおまじない」
「おまじない?」
利き手じゃない手を上からぎゅっと握って少しの間目を瞑った。
…なんか恥ずかしいんだけど。
「こうやって手を握って話すと、相手は嘘つかないんだって」
「ふーん…、でもそれだと結局やっぱり真正面でしないんじゃん」
「…ふふ」
やられた。
もともと真正面っていうのはエロビデオを見ないための方便だね?
「委員長のがズルいよ」
「そうかな、ふふふ…」
嬉しそうに肩を揺らして笑うところはなんとも女らしい。
…それに、さっきからなんだか…。
「…近いと、同じ匂いがするのわかるね」
言 う な !
…委員長はほんと危機感とか(ry
それにしてもほんとにあたしのシャンプーとかつかったんだなぁ。
委員長が少しでも動く度にふわりと桃の香りがする。
「ゴワついちゃったんじゃない?」
「乾いたからそうでもないと思うな」
ちょっとだけのつもりでさらりと髪を撫でると、委員長は嬉しそうに目を細めた。
確かにゴワついた感じはなくて、線の細い髪がさらさらとあたしの手をすべりおちた。
「大丈夫でしょ?」
「うん」
委員長って、ほんと謎。
…あたしを落としたって兄には近づけないのに。
「お話、終わり」
「え!?」
繋がれていた手をぐっと引っ張り上げて立たせると、居間の電気を消した。
ココアもキッチンに持って行ってもったいないけど流した。
「まだ何も話してないのに」
「手を繋いだら嘘つけないんでしょ?」
「うん?」
「あたし嘘つきだから、お話なんてできない」
「えー!」
ドアを開けると、階段にへばりつく兄を見つけた。
「…」
「…てへっ☆」
一度ならず二度までも。
ストレスとか、鬱憤とか、理性とか、もう、いろいろ。
プッツン。
気付けば止める委員長を振り切りながら無意識に兄をフルボッコするあたしが居た。