Lily memo %



15 恋心よりも前の (木田深香編)


焼肉屋はなかなかに繁盛しているらしい。
私服に着替えてきたのはいいけど、目当てはどこかな。

「お二人様ですか?」
「席、あそこでお願いします」

わかりやすい茶髪がやけにパンクロックな格好でいるのに笑いそうになりながら、死角に座る。

「あぁ、そういう……」

明日香、キョロキョロすんな。
逆に怪しいし。

「何食べる?」
「え、食べていいの?」
「何も食べてなかったら不自然でしょ」

デバガメなんて面白いもんでもないし、食べるぐらい楽しんでもいいと思う。
真剣に選び始めた明日香をぼんやりと眺める。
そこまでがっつかなくても逃げやしないのに。
むしろ逃げたいと思うべきなのは明日香なんだけど……。

「ジョウは何を食べるの?」
「白飯」
「お肉を言ってよ……」

学生が来れるチェーン店の焼肉屋なんて全部タレの味でしょ。
あとは柔らかいか固いかしかわかんないし。
バンちゃんなら解説してくれるだろうけど、生憎目の前にいるのはしがない女子一人。

「明日香が適当に頼んでよ」
「いいけど」

明日香が注文をしているのを見ながら、半個室になっている隣の部屋の会話を盗み聞く。

「明美が来てくれると思わなかったな」
「優、あんたがゴリ押ししたの?」

どうやら相田とトマ子は隣同士のようだ。
さすが軽音楽部とバスケ部。
ギャルの集まりといっても過言でない。

「だって前はよく寛子と三人で遊んでいたのに、最近は付き合い悪いし」
「二人で遊んでなさいよ。暇じゃないの」

寛子って恋人を自慢したがるよね。
基本的に親友であるトマ子には包み隠さず自慢しているようだ。

「ちょっと!相田先輩ってば、明美先輩を独占しないでくださいよ!」
「バスケ部と軽音楽部の親睦会なんだし、いいじゃん」
「ダメです!私の明美先輩なんだから!」
「いつ私が深香のモノになったのよ」

トマ子が苦笑しているのが声でわかる。
なぁーんか、腑に落ちないな。

「……トマちゃん、モテモテだね」
「うっさい黙れ明日香」

明日香は少し不貞腐れると黙って肉を焼き始めた。

「トマちゃんのこと、好きなの?」
「はぁ?」
「だってなんかトマちゃんが人気なの嬉しくなさそう」

……そう見えたんだろうか。
気分が悪いのは確かだ。
けどそれは別にトマ子がモテているとかじゃない。
問題はトマ子の態度だ。

「アレは、昔からあんなヤツなの?」
「トマちゃん?」
「なんか……ムカつく」

へらへらしやがって、とも違う。
なんか、イラっとする。
トマ子にも、その周りのヤツにも。
ついでにいうなら、明日香にも。
腹立ち紛れに焼けた肉をほいほいと明日香の皿に入れていく。

「わ、わ、待って待って」
「ほら、どんどん食べないと山になるよ」
「そ、それはやだっ」

なんとなくこうぐいぐいと皿も盛られていくと焦燥感を感じるときって、あるある。
あぁ、食べなきゃな、と思うと不思議と憂鬱になる。
人間は食べられないときより食べすぎるほうがしんどい、というのはお相撲さんの弁だけど本当なのか。
明日香の皿から一枚取って食べたけれど、やっぱりタレの味しかしない。

さっきからトマ子と相田が仲が良いんだか悪いんだかわからない会話と、ヤキモチを妬く後輩との会話の繰り返し。

明日香は必死に肉を食べているし……。
これは無駄足だったかな。

「ごめん、ちょっとトイレ」

トマ子はこちらには気付かず、スタスタとトイレへ歩いていった。
いるとは思っているだろうけど、さて。
バンちゃんとは違ってこういうの慣れてないしなぁ。
トマ子にICレコーダーでも持たせて帰ろうかな。

「私もトイレ」
「あ、うん」

明日香は肉に必死で生返事だった。
頬を少しだけ抓ってから立ち上がる。
さすがチェーン店、ちゃんとしたトイレだ。
小さな居酒屋だと男女兼用の小さなトイレだったりするから困るんだよね。
ゆっくり話もできやしない。

「トマ……」

扉を開けてトマ子の名前を呼ぼうとして慌てて自分の口をふさいだ。




「……やだっ、やめてってば!」




個室から聞こえてくる声は確かにトマ子のもの。
ただ普段トマ子を犯している自分はここにいる。

と、なると相手は誰だ?

女子トイレであることを考えると男性とは考えにくい。
男性ならトマ子を強引に男子トイレに連れ込むだろう。

「せんぱいっ、おとなしくしてください!」

あぁ、わかっちゃった。
そんな本気だったのか、この後輩。
木田深香は強引にトマ子を組み伏せようとしているんだろう。
暴力の音は聞こえないまでも手が戸に当たったりしているようだ。
……面白くないなー。

とはいえ、よじ登るのは、なぁ。

シュールっていうか格好良くなさすぎ。
助ける気ではないけど、助けない気もない。
つまり気に入らないのだ。
まぁ、相手が女子ならいくらでもやりようがある。
足音を殺して扉に近づく。
扉に向かって思いっきり腕を振り上げた。


ドンッ


「え!?」
「きゃっ!?な、なに!?」


とても驚いたようだ。
もう一度強くドンと叩く。
扉が先に根を上げそうだ。

怖いだろうなぁ。

私ならビビッてトイレを早めに切り上げるレベルだ。
……いや、いろいろと考えるのはご飯時にやめておこう。

「だ、誰!?」

って聞かれて答えるヤツがいるかバーカ。
もう一度叩くと、ドアが開く音がしたので姿を見られる前に手を突っ込んだ。

「むぐっ」

顔を掴んで壁に捻じ伏せる。

「いーけないんだーいけないんだー」
「ぐぅう」

子どもの頃よく言っていた台詞を引っ張り出してきた。
視界の隅に服を立派に肌蹴させたトマ子が見えた。
……強姦されやすいヤツ。
その顔色は非常に悪いが、当然のことか。

「人のものを盗っちゃいけないって習わなかった?」
「むぐぅう」

舌なめずりをして顔を近づける。



「私さぁ、自分のもの勝手に触られんの嫌いなんだよね」



もう片方の手で襟を持ってもう一度強く壁に押し付ける。
げほっと咳き込んだのを見て少しだけ手を弱める。
やりすぎたか?と思ったけれど、むしろ今までが優しすぎたのだと自分を説き伏せる。
私はまだ怒っているのだから、止めるべきじゃない。

「ジョウ!やめて!」

その声にビクリと手を怯ませたのがまずかった。
木田深香が慌てて逃げだすのを止められなかった。

「ちっ」

厄介なことになったな。
今まで粛々と進めていたものが全て崩れそうだ。
……それというのも……。
ちらりと目線をトイレ内に戻すと、さっきよりも青い顔をしたトマ子がいた。

「……あんなでも、私の後輩なの……」

情け、か。
ヤられそうになってたくせに。
その割にはかなり真剣に嫌がっていたのにな。

「立って」

腹立ち紛れにトマ子の腕を引っ張るけど、上手く立てないらしい。
……今日は何をしてもうまくいかないな。
夏だから?暑いから?
トマ子を置いて、自分の座っていた場所へ戻る。

「あれ、明日香?」

見れば、明日香が居ない。
肉は中度半端に無くなっていて、鞄もない。
……帰ったか?
携帯で連絡をとってみるが繋がらない。

「あいつ……」

ふざけんなって言いそうになったところで携帯がメールの着信を知らせてきた。
お腹が痛いから先に帰るって……。



「あいつ……」



今度は違うニュアンスで呟く。
なんとも締まらない。
しょうがなく会計を済ませてもう一度トイレへ行く。
呆然と座っていたトマ子の上に羽織っていたベストをかぶせる。

「……帰ったんじゃなかったの?」

そのまま放っておいたんじゃあ、また別のヤツに犯されますよ、と言いたい。
無言で背中を貸してやると、意外と素直に体を預けてきた。
このまま親に返すといろいろ勘繰られそうなのでまっすぐ自分の部屋に向かう。
布団は一つしかないけど……いいか。
どうせトマ子だし。
トマ子をおんぶして帰るのは初めてではないのだけれど、トマ子は落ち着かないのかそわそわしている。

「ねぇ、止めてくれてありがとう」

幼馴染って似るんだろうか。
返事をする気力もなく、けれど脱力するとこのどうしようもない女を落としてしまうので適度にがっかりした。

「深香のこと、怒ってる?」
「怒るとかじゃなくて、最初から気に入らない」
「そっか」
「ついでに言うと、トマ子もムカつく」
「……それは知ってた」

だから、手を出したんでしょ。
なんてわかった風にいいやがって。
でもトマ子がそうやって私に拗ねてみせる感じが実は嫌いじゃない。
これはたぶん優越感だ。

「トマ子さあ」
「なに?」




「犯される前って、私のこと好きだったでしょ」




トマ子の体が背中越しに硬くなるのがわかった。
おかしい点はたくさんあったのだ。
煮え切らない態度、『こんな人だと思わなかった』っていう言葉。
そして私のときは木田深香のときほど抵抗していなかった。
……まぁ、弱みを握っていたというところもありますが。

「なんっ、なっ、なにをっ」

危ない、落ちる。
トマ子は手を振り回して、何も言い返せずに肩に手を落ち着けた。

「まぁ、今もそうだとは思ってないけど」

気付いたときには幻想を壊した後だ。
悪いことをしたのは確かだけれど、謝りもしない。
壊したのは所詮幻想だ。
真実を歪めたわけではないのだから。

「……寛子の恋人だってわかってたから、良いなって思ってただけ」

うん。
初対面は、寛子の紹介だった。
トマ子は私の首筋に顔を埋めると、溜息を吐いた。

「こんな人だなんてわかってたら、好きにならなかったし、今も大嫌い」

ただ複雑、と本当に小さな声でトマ子は呟いた。

「憎くはないの?」
「憎いに決まってるでしょ」

良かった。
トマ子が気に入らないのは、明日香以上に気を使ってくるからだ。
このどうしようもない女が誰より大人びた顔で周りを見下すのがたまらなくムカついたのだ。
手を出すなといった木田深香さえ信用してないこいつが、嫌いで嫌いで、でもそこが……。


あぁ、そうか。


私に似ているから、嫌いなんだ。
人らしいところに共感を覚え、ワガママな部分を見て安堵して、誰にも心を開いていない様子に腹立つ。
だから嫌ってほしいと願う。
だから憎んでいてほしいと思う。
ずり落ちそうになるトマ子の体を抱えなおして、私は溜息を吐いた。

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