演劇部の予算争いは終わってしまった。
都合の良いゲームが終わって、演劇部に寄る気も失せる。
「……だる」
授業が終わって帰るのではなく、廊下をぶらつく。
相田の行動範囲は広い。
バレー部なんだから部活やれよ……。
聞けば相田は朝練皆勤賞なのだとか。
その代わり普段の練習はサボりがち。
朝に強いタイプ?
いや、でも放課後は帰るのではなくいろんなところで目撃情報……というより私自身が目撃している。
今日はどこに居るかな。
「ねぇねぇ、あたしならどこに居るかわかるよ」
勝手についてきていた幼馴染に冷たい目線だけ送る。
あ、しょんぼりした。
「なにがあったのかはわかりませんが、喧嘩はダメですよ」
これまた勝手についてきている姫に深い溜息を吐く。
「喧嘩って今更すぎない?」
「あら、でもバンさんは演技だったんでしょう?」
「まぁ、大体」
大体、ねぇ。
姫がそう言うってことはバンちゃん話したのか。
随分仲がいいじゃないの。
だったら私のことなんか放っておいて二人でイチャついてこいよ。
溜息を飲み殺して、階段を下りる。
面倒だしこの二人を演劇部の部室に置いてこようか。
「相田さんは、たぶん探しても居ないと思いますよ」
「え、でもあたしの情報だと……」
「お二人には、きっとわからないでしょうね」
どういうこと?
バンちゃんも不思議そうに姫を見上げている。
「バンさん、行きましょう」
「はぁ?なんで姫にそんなこと……」
姫は黙って首を横に振ると、バンちゃんの手を優しく引いて部室棟のほうへ向かっていった。
「なんなんだ」
独り言としてそう呟くと、また一人で歩き出す。
部室棟じゃないなら、今日は教室をぶらついているのかな。
人のことは言えないけれど、相田はすぐに家に帰らない。
下校時刻まで必ず帰りはしないのだ。
……それにしても今日は見つからないな。
もう探していない場所はないと思うけれど、これ以上きょろきょろしていたら不審者と思われる。
でも演劇部に行く元気もないな。
人の居ない階段に座り込んで溜息を吐いた。
「そんなところで何してるの?」
上から話しかけられて少しイラっとした。
話しかけてきた人物が明日香なら尚更。
「演劇部に居たんじゃないの?」
「ジョウは最近、演劇部に来ないね」
「文句ある?」
明日香は黙って首を振ると、隣に座ってきた。
怖いのか目を合わせようとはしない。
「悪いって思ってるって前に言ってたよね」
「思ってる」
今でも。
それこそ取り返しのつかないことをした、と知っている。
だから今も明日香から目を逸らしたりはしない。
「……ジョウはこのまま、来なくなったりしないよね」
黙る。
答えてやるほど優しくはない。
ニイと口の端をあげて見せる。
「居なくなったほうが清々するでしょ」
「答えになってないよ」
「じゃあどう言えば満足?
あんたは一生私の奴隷だとか言ってほしいの?」
生憎、そんな話はしてやれない。
傷をつけたのは明日香だけではないし。
まぁ吉沢じゃないんだからそれで喜ぶ女子なんて少ないのだけれど。
明日香は予想通りというよりは少し強気な態度で首を横に振った。
「そ、そんなの嫌!」
「じゃあ今まで通り反抗してみせなよ」
顎をついっと持ち上げて頬を舐める。
反抗する素振りはなかったが、目だけが強く睨み付けてくる。
その目が誰かを彷彿とさせた。
ムカつく。
手を離して階段を下る。
追いかけてくる足音は無いけれど違う方向から近寄ってくる足音があった。
「こんにちは」
相変わらず薄っぺらい笑顔を浮かべている。
「誰かを探しているの?」
同じように笑顔を貼り付けるけれど、もう嘘だということはバレているのだろう。
向こうも目が笑っていない。
「いや、探し物。相田さんは?」
「城之内さんに会いに」
一瞬背筋が冷えたけれど、おそらくこれは相田なりのジョークだ。
女の子をときめかせるためのいつもの手札。
「相田さんは口がうまいね」
「ふふっ」
目尻が下がった。
楽しんでいる?
「寛子の言っていたとおりだ。
頭がいいよね」
そういえば、相田は知っているんだろうか。
「寛子とは別れちゃったけどね」
苦笑気味に言ってみせると、相田は目をまん丸にしてみせた。
「へぇ」
相田は目を伏せると、人差し指の爪を口元に当てた。
本当に知らなかったのか……。
考えごとでもしていたのか、少しすると相田は眉を寄せてみせた。
「それは……えーっと、ごめん?」
「いや、別に」
前までなら内心はほくそ笑んでいるのかとか考えたけれど、今はわからない。
適当に短く返事をすると、怒ったととられたのか相田は寄せていた眉を今度は下げた。
器用に顔を作ることに違和感を覚える。
相田っていつもこんな風に表情を変えるタイプだったっけ?
「本当にごめんって!お詫びにジュースでも奢るよ」
正直まだわからないことが多すぎてあまり長く話したくはないのだけれど。
断る理由もなく笑顔で頷いた。
「じゃあお願いしてもいい?」
「喜んで!」
なるほど。
こうしてみんなこいつの毒牙にかかっていくのか。
寛子は相田に見てもらうために私に近づいた。
つまり寛子は私より先にこいつを見ていたということだ。
そしてそれより先に私とこいつは出会っているということになる。
相田優は私たちの学年では確かに知名度の高い、いわゆる女子高の王子様というヤツ。
ただ私はこの知名度がいつからなのかがわからない。
「相田さんって、元からそんなショートカットだっけ」
「覚えてるの?」
曖昧に笑う。
相田は察したのか、いつものような笑顔を貼り付けた。
「覚えてないでしょ、色も違ったんだよ。黒色」
「黒……」
黒。色“も”ってことは髪型も違う。
ダメ、思い出せない。
ただ「覚えてるの?」と聞いたということは、やっぱり今の相田になる前に会っているということだ。
黙り込んでいると、隣の足音が止んだ。
振り返ってみれば相田は自販機を指差して苦笑していた。
「ジュース、要らないの?」
通り過ぎていたらしい。
ゆっくり戻ると相田は既に二本のジュースを手に持っている。
「はい」
「……どーも」
王子様は案外俺様な性格なんだろうか。
奢ってもらえるのだからなんでもいいのだけれど。
……けれども、だ。手に取ったジュースを見て薄気味悪さを覚えた。
「これも、寛子に聞いたの?」
別に紅茶好きだと進言したことはない。
ただ好きか?と聞かれたら好きだし、コンビニでも自販機でも紅茶を買う。
「そういうことに、しておこうかな」
その薄い笑い方にやっぱり違和感。
手の中にはレモンティー。
飲むこともできずに立ちつくす。
「それじゃ、また」
「え、あぁ、また」
つられて返事を返すと、また目から笑い返された。
……気持ちが悪い。
相田ってあんなに得体の知れない人間だっただろうか。
考えてみれば相田と二人だけで話すのはこれで2度目、だろうか。
普段見慣れている相田と、二人で話す相田。
他に人がいるときもほとんど会話はない。
「あ、城之内さん」
……次から次へと、厄日か今日は。
「こんにちは」
しかたなく振り返ると放送部の部長が立っていた。
彼女は馴れ馴れしい顔で私に近寄ってくると嬉しそうに綺麗な顔を綻ばせた。
「あれ以来だね」
「予算争いに負けたからね」
「別に、キミなら用がなくても来てくれて構わないよ?」
「他の部員は?」
「今日は休み」
……目的の相田とは話したし、いっか。
なにがあるでもなし、オーダー変更を私の言う通りバンちゃんに黙ってた彼女につきあってあげるのもいいだろう。
言ったとおり他の部員はおらず、相変わらず贅沢な部屋だ。
部長はお茶を淹れると、隣に腰かけた。
「もう秋になるね」
日差しは相変わらずだが、確かに風が吹くようになった。
それでもまだクーラーは必須だし、来たばかりのこの部屋は暑い。
防音のしっかりしたこの部屋じゃ尚更だ。
それなのに隣の彼女はぴったりと体を寄せてくる。
触れている面積が広い。暑い。
「暑い」
「もう少しでクーラー効くから。
ところで、相田さんと何を話してたのかな?」
耳元に口を寄せられた。
そんなに近づけなくても聞こえる。
こいつの目になにかを思い出す。
「別に。自販機で奢ってもらっただけ」
「相田さんが……?」
「寛子と別れたって言ったら、変な話してごめんって」
「え、別れたの?」
頷くこともなく黙ってやると、しきりに「へー」と呟きながら私の手で遊びだした。
「あのさ、もしかして私のため……に?」
なんて幸せな勘違いをしているんだこいつは。
呆れて黙っていると、肯定ととったのかニヤニヤしはじめた。
「へぇー、へぇー。実は一途なの?それとも、本気になっちゃった?」
あぁ、煩いな。
無理やり塞いでやろうか。
気だるい体を起こして部長の体に覆い被さる。
「……ふーん、もっとクールなタイプだと思ってた」
私も。
まさか、こんなにイライラするなんて。
誰を見ても信用できない。
なのにこんな女にまで時間を許す。
どうかしてる。
……はは。
どうかしているのは元々だ。
ずっとイライラしているのは自分に、だ。
そうだ、おかしいのは最近の私だ。
「ねぇ、あなたの目から見て、私ってどんな人?」
「え?それは、えっと」
「クールなタイプってさ、なに?」
目の色が変わる。
でもこれって変わったのは相手?私?
相手のネクタイを慣れた手つきで外す。
「頭に血が上ったら止まらないタイプって前に言ったよね?それってクール?」
「やだ、ちょっ、何怒ってるの?」
「別に、気分がのってきただけだよ」
最近彷彿とするのは自分の目。
抗いたくてでも流されている、目。
今も、さっきも、ここ最近も。
消えた火が消えないように必死でもがいている。
寛子を許してしまった自分。
相田を憎めなくなってしまった自分。
首筋に噛み付いて舐める。
「いたっ」
「なんだかんだ言うわりには嫌がってないみたいだけど?」
「ま、前もそうだったけどっ、痛くするのが好きっ、なの?」
「さぁ?」
私自身にはもともと被虐趣味はない、と思いたい。
相手に反抗心を持ってもらう手段として痛いことをするだけだ。
そう、自分に無いものを他人に求めているだけ。
「ねぇ、気持ち良い?」
「う、うぅ」
「良くないなら、やめるけど」
「はっ、う……」
言わないか。
手を止めて、相手のボタンを優しく閉める。
「え、ちょ、良くないなんて言ってないじゃない!」
「良いとも言ってない」
簡単に吐き捨てると、さっきまで上から目線だった女が肩透かしを食らったような顔になった。
「や、……したいんでしょ?」
「どっちが?」
「え?」
ソファから降りて机に腰掛ける。
足を組んで肘をついた。
優劣はきっちりつけなければ。
「どうしてもしたいなら、それ相応の報酬が欲しいな」
「は?何言ってるの?」
会話が繋がらない。
まだ気付かないみたいだ。
「ねぇ、何を勘違いしているの?」
「かん……違い……?」
今の私はうまく笑えているだろうか。
「どうして私がしたいって考えてると思えるの?」
「え、それは、だって、あなた、私のこと……」
少し理解してきたな。
こめかみに流れる汗は見ていて気分がいい。
「好きなんでしょう?」
「私から好きなんて、言ったことないよ」
私は、“好きって言え”と命令しただけ。
錯覚したのはそちらの勝手。
彼女は最初から駒でしかなく、被害者ですらない。
ねぇ、理解した?