--mayu--
雨が止まない。
体にはいくつかの傷跡が残る。
そのいくつかが疼く。
「雨、止まないねぇ」
「会長、濡れてないかしら」
「…5回目」
「なにが」
「愛梨が30分の間に『会長』って言った数」
つまらない。
麻奈の周りに人が集まるのはいつものことだ。
自分はそれが嫌ではないし、でも楽しくもない。
ただ暇なだけだ。
「麻奈の何がいいの?」
「…そうね、あなたと違って賢いところかしら」
愛梨はおもしろい。
みんな麻奈のことを好きだと思っているけれど、愛梨ほど麻奈に執着している人間はいない。
麻奈に振り回されてあたふたしている姿は私から見ても面白いものだ。
「あなたはなんでここに居るの」
「麻奈がゼリーをくれるって言うから」
「あなたの頭の中にはお菓子しかないの?」
それしか楽しいことがないんだから放っといてよ。
美味しい、だけは裏切らない。
麻奈と一緒にここの中学校にきてから数か月後、麻奈は生徒会長とやらになった。
いつの間にやら取り巻きもできた。
中でも麻奈には一人、お気に入りがいた。
「重里愛梨さんよ。愛梨、こっちは私の幼馴染の真由」
「よろしくー」
「…」
無視された。
麻奈を好ましく思ってる連中からしたらやっぱり私の存在はおもしろくないらしい。
その刺激が少し新鮮だった私は、愛梨で遊んだ。
「ねぇねぇ、そろそろ休もうよ」
「まだ、あとこれぐらいはしておかないと会長の負担になる」
「体壊したら元も子もないよー」
生徒会室の窓に腰かけてケラケラ笑うと疎ましそうにちらりと目線をあげる。
それが面白くてついつい構う。
風紀委員長も体育委員長も面白いけど、やっぱりこいつが一番面白い。
「愛梨愛梨ー」
「…うるさい」
たまにげんこつを落とされる。
それがなんとなく、嬉しくもある。
いつの間にか愛梨を友人と思うようになっていた。
麻奈とまとめて、守ってやるぐらいはできる。
「ただいまー」
「会長!おかえりなさい」
その犬っぽさはいまだに理解ができないけど。
中学2年の終わりになっても、そんな穏やかな日々が続いた。
少なくとも退屈さはなくなり、なんとなく寮でもたまに鼻歌が歌えるくらいには楽しい。
そんな日々にぼんやりと霞がかかったのはこの頃。
「会長、そろそろパートナーを探してください」
「えー、嫌よー」
「なんだったら真由でもいいですから」
「私は真由のパートナーは絶対嫌よ」
失礼な話だ。
本人を前にして言うかねそれを。
まぁ確かに麻奈から頬に洗礼を受けるのはちょっと気持ち悪い。
「…まぁ、真由に会長のパートナーが務まるとは思えませんけど」
「なんだとう?」
愛梨の頭をぐりぐりやると、痛いと怒鳴られた。
むぅ。
「そういう愛梨はどうなの?」
「…」
「パートナー、欲しいんでしょ?」
「まぁ、一応」
あぁ、って思った。
愛梨がやけに麻奈を急かすのは要はそういうことだ。
愛梨は、麻奈のパートナーになりたいんだ。
「真由はどうなの?」
「んぁ?私?」
「んぁって…」
話を振られると思っていなかったから変な声が出た。
「私も、ほしいかな。パートナーは」
「あらじゃあ愛梨と組んだら?」
「私が嫌です」
麻奈ってば空気読めないなぁ。
いや、待てよ。愛梨が本気でアタックできないのは私のせいか?
「おっと!そういえば!」
「なに?」
「寮でやりたいことがあるんだった!私先に帰るわ」
シュビっと手をあげて、生徒会室を出た。
これからはあまり生徒会室に来ないほうがいいか、なんて考えてた。
「どうして最近、生徒会室に来ないの」
夏。あれから数カ月たって中学3年生になっていた。
来ないのって言われても。
「真由が居ないと、会長が真由に会おうとして仕事をサボるの」
はいはい、悪うござんしたね。
麻奈を取られたからって拗ねないでよ。
「もともと私は生徒会の人間じゃないんですがね」
「会長の幼馴染でしょう」
幼馴染だと傍にいなきゃいけないの?
「愛梨ってさぁ」
「なに」
「なんで麻奈と契約しないの?」
「…会長がしたがってないから」
「ふぅん」
愛梨なら麻奈も許すと思うけど。
麻奈はそれくらいには愛梨を気に入ってる。
小さい頃から裕福で何も必要としてないあいつでも気に入ってる気に入らないの分別ぐらいはある。
「とにかく、あなたが来ないと生徒会が機能しないの」
「知ったもんか。私は生徒会じゃない」
「なら、生徒会に入れば?」
「…うぇ」
「確かにあなたの風体とは合わないけど…」
縛り付けられて机でガリガリ書類サインにハンコ。
嫌だ嫌だ。
ふとおでこに触れられる。
「また怪我してる」
その手は、いつか麻奈にも同じことをするんだろうか。
今も、してるんだろうか。
「気付かなかった」
これぐらいなら既に痛いっていう感覚は無い。
無茶して戦うスタイルはもう変えられない。
魔力による痛みはかなり薄れてきてる。
痛いという感情がそもそもなくなりかけてきてる。
もう何をされても変わらない。
「はい」
差し出されたのは絆創膏。
「用意いいねー」
「あなたが自分で持ち歩かないからでしょう」
「どーもどーも」
「…ねぇ、パートナー作らないの?」
なんだね、急に。
「別に、気になっただけ」
…変なの。
もやもやは形になって私を襲った。
愛梨が少し躓いただけだ。
でも、麻奈が愛梨を抱きとめるのを見た。
なんでか知らないけど、逃げ出した自分がわからない。
ショックを受けてる?私が?
次の日の体育は、模擬試合だった。
高校になるとミッションがあるから、いまのうちに慣れておけっていう。
「真由、やりましょー」
麻奈と二人で助け合ったことはあったけど、やりあったことはない。
今までそれを断るのは暗黙の了解だった。
いつも軽口として誘う麻奈に私は…
「いいよ、やろっか」
もやもやしていたんだ。
小さな頃からのもやもやが爆発したみたいだった。
全力を出して応戦して、物の見事に負けた。
麻奈にももちろん全力は出させたけど、麻奈は無傷だった。
血を出しても尚食い付く私はいつの間にか<血染めの獅子>っていうあだ名がついた。
負けて咆哮する姿はまさに獅子だったとか。
医務室を出て、教室に座る。
カラリとドアが空いて、一番見たくなかった顔が覗く。
「何しに来たの、愛梨」
笑いに来たって言ったらいくら愛梨でもぶっ飛ばすぞとか思ってたのに。
「私と契約して」
あぁ、ついにこの日が来たかと思った。
愛梨は私に目をつけた。
麻奈が信頼して全力で戦うことができる私を、愛梨は信頼した。
一緒に麻奈を守る盾として、私に目をつけた。
もういいや、それでも。
わかったのは、仲間ハズレが寂しかったということだ。
結局私が嫌だったのは、愛梨と麻奈が私を見ていないこと。
少しでも自分に目を向けてくれるなら。
「いいよ。おいで、愛梨」
契約を結んでも、愛梨と麻奈の邪魔はしなかった。
小さな
頃からそうだ。
何かの邪魔はしたくない。
せめて少しでも存在を否定されないように。
自分の心の負担を軽くするように。
ミッションは全部一人で受けたし、愛梨にはミッションがあることを知らせなかった。
知られても、覚えがないと伝えた。
全部、自分でやる。
そして高校になる前に、引き継ぎ式があった。
そこで噂があった。
麻奈が、愛梨と契約を結ぶつもりだと。
見るつもりはなかった。
でも見てしまった。
壇上で二人が近寄るのを。
頭にカッて血が上ったんだ。
捨てられたくない。
壇上に飛び入って、無理やり愛梨に口付けて本契約を結んだ。
終わったら愛梨にビンタされて、生徒会役員たちに引きづり下ろされた。
そして半ば公開処刑という形で麻奈と再戦。
雨が降っていた。
ここだけは譲れないという形で全てをかなぐり捨てて戦ったのに、負けた。
大の字にグラウンドに倒れた自分を「やっぱりな」と思ってみた。
悲しくはない、寂しいだけだ。
人の目線より、雨が冷たかった。
結局私は、こういう時に傘を差し出してくれる人が欲しかったんだ。
それは愛梨じゃないし、麻奈でもない。
部屋に戻ると、冷たい自分を迎え入れてくれる人はいない。
子どもの頃も、家には誰もいなかった。
私の望みは昔からたった一つ。
これだけは妥協してはいけない。
妥協したら、そのときは本当に【私という存在】に意味がなくなるときだ。
昔のことを思い出しながらミッションを終えて、咲等の部屋に立ち寄る。
咲等がいると、暖かい。
咲等は私に似ている。
優しい性分は似ていないけど、小さな頃、きっと似たような境遇だったんじゃないだろうか。
「あ、おかえり真由」
「咲等」
「なに?」
「これをあげよう」
「?」
咲等にあげたのは小さな魔道具。
購買で売られているちゃちい物だ。
契約を結んでいない相手と同盟を結ぶときに使う。
つまり【針千本】の役目がある。その名もまさに【針千本】という商品です。
これを渡した人間は、渡された人間を裏切れない。
「これ腕輪?」
「腕にでも付けといて」
「はぁ」
「外しちゃダメだよ」
ニッと笑いかけると、「変なの」といいつつ咲等はさっそく身に付けた。
それを確認してから、私は冷蔵庫に買い足されていたゼリーを拝借した。