「ジョウ、最近部活動始めたんだね。私全然話聞いてないんですけど!」
「ごめんごめん。なんとなくだったからさ」
じゃれつく寛子に胸糞悪い気持ちを抱きながらも笑う。
「いつも可愛い寛子がテニスしているところってかっこいいし、私も何かしてみたくって」
「ほんと!?やだ、嬉しい!」
私も何かしたいのところには反応せず、ただ自分が褒められたことを喜ぶ寛子。
寛子としても私を嘲笑ってはいるが嫌いではないのだろう。
ただ興味を抱くほどではないってだけだ。
「それじゃあ私、今日も頑張っちゃうから!
予算争いも負けないからね!」
寛子はパッと体を離すと、パタパタと駆けていった。
その様子を見守っていたかのように、相田優が姿を現した。
「こんにちは。ごめんね、盗み見るつもりはなかったんだけど」
嘘つけと思いながらも笑う。
私の仮面はずっと張り付いたままだ。
「寛子って可愛いよねぇ。君みたいな大人しそうな女の子が落ちるのも無理ないな」
このっと肘で突かれる。
今なら指突っ込まなくても吐ける自信があるけど、想像したらシュールだったからやめた。
「格好いいみんなの憧れの相田さんは、誰かを落としたいの?」
「安心してよ、寛子には手を出さないから!」
もう出してるくせに。
「そうだね、個人的にはやっぱり染田さんかな。さすがに恐れ多いけど」
残念、それはもうバンちゃんのものだ。
私のものにしようかと思ったけど、バンちゃんに譲った。
バンちゃんは要らないの一点張りだったけど。
「あら、二人とも何してるの?」
「吉沢先生」
たたっと吉沢が走り寄ってくる。
「また女の子でも垂らしこんでいたのかしら、イケない子ね」
吉沢は私のほうは見ずに熱い目で相田優を見つめた。
……ははぁ。
「私は吉沢先生一筋だよ」
「もう、口がうまいんだから」
あ、吐きそう。
「それじゃ、私はこれで」
「あ、城之内さん待って」
吉沢に止められて、少しだけ振り返る。
手を取られて、紙を渡された。
「はい、合宿届け」
「はぁ?」
つい素で答えてしまった。
なんだ、合宿って。
「毎年この季節に片山さんと二人で行っていたのよ。
せっかく部員も増えたんだし、みんなで行きましょ♪」
「はぁ……」
その行き先を見て、なんとなく嫌な予感を感じた。
バンちゃんに見せると、ちょっと待ってねと紙を取られた。
「合宿ねぇ」
「毎年、バレー部も一緒なんだよ」
なるほど。
バレー部と一緒に行くことで手間を減らしてるんだな。
なんたって吉沢はバレー部と演劇部の兼任顧問だから。
「良いわね。軽音楽部は合宿なんてないもの」
「楽器の用意が大変だからでしょ」
「え、でもブラスバンドはありますけど……」
「全国区の強豪と一緒にしないでよ」
姫の言葉にトマ子はため息を吐いた。
まぁこればっかりはしょうがない。
姫は5人分のお茶を淹れ終わると、少しだけ緊張しながらバンちゃんの隣に座った。
……まぁいじらしいこと。
あの日から2週間が経っているのにいまだバンちゃんと関わろうとすると緊張するらしい。
彼女は演劇部にくると、凛とした聖母様の皮を脱ぎ棄てただの恋する少女になってしまう。
「合宿かぁ。今年は一人じゃないんだぁ」
かなり歪んだ部員しかいないというのに、それでも嬉しかったらしく明日香はニコーっと彼女本来の持つ朗らかさで笑った。
「って言ってもこいつらがちゃんと演技の練習とかしてくれるとは思えないけど……」
トマ子はもう諦めたというようにまた溜息を吐いた。
「私で良ければ、ちゃんと部員として頑張りますよ」
姫が二人を優しくフォローする。
なんとまぁ揃った三人だろうか。
三人とも酷く犯されたというのになぜこんなに元気なのか。
一人ぐらい鬱になって引き籠ってもいいもんだけど。
って私が心配するのも何かおかしいような……。
「あー、ジョウ。ビンゴだわー」
平和ボケしそうな頭をバンちゃんの声がなんとか軌道修正。
「今年の合宿先はバスケ部と被ってる」
バスケ部といえば相田優のいる……。
吉沢がやけに嬉しそうに話していたのを思い出す。
あのアバズレ……生徒を利用しやがって。
私はニッと笑うと、楽しみだと呟いた。
「あー、あたしも行くの?」
「バンちゃん、よろしく」
「追加料金は?」
「姫の時に散々払ったのにまだ求めるか」
「あれはかなりサービスしたんだけど?」
ぬぅ。
確かにバンちゃんにしては破格のサービスだっただろう。
「あ、私が払っても付いてきてくれますか?」
「……」
バンちゃんは怪訝な顔で姫を見る。
はぁとバンちゃんが溜息を吐いて、「サービスね……」と呟いた。
どうやらバンちゃんは純粋な好意が苦手らしい。
恐らく姫の気持ちに気付いて知らないフリをしているんだろう。
酷いことはなるべくしないようバンちゃんにしては時折優しい態度が見られる。
「まぁ、合宿代ぐらいは出すわ」
「そうしてくれると嬉しいわ……」
悪いね、バンちゃん。
姫がこうなった原因は私も少し絡んでいるのでバンちゃんには少し申し訳ない気持ちになる。
「っていうか合宿ともなると私は完全に部外者なんだけど……」
「トマ子も特別参加で」
「……やっぱそうなるのね」
そりゃそうだ。
2泊3日も休暇をくれてやるつもりはない。
「合宿所には海もあるから」
「はぁ、バカンスに行くようなものってことね」
「水着ねぇ」
トマ子の体は細く、おそらくビキニよりも競泳タイプの水着が似合うだろう。
けれど性格からしてビキニを選びそうだな。
明日香は逆にビキニのほうが似合いそう。
もしかすると普通にスク水とか着てきそうで怖い。
姫はワンピースタイプが好きそうだなぁ、でもビキニも似合うだろう。
そうして順繰りに辿っていくと、最後に一人の少女に目線が行く。
「バンちゃんの水着って小学校以来か……」
「あたしの水着を想像すんな気持ち悪い」
うん、ごめん。
でも普通に帽子取って目を開いて可愛くすれば似合うと思うよ。
「私も、バンさんの水着見たいです」
「わかった、シマシマの全身タイツみたいな水着を着ていってやる」
それは非常にダサい。
夏に近い気温。
人数がやけに多い。
「まさかテニス部も一緒とは」
「相田パラダイスだね」
遠くにキャッキャと笑う寛子が見える。
ここでたまに目が合えば可愛いなと思えるんだろうけど、残念ながらこちらを見るなんて心配りはないようだ。
クスクスと笑っているバンちゃん。
隣にはやっぱり聖母様が涼しげに佇んでいる。
「ブラスバンドは別なんだね」
「はい、ブラスバンドだけでかなりの大所帯になってしまいますから」
確かに。
「さ、人数確認が済んだ部から旅館に進みなさーい」
吉沢の声に軽く数える。
まぁ、居るわな。
「行くよー」
「軽いわね」
うっさいトマ子。
暑いしダルんだよ。
長時間バスで揺られてしんどいし。
「結構広いね」
「他の部と違って人数少ないからね〜」
それもそうだ。
はぁ、しかし疲れた。
「相田はいるし寛子もいるしでジョウは疲れたでしょ」
「バンちゃん、あれはなに、新しい虐め?」
「違うと思うよ」
とにかく私の精神は摩擦されたかのように擦り切れてしまった。
しばらく寝たい。
荷物の解体もそこそこにごろりと寝ころぶ。
「えぇえ、ちゃんと荷物どうにかしようよぉ」
「だらしないわね」
なんとでも言えー。
私は無視して目を瞑った。
はぁ、どうしてこんなに面倒くさいことをしてるんだろうなぁ。
目を覚ますと、日が高くなって丁度昼ごろだった。
海のほうからはきゃっきゃと声がする。
「あ、起きた?」
日差しのほうに目を向けると、明日香が本を開いていた。
「他のみんなは?」
「トマちゃんと姫ちゃんは相田さんや高橋さんに誘われて泳ぎに行ったよ」
バンちゃんはわからない、か。
彼女のことだ、この合宿でハメを外すヤツらを虎視眈々と狙っているんだろう。
「明日香は一緒に行かなくて良かったの?」
「うん、本読みたかったし、泳ぐの得意じゃないし……」
少しだけ寂しそうにえへへと笑う。
ただ単純に、明日香はあの輪に混ざれなかったんだろう。
相田に寛子にトマ子に姫。
なるほど、眩しすぎる。
起きていなくて良かった。
「明日香」
小さく呼ぶと、それでも素直にこちらへ寄ってくる。
無言で近くに座らせてその膝を勝手に借りる。
少しだけ薄いその膝はお世辞にも気持ちいいとは言い辛い。
「甘えん坊だなぁ」
「うっさい」
「ジョウ、ほんとはこういうの、高橋さんにされたいんじゃないの?」
言った後で地雷だと気付いたのか、明日香が慌てて口を噤む。
言ってから気付くなよと嗜めるように膝を抓る。
「今寛子にこんなことされたら、たぶん殴っちゃうから」
「物騒だなぁ」
いや、実際殴ってしまうと思う。
最近気付いたことだけど、私はそんなに心が広くはないんだ。
明日香がさらさらと髪を撫でるのを黙認する。
はぁ、私はこいつに何を話しているんだか。
「そろそろ昼ごはんかぁ」
「ここはね、美味しいよ!魚とかすっごいの!」
なにが凄いんだか。
きっと新鮮とかそういうことを言いたいんだろうけど。
「おっただ〜♪」
「おかえりバンちゃん」
スパンと元気にドアを開けたあたり、既に収穫だらけなんだろう。
バンちゃんの機嫌がやけに良い。
ゆっくり起き上がると、すぐにドタドタと足音が聞こえてきた。
「あ、起きてる」
「やっほー、ジョウー!おひるごはんだよー!」
「今日のお昼は海鮮丼だってさ」
「バンさんも戻ってたんですね」
色とりどりの水着。
うーわ、全員スタイル良いし、これはひがむわー。
私海行かなくて良かったぁー!
しかもこれを室内で見ると外の開放的空間と違って逆にエロい。
そしてなによりムカつくのが相田の胸。
男らしさ全開のヤツの胸は意外とデカかった。サギだ。
これが相田の理想ハーレムか……。
「……あれ?」
水着のまま?
お昼ごはんに行こうとする一行を見ると外へ向かっている。
海鮮丼って……まさか外で?
「日光に当たると溶ける」
「ふざけるな」
トマ子に引き摺られて外へ。
トマ子はえっちなことをしているとき以外は強引で面倒だ。
してるときは少し弱弱しくて可愛いのに。
「ジョウ」
呼ばれてバンちゃんと一緒にトイレに行く。
「大丈夫?」
「あー、ありがとうバンちゃん」
バンちゃんはこうなることがわかっていたらしく、手に焼きそばなどの簡単な食事を持っていた。
そのまま見つからないように建物に戻る。
「バンちゃん、わけて」
「あいよー」
部屋に戻ると今度は誰もいない。
二人でもそもそと昼ごはんを食べる。
明日香は可哀想に連れていかれたようだ。
「文化系の部活と運動系の部活で一緒に合宿するなんて間違ってるな」
「それはそうだけど、行く前に気付こうね」
う。やっぱり最近平和ボケしてるのかなー。
気をつけよう。
バンちゃんは私を非道だというけれど、私からすれば無感情で動くバンちゃんのほうが怖い。
いや、実際にはバンちゃんは無感動なわけではないと思うけれどお金の前に全て霞むのだ。
「はい、吉沢の濡れ場写真」
「ちょっ、ご飯がまずくなる」
せっかくまずいご飯を回避したのにこれまでまずくするな。
「他人の不幸で飯が美味い」
うん、あるけどね。そういうの。
「教師なんだしこれだけで十分でしょ」
「まぁあの先生ただのミーハーで欲求不満っぽいしなぁ」
本当にただのアバズレのようだ。
ちなみにこの写真は先ほど撮ったものらしい。
相手はもちろん相田だ。
けど、実際に相田の手に既にかかっている人間は初めてか。
これで相田より色々ヘタだって言われたら凹むなぁ。
「色々強めにしたらいいんじゃない」
特別サービスと差し出されたのはロープ。
ごめんバンちゃん、既に自分で持ってきている。
鞄から同じものを取り出すと、やれやれと二人で首を振った。