--sakura--
逃げられたかな。
乙音ちゃんは大丈夫だろうか。
「…咲等さんですよね?」
「美月」
だいぶ逃げた場所で、美月に手をとられる。
さすがに顔見知りにはバレちゃうか。
そう、私が考え付いた作戦なんて単純すぎるもの。
髪の色、身長、声、顔の大きさ、結構似てるからいけると思ったんだけど…。
「髪、長いストレートロングなのに切っちゃったんですね…」
美月にさらりと髪を撫でられる。
帽子の下に隠していた長い髪はばっさりとあの場で切ってしまった。
服を全て交換して、私は髪を切っただけ。
それでも会長さんとか他人は結構騙せたみたいだ。
あの目立つ帽子のおかげでかなりうまくいってる。
違和感に納得したのか、あーやがうんうんと頷いた。
「やっぱり咲等かぁ。違和感あったんだよね
今思い起こせばあの咲等は乙音ちゃんだったんだね」
「そういえば咲等さんにしては大胆…というかとてもスキンシップが多かったですね」
「え…」
乙音ちゃん、私の格好で何したんだろう…。
すごく気になるけど…今の私は乙音ちゃんだから頑張ってそれらしくして逃げなければ。
「それにしても、乙音ちゃんはニャヒルと会えたかなー?」
「変装の完成度が高いので大丈夫ではないでしょうか?」
「それより問題は私たちだよね」
「逃げるだけならなんとかなるよ!」
「咲等、変な自信つけたね…」
--mayu--
痛みも薄れてきたなぁ。
でも結構限界近いや。
「真由、辛そうね?」
「お互い様」
ボウガンをセットする。
第二の武器は、ボウガンだった。
矢は私自身の魔力。
セットできるのは一度に5本。
リロードする度に激痛が走る。
あと何本が限界かな。限界が来ても、止める気ないけど。
ライフウェポンの第二は具現化するだけで魔力を大量に使う。
無尽蔵の矢、とはやっぱりいかないか。
「…ねぇ、真由。どうして邪魔するの?」
「?」
今更話し合い?遅くない?
「乙音ちゃんが握った情報は、あなたにとってもマズイことでしょう?」
あんたの父親ほどじゃないさ。
「私は、あなたのためにも、隠し通すべきだと思うわ」
私のため、だって。
気持ち悪い。
「私生児だなんて知られたら真由だって…」
「今更」
ほんと、今更。
もうこれ以上落ちぶれたところでもはや私には何の問題もないさ。
物心ついたころには、お母さんと二人暮らしだった。
「母さん、絵本に書いてある『おかえり』ってどういう意味?」
「自分のところに帰ってきてくれてありがとうって意味よ」
お母さんは身体が弱くて、炊事洗濯掃除何もやってくれない。
でもお話は聞いてくれる。
帰ってくると寝てるから、おかえりだって言ってもらったことない。
でもお母さんは作ったご飯を食べると美味しいと笑ってくれた。
お母さんはたまにやってくるお父さんが大好き。
二人がニコニコしてるのを見るのが、私は大好きだった。
お母さんが死んで、一人っきり。
家は立派で、お父さんがお金をたくさんくれる。
でも一緒には住んでくれない。
「父さん、どうして一緒に住んでくれないの?」
「お金が足りないのか?」
そういうことじゃないよ。
小学生になって、お父さんは『隣のお家』に住んでることに気付いた。
隣のお家には、綺麗な母親と可愛い女の子。
そうか。お父さんは忙しいのか。
私だけに構っていられないのだ。
我儘を言っちゃいけない。
二年生になって、自分が私生児だと知った。
お父さんは認めてくれないみたいだ。
孤児院に行くべきなのかと聞いたら、「後見人ではあるからここにいなさい」と言われた。
つまり、面倒は見てくれるらしい。
それでもお父さんはお金を渡しに来るだけだった。
なんだか面倒な小学校の手続きとかは全部お父さんがやってるみたい。
小学4年生になって、隣の家に住んでいる女の子と仲良くなった。
同い年で今年は同じクラス。
なんでも出来るスーパースター。
みんなから大人気なんだ。
誇らしい。
お父さんが一緒なら、姉妹なのかな。
「お姉ちゃんって呼んでもいい?」
「?、変な真由ー」
麻奈は知らないみたい。
お父さんに聞いてみると、とても怒鳴られた。
二度とそんなことは言っちゃいけない。
「真由はどうして一人で住んでるの?」
「お母さんが死んじゃったからね」
「お父さんは?」
「帰ってこないよ」
「どうして?」
「さあ?」
その頃になったら、大体事情はわかった。
私は父が不倫して生まれた子ども。
そして麻奈が本妻の子ども。
それにしたって不倫相手を隣の家に住ませる父の心がわからない。
神経死んでるんじゃないの?
後から知ったことだけど、父は私が孤児院に行くことで目の届かない場所に行くことが不安だったようだ。
それは私の心配じゃなく、「何か言いふらしはしないか」という不安だったようだけど。
あいつ、バカだ。
でも麻奈は嫌いじゃない。
大事な友達。言えないけど、私の大事な姉妹だ。
「真由、遊ぼう!」
麻奈のお家に呼ばれると、必ずおばさんににらまれる。
そしてたまに麻奈がいない隙を見てボコボコにされる。
顔には何もしない。
麻奈が気付くから。
そうして身体だけボロボロになってお家に帰る。
一人で手当てして、一人でご飯食べて。
他人の母に殴られるのは、DVのうちに入るんだろうか。
小学6年生で麻奈が真剣な顔をして家に来た。
「…お父さんとお母さんが喧嘩してるの聞いちゃった…」
父より先に、麻奈が私を認知した。
「これからも、友達でいてくれる?」
「うん」
だって私は知ってたもん。
今更。
「真由、お姉ちゃんって呼んでもいい?」
「誕生日は麻奈のほうが早いよ」
そう言って笑うと、やっと麻奈も笑った。
良かった。
「中学校はね、ここ受けよう」
「私も?」
「うん、寮で生活できるんだって!真由と一緒に暮らせるわ!」
麻奈がそう言って笑うのが嬉しくって簡単に頷いた。
中学校に編入すると、麻奈はたちまち大人気になった。
あとは前の回想と一緒。
そう、いつだってこの親子は、今更なのだ。
守るフリをして、何もかもを邪魔してくる。
「麻奈ってさぁ、父さんのこと嫌いでしょ?」
「当たり前でしょ?」
「私は案外、嫌いじゃないよ」
辛かったのは、父親に認められないことじゃない。
辛かったのは、おばさんに殴られたことじゃない。
辛かったのは、麻奈が何も知らないことじゃない。
結局、この家族は何も関係なかったのだ。
私の心がくすぶっているのは、もっと違うもののせいだ。
「父さんに迷惑がかかろうが、かからなかろうが、どうだっていいんだ」
「…あなたがしていることは間違いなく迷惑のかかることだけど?」
麻奈が恐れているのは、私が父の娘だとわかり、父が怒ること。
それが広まり、父の評価が下がること。
私が私生児だとわかり、周りから差別的な目で見られること。
どれもどうでもいい。
っと、ダメだ。もう数発しか打てない。
これをミスったら、麻奈に倒されちゃうな。
「自由にさせてよね」
麻奈を倒したいのは、そういうことだ。
目の前をいつまでもチョロチョロされるのは目障りだった、と。
私の望みは一つだけ。
「それがあなたの望み?」
「いや、望みは別。そのためには麻奈が邪魔なんだ」
「…邪魔、か…」
そんな寂しそうな顔をしないでほしい。
別に近寄るなって言ってるんじゃないんだ。
麻奈のことは大好きだ。
でも、違うんだよ。
距離を詰めて、ボウガンにありったけの魔力を入れる。
これが、最後。
「私はただ、『おかえり』って言ってくれる人が欲しかっただけなんだよ」
家に帰って、お母さんは寝てる。
家に帰って、一人ぼっち。
寮に帰って、一人部屋。
身体がボロボロになっても誰もいない。
雨の中、倒れてても誰もいない。
寂しいってことを知らなかっただけ。
愛梨とパートナーになって初めてこの感情の名前を知ったんだ。
麻奈がガチガチに周りを固めるから、誰も深くまで立ち寄ろうとしてくれない。
でも麻奈はおかえりなんて言ってくれない。
友達として大好きだ、良い友人だと思ってる。
でも、家族にはなれないから。
私が欲しいのは、家族。
帰りを待ってくれる人。
一度でも、一度でもいいから麻奈を倒せたら、もう一人でも大丈夫だから放っといてくれる?
守らなくていいから。
近寄ってくる人間を端から奪わないでほしい。
トリガーを引く。
これで…終わればいいな。
「会長!!!!!!!!」
渾身の一撃は、愛梨の体に撃ち込まれ、続いて目の前が真っ白になった。
あぁ、麻奈にやられたか。
愛梨の存在忘れてた。
まさか身を挺して麻奈を守るとは。
「…ごめんなさい、真由」
今更。
全部諦めた脳裏によみがえるのは、咲等の顔。
-あ、おかえり真由-
初めて言われた『おかえり』。
あの瞬間に、守るって誓ったのに。
約束、守れなくてごめん。
嬉しかったのに、何もしてやれないなぁ。
ごめんね。