予算争いは来週から行われるらしい。
内容について手紙が各部の部長に渡されている。
明日香から連絡は来ていない。
アイツのせめてもの反抗のようだけど、残念ながら内容は全てバンちゃんから聞いている。
先ほど明日香にメールしておいた。
今日は演劇部で過ごすことになるな。
「ジョウ、ごめんね。最近は全然一緒に居られなくて……」
「ううん、気にしないで。寛子ってば家の用事で忙しいんでしょ」
校舎裏の人の目につかない場所。
寛子との逢い引き。
……沸々と湧き上がるドス黒い感情を押しかくして寛子に笑顔を送る。
家の用事と言って、相田優と会っている。
写真にも収めたし、別れるだけならばいつでもできる。
でもこいつの顔を泣き顔にするにはまだしばらくこの茶番を続ける必要がある。
縁が切れてしまうと効果は半減だ。
「ジョウみたいな優しい恋人で私嬉しい」
頬にキスされて、思わず鼻で笑いかけてしまう。
ボロがでそうで怖いな。
「恥ずかしいよ、寛子」
「ふふ、じゃあね」
ひらひらと手を振った。
寛子は機嫌よさそうに走って行った。
さて。
ポケットから手を出す。
その手にはブレザーに突っ込んでいた手紙があった。
「まだ一波乱、か」
手紙の内容は演劇部、片山明日香から手を引けというものだ。
まさかあのウブで気の弱い明日香にファンが居たとは。
友達かもしれないが。
演劇部に顔を出すと、そこではすっかりくつろいでいるバンちゃんと怯える明日香がいた。
「ジョウ、この部屋すっごい暮らしやすい」
「いや、帰りなよ」
バンちゃん、学校で生活はすべきではないと思うよ。
あと私が勝ちとった部屋でなぜバンちゃんがそんなに寛いでいるかな。
「明日香って友達居るの?」
「居ても答えると思う?」
だよねー。
「バンちゃん、明日香って友達居るの?」
「あすちゃんは軽音楽部に幼馴染がいるみたい」
「あ……っ!」
明日香はバンちゃんを睨みつけたが、バンちゃんはどこ吹く風だ。
「この手紙、どう思う?」
「筆跡調べようか?」
「下駄箱に入っていたし、普通の情報でいいよ」
「あいあい」
バンちゃんはソファから起き上がると、パソコンを開いた。
「何してるの?」
「あすちゃん、教えると思う?」
「……」
あすちゃんは甘いねぇとバンちゃんは笑う。
明日香はバンちゃんをさらに睨む。
実際、バンちゃんが何をしているかは私も気になるところだけれど、探ると報復が面倒なのでやめておく。
生憎バンちゃんほど金には執着していない。
「ところでバンちゃん、追加料金払っていい?」
「……嫌な予感しかしないんですが」
さすがバンちゃん
。
的中です。
「予算争いってトーナメント制で3本勝負だよね」
「拒否」
「演劇部員にならない?」
「嫌だ」
ふむ、断固拒否か。
「誰かもう一人捕まえてきなよ」
「明日香が何かで勝てると思う?」
「思わないけど」
「ひどいっ」
ここ数日で嫌ってほど明日香のドジっぷりは痛感させられた。
何かとすぐコケるし、頭も悪い。
演技が好きだと聞くしやらせてみればド下手。
お茶を淹れさせれば手順を間違えてさらにコケて盆をひっくり返す。
「もう一人は確実なヤツが欲しいんだよ」
「あたしだって運動とかは嫌いだってば」
「嫌いなだけで苦手じゃないでしょ。
大体、その情報を放りこんできたのはバンちゃんじゃん」
「ぐっ」
情報が役に立たなければ意味がない。
だったら今までの金も返してもらいたいものだ。
むしろ追加料金を払うと言ってやってるだけ優しいと思ってもらいたい。
「……いくら?」
「これだけ」
ポイと封筒を投げると、飛びついた。
……どうしてそんなにガムシャラに稼ぐんだか。
意外とこいつも誰かに貢いでいるのか?
「……はぁ、しょうがないなぁ」
バンちゃんはお金を懐に仕舞いこむと、代わりに一枚のメモをよこした。
「こないだあすちゃんの嬌声を聞いてたヤツのお名前」
そういえばバンちゃんは姿を見ていたんだっけ。
……だったら特定は容易いか。
こいつ、使えるやつならいいな。
とりあえず明日香よりは。
「ちなみに可愛いあすちゃんの可愛い幼馴染ですってさ」
「……なっ!?」
今まで黙っていた明日香が真っ青になった。
興味を持ってメモを見ると、見たことある名前だった。
「知った名前でしょ?」
ニッとバンちゃんは笑った。
「戸的明美ちゃん、軽音楽部の可愛いアイドル♪そして……」
寛子の、親友。
「や、やめてっ、トマちゃんには手を出さないでっ」
明日香はバタバタと手を振って私からメモを獲ろうとした。
バーカ。
明日香の手の届かない高さへメモを持ち上げる。
そしてメモを持っていない手で明日香の体を撫でる。
「ひぅっ」
「幼馴染で仲良く”料理”してあげるよ」
ここ数日でさらに敏感になった明日香の体を押さえつける。
明日香の体が恐怖で固まっていく。
今日も少し苛めてやろうか。
「彼女は最初のリストの中に居たから、しっかり情報は抑えてあるよ〜」
バンちゃん、間の抜けた声を出さないでくれないかな。
すっかり毒気を抜かれて明日香から手を離す。
「目の前で幼馴染のエロシーンは複雑だよ」
「そりゃそうだ」
まぁそれをまさに今後しようとしてるんだけど。
自分たちに置き換えたら気まずいことこの上ない。
「いやでもバンちゃん処女でしょ?」
「うん、お金にしか興味無いもん」
じゃあそんなに平然としないでよ。
「処女だけど場数は踏んでるよ♪」
「ほぼ覗きでしょ」
「バレた!」
情報屋のバンちゃんのことだ。
今まで見たくもないものも見まくっているに違いない。
「あのっ、なんで足尾さんはこの人の、ジョウの幼馴染ならどうして止めないの!?」
明日香は縋るような目でバンちゃんを見る明日香。
バンちゃんは目も開かずにきょとんとしている。
それから少し帽子の金具をずらしてニッと笑った。
「幼馴染が仲が良い、なんて誰が決めたの?」
その通り。
私とバンちゃんは信頼関係にあるが、親しい友人というわけではない。
つまりどちらかが裏切ったら裏切り返されるということを理解している。
愛情や友情というよりは信頼という言葉が一番似合う。
「まぁ、あたしとしてはジョウが一番良い”お友達”だとは思ってるけど」
「別名、金蔓でしょ?」
「あったりー!」
足をバタつかせながらケタケタと笑うバンちゃん。
そしておかしいという顔を隠せない明日香。
その顔には若干の恐怖も浮かんでいる。
「でもバンちゃんが明日香みたいに情に厚いタイプだったら私の性格も変わってたかもね」
「逆でしょー」
明日香は悔しそうに唇を噛んでいる。
「さて、どう攻めようかな」
「明日ちゃんと一緒でいいんじゃない?」
「いや、せっかくだから予算争いで遊ぼう」
予定通りなら、軽音楽部は最初に当たるはずだ。
ニッと笑って明日香を引き寄せる。
こいつにも、少しは役に立ってもらおう。
予算争いは、頭脳、体力、運。この順で勝負をするだけ。
文化系にも体育系にも公平にと考えた結果、これで決まったそうだ。
これでもかなり偏るとは思うが、今の自分には有り難い。
「明日香と私が勝てば、バンちゃんは一回休みだから」
「お、あすちゃん頑張ってね!」
「足尾さん……」
「バンちゃんで良いよん♪」
明日香はバンちゃんを一睨みすると、深呼吸をしてから目線を外した。
どうやらようやくバンちゃんを憎んでも仕方ないと気付いたようだ。
それからゆっくりとこっちを睨んでくる。
そう、バンちゃんはただお金に踊らされているだけ。
明日香が憎むべきは私しかいない。
恨むなら寛子たちを恨めとは言わない。
全く関係のない明日香を巻き込んだのは私だ。
私が寛子を憎むように、私を憎んでいい理由が明日香にはある。
「……城之内茸……!」
耳に入った声に目の前を見ると、こちらを睨む端整な顔立ちの学校のアイドルが居た。
あれが戸的明美。
明日香曰く、トマちゃんね。
「この間は手紙をどうも」
ニヤリと笑ってひらりと手紙をチラつかせる。
明日香の顔は真っ青だ。
あからさまに私たちの関係を知っている幼馴染に驚いているんだろう。
と、いうことは明日香からは何も話していないのか。
『えー、盛り上がっています!本日の会場は第一会場、グラウンドです!』
うわ、実況。
放送部かぁ、気合い入ってるなぁ。
校内放送でテレビでも中継しているとか。
まぁ女子高だしお祭り騒ぎときたらみんなハメを外すか。
私にとってはやり辛いな。
「じゃ、あとはよろしく」
「バンちゃん帰るの?」
「部室で中継でも見てるよ」
バンちゃんらしい。
滅多に開かない目でウインクまでしてみせて私を激励していった。面倒だし負けるな、ということね。
私もできれば目立ちたくないけど、今回はしょうがないな。
地味に勝とう。
『さぁ!今日は予算争い4日目!この間まで本気の部員は1名とされていた弱小演劇部!
学校のアイドルとも噂される戸的明美がいる軽音楽部に勝つことはできるのか!?』
そのアナウンスに、周りを囲む生徒がキャーと声をあげた。
戸的明美は軽音楽部ゆえに他校の男性によくモテる。
学校の外のフェンスに掴まってこちらを覗きこんでいる男たちが目に入る。
ふん、確かによくおモテになる。
この娘は私のように”女子高によくある同性愛”には走る必要はなかったみたい。
でもまぁ……そういうのを貶とすのも悪くないな。
『気になる最初の部員は誰だー!?』