『レディースアンドジェントルメン!本日は強豪ブラスバンド部と、前回なんとあの軽音楽部を倒した弱小演劇部の対決だーぁ!!!』
ジェントルメンは教師にしかいないぞ。
こんなバカげた学校行事を教師が見ているわけが……。
「城之内さーん!片山さーん!がんばってぇー!」
……あった。
そういえば吉沢って演劇部の顧問だったっけ。
「吉沢先生、今まで演劇部のことなんて放任だったのに……」
ぐすんと愚痴をもらす明日香。
あー、まぁ、そんなもんだよね。
言わずもがな、バンちゃんは今日も演劇部で待機している。
「まぁ、吉沢先生も結構ミーハーだから……」
トマ子は隣で明日香を励ましていた。
彼女は私に直接負けたわけだけどここに居て軽音楽部の人からにらまれたりしないんだろうか。
「負けたことはしょうがないってみんな笑ってくれたわ。
私の前に深香も負けてるし、惜しいっていう感じでもなかったから」
それもそうだ。
「ここにきているのは幼馴染の明日香のためだし、そう言ったらみんな納得よ」
明日香はよく知らない人間にも心配されるほどドジだということか。
……なぜ私は最初に明日香に目をつけたんだろう。
簡単すぎる部分を選んだのは自分のミスだな。
さて、1回戦は退屈だ。
どうせなら事前にテストさせてくれればいいのに。
問題数が少ないからって言われても見てる人間はただただ退屈なんだよ。
「ちなみに」
「なによ」
「明日香が負けたら、あんたも連帯責任だからね」
「え゛」
そう呟くとトマ子は必死に祈りだした。
……明日香、信用ないなぁ。
テストが終わると、即座に採点が行われる。
結果は……
『なんと!今回はブラスバンド部の圧勝だー!!!!』
……あ?
「あ、明日香……」
ガックリと肩を落とすトマ子。
明日香はというと私が恐ろしいのか振り返りもしない。
その代わりにガタガタと体が震えている。
部室でバンちゃんもさぞや驚いていることだろう。
……というか、驚いてないでこっちに来てもらわないと。
無言で目も合わせずにこっちに向かってくる明日香の頭をガッチリ掴む。
「うひぃっ」
「……」
よほど怖いのか目を瞑って震えている。
……ここで苛めるのは得策じゃないな。
「明日香、バンちゃんを呼んで来い」
「あ、は、はいっ」
もう一度だけ手に力を込めてから離すと、明日香は慌てて走って行った。
あとでもう二度と負けたくないと思うぐらいきっちりお仕置きしてやる。
ついでにそこで青くなっているトマ子も。
『第二回戦の開始だー!』
アナウンスに合わせて前に出る。
今日は体育館だ。
お題はバスケ。
相手はこの間見かけた元気な後輩だ。
と、なると聖母様は3回戦目か。
話じゃあ聖母様は2回戦だったと思うけど、バンちゃんが嘘を吐いたとは思えない。
直前で順番を変えた?
誰の入れ知恵だ?
しかし読み違えたな。
避けるべきは私じゃないのに。
バンちゃんと直接勝負なんて可哀想に。
「えーっと、城之内先輩、でしたよね?負けないですから!」
「……相田優のこと好きなの?」
「なっ、なんのことですか!?」
わかりやすい。
でもこの子はどうでもいいな。
恐らく相田にとって、聖母様に近付くためのアイテムに過ぎないだろうし。
手駒は増やしすぎるとそれはそれで面倒が起きるかもしれない。
普通にコテンパンにしよう。
笛の合図でボールが投げ上げられる。
少しタイミングをずらして、さもあと一歩でボールに手が届かなかったように体を伸ばした。
「先制決めてやります!」
元気に私の脇を走り抜けると、ゴールにボールを放った。
綺麗に弧を描いたボールはしっかりと点数に繋がった。
「余裕ですから!」
外に向かってそうピースする後輩。
……くっだらねぇ。
若干のガッカリさを醸し出しながらボールを受け取ったが、どうやらショックを受けたように見えたらしい。
「悪いんですが、手を抜く気はありませんからね!」
はぁ、そうですか。
私は出せる速度を抑えながらゴールに向かった。
普通に突き放すこともできるが、わざと追いつかれてフェイントなどを交えてみる。
『キングオブ普通の城之内!果敢に追いつこうとしております!』
アナウンスも良い具合に盛り上げてくれる。
そうやって適当に追いつき抜かされを繰り返す。
……眠い。
「……結構頑張りますね、先輩」
そちらこそ。
という皮肉は言わない。
視界の隅にバンちゃんも映ったし、そろそろ十分でしょう。
「失礼」
入りぬけて鮮やかに3ポイントシュートを決めると、相手は愕然とした。
「え?」
『な、ななななーんと!演劇部、まさかの逆転勝利で3回戦に突入だー!!!』
「……はぁ、これでやっと引き分けか」
声も出ない後輩を置いて、さっさと自分は引っ込む。
本当なら明日香の勝利でここで終わるはずだったのに。
明日香は戻ってきていない。
恐らく部室で怯えているんだろう。
より怒らせれば後でどうなるかは身にしみて判っているはずなので先に帰っていることはない。
「バンちゃん、ごめん」
「うーす。まぁあすちゃんをトマ子にまかせちゃった私らの自業自得でもあるし」
それもそうか。
でも反省してもらわないと困るからやっぱり虐める気ではあるけど。
バンちゃんが前に出ると、聖母様は軽く目を開いた。
「こんにちは、足尾さん」
「やっほー、染田さん」
「部活動してらっしゃったんですね」
「こないだからね」
バンちゃんは八重歯が見えるほどにニッコリと笑った。
私は不思議そうな顔をしているトマ子の隣に並ぶ。
「……さすがにあんたの企みもここで終わりじゃない?」
「いや、バンちゃんだし、勝つでしょ」
「運勝負なのになんでそんなに自信があるのよ」
バンちゃんだし。
伊達に私の幼馴染をしてきたわけじゃない。
というよりバンちゃんがバンちゃんだからこそ私と幼馴染でいられたんじゃないだろうか。
逆も然りではあるけれど。
『気になる3回戦は、これだぁああーーーー!!』
出てきたのは大きなサイコロ。
『3回振っていただき、合計が多い方が勝利となります!
勝利の女神はどちらに微笑むのかー!』
うん、バンちゃん絶対勝てるわ。
裏付けるようにバンちゃんの表情は変わらない。
いつまでも気持ち悪い笑みを浮かべている。
「それじゃ、あたしから〜」
ぺいっとサイコロを放ると、出たのは5だった。
そして自分でサイコロを取りに戻り、聖母様に渡す。
聖母様は“何も知らずに”サイコロを放った。
「3、ですね」
おっとりと、少しだけ後ろに居る仲間に申し訳なさそうに微笑む聖母様。
仲間たちも運の勝負だからしょうがないと首を振る。
それでも次は抜いてくれると思っているんだろう。
残念だが、勝利の女神は聖母様には振り向かない。
『なんと、な、な、なんと!演劇部が勝利をもぎとったー!!』
バンちゃんが、こんな“イカサマ”し放題な女子高で負けるわけがないのだ。
戻ってきたバンちゃんはやはりケロリと笑っている。
「ボーナスとかないの?」
「ないない」
「ちぇー、だったらさ……」
「ちょっと待った!!」
突然あげられた声に驚いて振り向く。
終わったと思った会場にはまだ人がたくさん残っていた。
みんな何事かとブラスバンド部を見ている。
どうやら言葉を発したのは私と対決したあの子生意気な少女のようだ。
「認められないわ!全国にも行った私たちブラスバンド部があなたたちみたいな無名の弱小部に負けるなんて!!」
「由佳……」
何事かと目を見開いていた聖母様が泣きそうな顔で彼女を見上げる。
「あんな運勝負じゃなくてちゃんとした勝負をお願いするわ!
じゃなきゃうちの部長が負けるわけないもの!!」
う、そうきたか。
バンちゃんをチラリと見ると、嫌そうな顔をしていた。
……悪いけど、もう一戦頑張ってもらおう。
「いいよ」
私はニコリと爽やかに笑ってみせた。
相手は希望が繋がったことでよしと喜ぶ様を見せた。
そういう顔、嫌いじゃないな。
「ただし、例外でもう一戦やるんだからリスクをあげてもらう」
あくまで爽やかなままを務める。
一つ、指を立てた。
「もしうちが勝ったら、お宅の部の“聖母様”をうちの部に引き抜かせてもらう」
そう言うと、シーンと会場が静かになった。
「な、そんなの、賭けられるわけないでしょ!」
いち早く叫んだ女子が我に返った。
その声に、周りもざわざわと騒ぎ出した。
「兼部でいいし、演劇部に聖母様が入ってくれたら大助かりなんだけどなぁ」
「ダメに決まってます!ね、染田先輩!」
一人で騒いでいた後輩が聖母様を振り返ると、聖母様は覚悟を決めた顔で縦に頷いた。
そしてゆっくりとこちらに顔を向けると、不敵に笑って見せた。
「お受けします」
『な、なんと、ブラスバンド部。聖母様の身をかけてリベンジだー!』
アナウンスも盛り上がり、場に歓声が沸く。
確かに、面白い展開だ。
けれどリベンジを申し出た少女は顔を青くしている。
「染田先輩……」
「大丈夫よ、由佳。さきほど負けた責任は私がとらないと」
さすが、強豪部の部長。
全国までみんなを引きつれて歩くだけある。
「その代わり、勝負方法はそっちが決めていいよ」
そう告げると、バンちゃんはより嫌そうな顔をした。
ごめんバンちゃん、頑張って。
「では、柔道で」
は?
『さぁ、リベンジ戦の準備が整いました!予想外の試合に格技場は人でいっぱいです!』
目立つのが嫌いなバンちゃんは嫌そうな顔MAXだ。
あんなに醜い顔は今まで数回しか見たことがない。
「……ボーナス払うから」
「並の金額じゃ割に合わないよ……?」
普段の倍払いますから。
文句はあちらの聖母様に言ってくれ。
「準備はいいですか?」
「いつでもどうぞ」
『それでは、開始!!』
始まった瞬間、バンちゃんは相手に体を掴まれ宙を舞った。
「うぉあっ」
慌てて体を反転して床に手を着く。
判定は有効。
バンちゃんがそのまま身を固めて粘ると、審判が待ったをかけた。
「びっくりしたぁ」
「ただのお嬢様だとお思いでしたか?」
「うん、意外だった」
不敵な笑みで聖母様が離しかけると、バンちゃんがニッコリと笑い返した。
そのバンちゃんの笑顔に裏は無く、聖母様はほんのりとだが頬を染めた。
「バンのやつ、運動が得意そうには見えないけど……」
「嫌いではあるみたいだね」
トマ子が心配する通り、バンちゃんは運動が嫌いだ。
ただ嫌いなだけで苦手でもなく得意でもない。
私がバンちゃんを信頼しているのはあのギラついた目を知っているからだ。
普段のバンちゃんは目が悪い。
ただそれは彼女が目をわざと細めて生活しているからであり、彼女が本気をだせば運動やイカサマくらいわけないのである。
またバンちゃんが投げられ、帽子がふわりと舞う。
小さく舌打ちをすると、こっちに投げて寄こした。
「持ってて」
目を開いて私に指示する。
良かった、負けない気でいてくれたみたいだ。
「意外と可愛い顔してるのね」
「バンちゃんはそれが嫌で目を細めて帽子をかぶっているんだよ」
「もったいない」
トマ子の言うとおり、もったいない話である。
左目の上の入れ墨が可愛い顔に隠れた黒い内面を強調している。
……実は可愛い黒眼がちな目とか覗く八重歯とか短く少し跳ねた髪とか、萌えポイント多いよね。
少しオタクっぽいぞ、バンちゃん。
「あ、また投げられる!」
トマ子の声に我に返ると、丁度バンちゃんの体が引っ張られたところだった。
そしてまた手をついて粘る。
でもその瞬間目が鋭く笑ったのを私は見逃さなかった。
「よっ」
「え!?」
声は軽く、けれど確実に聖母様を畳に転がした。
そして逃がさないように体を固め、数十秒が経った。
『な、なんと、演劇部!鮮やかな四方固めで勝利だー!!』
やれやれ、勝つとは思っていたけど、少しひやっとしたよ。
「そ、染田先輩……」
「……みんな、ごめんなさい……」
聖母様は泣きだしているらしく、その周りにはブラスバンド部が密集していた。
……やれやれ、私たちは完全に悪役だなぁ。
うるさいアナウンスと観客に背を向け、部室に向かって歩き出す。
「あれ、聖母様は放っといていいの?」
「今日はアレ無理でしょ」
「それもそうか」
彼女は今日はブラスバンド部と離れることはないだろう。
それでも約束を守ってもらうため、後日しっかりと部室で遊ばせてもらう。
……今日はこれから反省会だ。
少し渋るトマ子を引っ張って部室に帰った。