体が熱い。
これは恋よりも熱く愛よりも深い感情だと悟る。
動けない自分を客観的に見ているような感覚。
「楽しいね、優」
「寛子、くっつきすぎだよ」
楽しそうな会話が耳に入るような入らないような、ただ見ている自分。
なんだ、あれ。
ドッキリでも面白くないな。
いや、面白いかもしれない。
思えばこれほど熱い気持ちを持ったのは久しぶりだ。
何かに固執するドロリとした熱さ。
望めば大抵のものは手に入ってきた。
その自分の上にあぐらをかいて気付かなかったのは自分だ。
「ははっ」
いいじゃない。
面白い、面白いよ。
全部壊してやる。
あいつらの生活をめちゃくちゃにしてやる!!
もとより計画的なタイプではない。
でも切り札や考え無しに動くほど無謀なタイプでもない。
まず欲しいのは情報だ。
しかも信用できるものが必要。
「で、あたしかぁ。幼馴染に頼るなんてそんな情に熱いタイプだっけ」
幼馴染、足尾晩夏は机にのせていた足をどけると、ニヤリと笑った。
「幼馴染うんぬんじゃなく、正確に仕事してくれるでしょう?」
「あたしってばあんたほど優等生じゃないけど?」
「それにバンちゃんはお金さえあれば動くし」
バンちゃんはまぁねと笑うと、右手を差し出した。
「年棒制?歩合制?」
「年棒制って……契約制かな」
銀行から下ろしてきた貯金を手渡す。
これでも伊達にバイトしていない。
寛子に貢ぐためにバイトだけはしてきたのだ。
これぐらいなら余裕というくらいに。
「おっ、結構本気の値段だね」
ひーふーみーとさっそく枚数を数える。
汚い人間だと思う反面、これほど信頼できる人間もいるまいと思う。
それほどに金に執着した人間だ。
「まいど!で、誰の情報が欲しいの?」
「このメモの二人」
「どうも」
紙を渡すと、ペラリと一見する。
狐のような目で舐めまわすように見る様はなんとも厭らしい。
「ふむ、なかなか興味深い人選だね」
「詮索するなよ」
個人的な私怨だとは伝えてあるけれど、あまり詮索されると気分は良くない。
「わかってるよ。こっちだって変なとこ探られたくないしね」
こちらの視線をのらりくらりと笑ってかわすと、またニヤリと笑う。
……食えないな。
正直敵に回したくはない。
情報は的確で、そんなところまでというとこまで突いてくる。
「運動はできないから、限られてきますけど」
「いや、構わないよ」
とりあえず敵にならないならそれだけで価値がある。
それだけこいつのことは評価している。
「じゃ、まずはリスト関係無しに知ってる情報からプレゼント☆
最近部活の予算で色々問題になってる話知ってる?」
確か、今年は学校全体の予算が少なく、分配しても雀の涙だったって話だっけ。
そこで一度回収して新たに分配方法を考えているとか。
「予算総取りゲームってね」
なるほど。
分配できないなら自分たちで決めろってか。
「しかし女子高に似合わず好戦的な……」
「女子高だからこそ遠慮もない気がするけど」
それもそうか。
けど、部活対抗?
公平な勝負なんてできるのか?
「その辺はまぁ集めてくるよ。とりあえずこのリストの人たちをイジるなら部活に入るべきだね」
今更?
もう2年生なんだけど。
正直言うと少し面倒臭い。
「だって部活に入ってないとその辺りイジれないでしょ。
それぐらいは自分でなんとかしなよ。あたしはこのリストの人たちについて調べてくるから」
せめてどの部活が狙い目かぐらい教えていけばいいもんを……。
金返せ。
はぁ、自分でも情報収集か。
面倒だけど、まぁ仕方ない。
「2年生で、しかも自分で動かしやすい部活……」
狙うなら廃部寸前のところか……。
そのうえ教師の目の届きにくいところ。
……文化部だな。
この時間ならまだ大抵のところが動いているはず。
職員室で先に聞き込みしてもいいかもしれない。
「失礼します」
ガラリと職員室を開けると、ひんやりとした空気が体を包む。
もうクーラーなんて点けているのか。
まだ梅雨だというのに、早すぎやしないか?
「あら、城之内さん?」
職員室の入り口近くに座っていた教師が声をかけてきた。
担任の吉沢だ。
二十代後半の学内にもファンがいる可愛らしい先生、らしい。
私はあまり好きじゃない。
「どうしたの?優等生のあなたがここに来るなんて珍しいわね」
確かに。
問題も起こさず、勉強熱心でもない私だ。
ここに来るとすれば誰かに何かを頼まれた時ぐらい。
「何か部活に入ろうと思いまして」
「まぁ!嬉しいわ、城之内さんにもやる気があったのね!」
どうなんだ、その言い方。
私が本当に真面目な生徒なら今のセリフでやる気を無くしていると思うんだけど。
「あ、ごめんなさい。あなたってあまり何かに燃えるタイプには思えなかったから……」
まぁ、実際そうだけど。
学業、スポーツ、ともに平均点を務めている。
そりゃあ取ろうと思えば満点だって取れるけれど、そんなことしたら目立つし。
「文化部って何がありましたっけ」
「ちょっと待ってね」
吉沢はある棚に向かうと、ペラリとした紙を持ってきた。
「これが文化部のリストよ。何か気になるものはある?」
ふん、多いな。
そりゃ分配すれば少なくなるってもんだ。
「生徒の少ない部活ってありますか」
「あら、そんな選び方でいいの?」
「あまり人の多いところだと馴染めるか不安ですから」
そう曖昧に笑ってみせると、吉沢はそうねと笑い返した。
「じゃあ、宣伝みたいで悪いけど」
見せられたのは新入部員募集の張り紙。
「私はこことバレー部を兼任しているのよ」
「はぁ」
まぁ運動部よりはマシか。
それにしても”演劇部”ねぇ。
普通そういうのって人気なんじゃないの?
疑問が顔に出ていたのか、吉沢はニッコリと解説を始める。
「うちの演劇部って今まで厳しかったらしくてね。
今年から私が担当することになって完全に放任状態なんだけれど、部員も一人なのよ」
今までが厳しすぎて部員も入らないようになったのか。
だけど、一人?
「その子以外は名前だけ貸してもらっているみたいでね。
幽霊部員ってことよ。一人じゃ寂しそうだから、あなたが入ってくれると正直助かるわ」
あなたが、というより誰でもいいんだろうけど。
まぁ、いい。
一人なら楽なもんだ。
今回ばかりはこの教師にも感謝してもいいだろう。
「吉沢先生、ありがとうございます」
「いいえ。今日も一人で部室に居るはずだからさっそく行ってみたらどうかしら?」
ふん、けど今日さっそく行くのもな……。
どうせならその子についてもバンちゃんに情報を掴んでもらってからでも……。
……一人、か。
つけいるには簡単か。
よし、やっぱり今日行ってしまおう。
まずは良い顔してやっても問題ないだろう。
私は職員室を出ると、少しだけ楽しげに演劇部の部室に向かった。