「……おはよう、バンちゃん」
「……おはよう、ジョウ」
体がダルい。
ジョウのせいでとんだトバッチリだ。
あたしは体を起こすとバキバキと首を鳴らした。
「はぁ、腕が筋肉痛」
「大人の恐ろしさを痛感したね」
結局あの後、夜中3時頃になるまでジョウと交代で吉沢を犯し続けた。
気絶した吉沢を無理やり起こし、部屋に帰らせると自分たちも部屋で泥のように寝た。
そして今11時、ほぼ昼。
「朝ごはん食いっぱぐれたー」
昨日の晩ご飯を思い出すと、昼ごはんも期待できないだろう。
かといえど昨日の昼のように適当なものを買ってくるのも面倒だ。
キッチンを使わせてくれるなら自分で作るけど……。
そう告げるとジョウは少し目を輝かせた。
「特にこだわりを持った旅館じゃないみたいだし大丈夫でしょ」
意気揚々と立ち上がると、食堂へ向かった。
奥のキッチンでは昼の準備が終わっているらしい料理人たちがだらだらと過ごしていた。
学校の合宿所として機能している旅館だから料理人も適当だ。
余った食材とキッチンを借りることをお願いしたら快く貸してくれた。
これだけあれば十人分は作れるなぁ。
そんなに要らないけど、いっか。
余ったら快くキッチンを貸してくれた料理人さんとかに差し上げよう。
「それじゃ、よろしく」
ジョウは手伝うこともなく近くの椅子に腰を下ろした。
あたしとしては確かに手伝われると逆に邪魔になるのでそのほうが有り難いと準備を始めた。
しばらくするとガヤガヤと声がして、水着の人間がいっぱい戻ってきた。
午前練習が終わった後に海で遊んでいたんだろう。
「あ、おはようございます」
「姫、おはよう」
その中には姫の姿もあったようだ。
振り向くことなく手だけで挨拶する。
ジョウの隣に居座ったようで、二人が会話しているのを盗み聞く。
「姫は何していたの?」
「バレー部に混ざって一緒に筋トレをしていたんです」
「ブラバンって体力いるもんねぇ」
「ところでバンさんは何をしているんですか?」
見てわかりなよ。
これが料理している以外の何だというんだ。
「あら、城之内さん、足尾さん。おはよう」
うわ、でた吉沢!
語尾にはハートがつきそうな上機嫌さだ。
吉沢は昨日のあれが相当良かったらしい。
昨日も気絶から起こしたはいいが、自分の部屋に帰りたくないと駄々をこねていた。
「何をしているの?」
「バンちゃんが昼飯を作ってくれてるんです」
「本当?それじゃあ私の分もお願いしてもいいかしら。
足尾さんの手料理が食べてみたいわ♪」
ジョウが無言でこちらを見るのに、しぶしぶ頷いてみせる。
はぁ、まぁ余る計算で作っていたからいいけど。
「わ、私も!私も食べたいな!」
姫が慌てて主張する。
ジョウを通してではなく、大きな声でこちらに向かって言っていたので片手をあげて答えた。
そんなに期待した目で見られても困るんだけど。
気付けばあすちゃんやトマ子も揃っていて、結局演劇部の分は作ることになりそうだ。
「手伝いましょうか?」
「いらなーい」
むしろその線から入ってくるなと指示をする。
海水なんて味の強いものをブレンドされると困る。
そうしてザカザカと適当に料理を終わる。
できたものといえばただのパエリアだ。
それでもみんな嬉しそうに頬張っていた。
「う、うまっ」
「なにこれ、私の知ってるパエリアじゃない」
むしろパエリアをまずく作れるヤツがいるなら知りたいもんだ。
それでも褒められたことは嬉しいのでいっぱい食べなさいと笑う。
「バンちゃんは相変わらず料理だけは上手いね」
「だけとはなんだ、だけとは」
これでもジョウに負けず劣らず頭も体力も良いはずなんだけど。
まぁもちろん授業等では平均付近をうろうろしていますが。
「正直、意外でした」
姫は正直すぎやしないかな?
ぎゅっと頬を抓ると、それでも幸せそうに姫は笑った。
う……、その顔やめてくれないかなぁ。
姫があたしに色々と期待していることは知っている。
あれだけ熱っぽい目で見られたら気付くのは当然のこと。
だからといってどうすることもできないのだけれど。
「今度先生の家にお嫁に来ない?」
「遠慮しときます」
膝を撫でないでほしい。
そして姫は姫で寂しそうな顔をしないでほしい。
それを見て心を痛めないほど非情でもないし、構ってやるほど優しくもない。
知らないフリしかできないのだから。
「今日はバンちゃんどうすんの?」
「ジョウは?」
そう聞くと、肩を竦める。
両隣であすちゃんとトマ子が必死に耳を澄ませているからだ。
別に聞いたところで逃げ切れるわけでもないでしょうに。
もうあまり逃げる気も無さそうだけどね。
「ま、海は昨日堪能したからうろうろしてるよ」
「そっか。あたしはいつも通りかな」
ぶらぶらでかけて面白そうなとこをパシャパシャと。
悪いことだし、いつか刺されるかもしれないけどやるしかないので。
これぐらいかなとカメラを仕舞うと、自分の後ろに誰かいることに気付いた。
振り向くと、声をかけようか悩んでいるような姿勢の姫が居た。
「あ」
「やっほー」
至って普通に声をかけると、気まずそうに「こんにちは」と返してきた。
何か言いたいことがあるんだろうなぁ。
嘘がつけないところも“聖母様”ということなんだろう。
「何か用?」
「あ、あの……ちょっとだけ時間をもらってもいいですか?」
同級生相手に何をかしこまっているのか。
何度注意しても直らない辺り、実は頑固なんじゃないかと疑う。
「いいけど、その代わり敬語は禁止ね」
「ぜ、善処します」
「します……ね」
連れられて人気のないところへ。
デジカメを大事にポケットに入れると、じっと見られた。
もしかして写真を取り返したいのかな。
「その、写真なんですが」
「うん?」
「消しても構いませんよ」
あれ、おかしくない?
構わない、というのはこちらの弁だ。
そっちからしたら「消してください」って言うもんじゃない?
「写真がなくても他の人には何も言いませんし、言うことも聞きますから」
そう言われてもねぇ。
「訴えるならジョウだよ。
姫をどうにかしたがってたのはジョウだもの」
「実際に私を凌辱したのはバンさんですよ」
それもそうだ。
いや、それ自体もあたしがジョウの命令でしたことだ。
あたし自身はジョウの手足でしかない。
「それなんですが」
「どれだよ」
「おかしく、ないでしょうか」
老婆心ながら、と考え込む姫。
「ジョウさんの復讐には、寛子さんと相田さんの仲を知っていた人も含まれるんですよね?」
その通りだけれど若干違う。
ジョウの射程に入っているのは、ジョウと寛子の関係を知っていて、さらにその上で寛子と相田の関係を知っていた人だ。
吉沢や姫はそれからは外れ、相田の毒牙に掛っている、もしくは掛りそうな人物に入る。
ちなみにあすちゃんはただ巻き込まれただけ。
「バンさんは、知っていたんじゃないですか?」
さすが聖母様。賢い。
ニッコリ笑って目を見る。
「どうしてそう思うの?」
「情報通なあなたが、知らないはずはないと思って……」
その目は伺うような心配の色をしていた。
おそらくもしあたしが嘘を吐いているなら、今後気付いたジョウの矛先がこちらに向くことを考えているんだろう。
残念ながらその心配はない。
「そのこと、ジョウも気付いていると思うよ」
「えっ、そうなの?」
「気付いていて何もできないんだよ」
ジョウとあたしはお互いを知りすぎている。
自分がしたことに対して相手がどう動くかがわかっているから何もできないのだ。
それにジョウ自身が一人で生きて行くことはできないことを理解している。
あたしまで敵にまわせば本格的に孤立することに気付いている。
「あたしだって言わなかったわけじゃないよ。
言えないよあんなの」
ジョウがあたしの口から“寛子が浮気してますよ”なんて聞いたところで納得しただろうか。
つまりはジョウが寛子と付き合う前に指摘できなかった時点で遅かったのだ。
だから今度こそ早めに情報をまわしているし、遅くならないよう嗅ぎまわっている。
「あすちゃんには、あたしとジョウの間に友情は無いと言ったけれど信頼関係は確かにあるんだ」
お互いに絶対に裏切らない。
そしてお互いに弱みにはならないよう、ポーズはある種の自分たちへの自己防衛。
それがどんな状況でも“放っておいても大丈夫”と思わなければ弱みになる。
「……普通に学校生活をエンジョイする気はないの?」
「姫の口からエンジョイって聞くとすっごい違和感」
「茶化さないでください」
「ごめんごめん」
普通に楽しむにはあたしもジョウもひねくれ過ぎている。
……ジョウとしては普通に楽しもうとしたんだろう。
その結果が寛子によって最悪にされたんだからもう普通にとか無理なんだろうなぁ。
あたしも、目標のためにはまだまだお金を稼がないといけない。
「「ないよ」」
あ、ハモった。
振り向くと案の定というかジョウが居た。
「バンちゃん、恥ずかしい話をしているね」
「姫が真剣だったからつい」
確かに、ちゃんと答えてあげる義理はなかったなぁと反省。
適当に笑って流せばよかった。
「あすちゃんとトマ子は?」
「二人でロミジュリやってる」
「寒いことしてるなぁ」
なんでも台本がそれしかなかったとか。
ちゃんと部活してんだぁ。
「あ、じゃあ私も行かないと」
わたわたと去っていく姫。
そういえばちゃんとした演劇部員はトマ子じゃなくて姫のほうだったっけ。
「私も気になるなぁ、バンちゃんの目標」
「それ言わせたらジョウの復讐理由もきっちり答えてもらうよ」
「まぁ大体予想つくけど」
こっちもそうだけど。
「っていうかさ、バンちゃんってば姫の気持ちに気付いてるでしょ」
「悪い?」
「悪かないけど」
どうしろというのか。
既に抱いてしまっているからヘタには行動できないし、知らないフリしかできない。
「あたしは別に姫のことは好きじゃない」
「悪い気はしてないくせに」
「誰だって美人に好意をもたれたら満更でもないでしょう」
それもそうだと笑うジョウ。
まったく、人の気もしらないで。
「それにしてもなんであたしみたいなのが好きなんだか」
「あれ、わからないの?」
きょとんとするジョウ。
ジョウは大人っぽい外見をしているし解り辛いが、時にすごく子供っぽい。
今度はコロリと笑っている。
「私は少しわかる気がするよ」
「はぁ?」
「バンちゃんは罪作りだからねぇ」
なんのこっちゃ。
夜。
昨日と同じ場所で吉沢の喘ぎ声を聞いている。
今日は隣にジョウも居る。
では中で吉沢を抱いているのは誰なのか。
「は、はぁ、相田さん、あぁ」
「先生、今日はやけに強引だね?」
「だって、我慢できなくてっ」
そう言う割に吉沢の声は控え目だ。
「もっと、相田さん、もっとぉ」
切ない声で相田にもっと強くとねだる。
「……吉沢先生、さすがにもう……」
「えぇ!?まだ足りないわ!」
隣で「ハハッ」とジョウが笑った。
そりゃ笑いたくもなるだろう。
あたしも小さく苦笑した。
そのうち、バタンと音がして一人分の足音が遠ざかって行った。
「はぁ、あんっ、んぅ……」
相田が愛想を尽かして帰ったというのに吉沢はまだ中で喘いでいる。
恐らく我慢できずに一人でシているんだろう。
「じゃあ、よろしく」
ジョウが扉に入っていったのを見送りながら、一人廊下に座りこむ。
暇つぶしといえば本とデジカメのみ。
あと、携帯?
欠伸をしながら本を開く。
そこにはたくさんのレシピが載っている。
「隣、いいですか?」
またかい。
「良い子は寝る時間じゃないの?」
「言うほど良い子じゃありませんので」
姫はゆっくり隣に座ると、本を覗きこんできた。
「料理、ですか?」
「悪い?」
首を振ると、ニッコリと笑う。
素敵です、なんて言うけどそれは純粋に料理が好きな人に相応しい言葉だ。
あたしには合わない。
『はぁああんっ』
中から大きな声が聞こえてくる。
だから抑えろってと思いつつメールを送る。
もっとも、読んでる暇はないと思うけど。
「す、すごいですね」
「まぁ吉沢先生は特別だわ」
「……昨日は、バンさんも吉沢先生を抱いたんですか?」
微妙なニュアンスが含まれていたけれど、正直に頷く。
変に隠すほうが怖い。
「そう、ですか」
なんでわかったんだろ。
疑問が表情に出ていたようで、申し訳なさそうに苦笑した。
「吉沢先生、ジョウさんとバンさんを同じ目で見ていたので」
ははぁ。
吉沢がジョウだけに欲情するならわかるが、昼間はあたしのことも同じ目で見ていた。
だからわかってしまったと。
「そんで?」
「え?」
「だから、何」
こちらとしては咎められる覚えはない。
いや、どちらかというと咎められることしかしていないけれど今更全部忠告されたところで止まらない。
つまり普段と変わりない。
「……とくになにも」
言いたいことがわかったようで、固い表情で黙り込んだ。
困ったねぇ。
こういう青春らしいのはいかにも苦手だ。
ジョウはそれを望んでいたようだけれどあたしは別に望んでいない。
ジョウとあたしは似た物同士。
けれど決定的な違いがあるならその部分だ。
ジョウは“愛情”が欲しい、あたしは“愛情”は要らない。
あたしはジョウと違って今まで幸せだったからその分はもう必要ないのだ。
だから他人のように、彼女が“聖母様”のようだからって特別扱いはしない。
あたしに聖母様は要らないのだから。
「お金で買えれば、楽なんですけどね」
ポツリと呟く姫。
それをしないのは、きっと彼女も理解しているからだろう。
お金であたしを買えば、もう商売相手としか見てもらえなくなる。
まぁつまり彼女は何もできないだろう。
そうあたしは思っていた。