--???--
最初はなんてことなかった。
アレはあぁいうモノ。
自分には決してなびかない人の家の猫みたいなものだった。
「愛梨〜、ちょっとは休もうよ〜」
「ダメ。会長が休んでる分私が働かないと終わらないでしょう」
訂正、もしくは犬。
欲しいものなんてなかったし、持ってるものも無かった。
望みはあったけど、当分叶うとも思わなかった。
だから学校全体に興味がなかった。
暇をつぶして過ごす日々は小さい頃から変わらない。
--sakura--
「ねぇ真由、『血染めの犬』ってなに?」
「獅子だってば」
人の部屋の毛布に包まってる姿は完全に犬だよ、真由。
「なんだ、ニャヒルとか乙音ちゃんとかから聞いてないの?」
「何を?」
聞きかえすと、「なんだ本当に何も聞いてないのか」と真由は頬を掻いた。
「私が戦うと大体怪我するんだよ」
「あー…」
なるほど。
そういう真由の顔には今日も絆創膏がある。
「魔法は傷つかないんでしょ?」
「私が魔法を使わないから逃げるときにガラスに擦ったり地面を転がったり草で切ったり…」
いたたたた。
「だから『血染め』なの」
「なるほど〜。っていうか真由、それ私のゼリーだよ」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
「いや減るよ!?」
あとでちゃんと買い直してよねまったく…。
「それで、なんで犬なの?」
「獅子だってば」
どっちでもいいけどなぁ。
「最初は金色に光るから獅子だったの!」
魔力光のことかな?
私は桃色。
美月ならパープル。
会長さんと副会長さんは青だったなぁ。
なるほど、確かに魔力を纏う姿はライオンに見えなくもないかも。
「それがなんで犬になったの?」
「それは言いたくない」
あ、ひどい。
「おっと、時間だ」
「あれ?なにか用事?」
こういっちゃ失礼だけど、真由が用事なんて珍しい。
「2年生だってミッションがあるのだよ」
「逃げてない?」
「わっはっはっ!」
さすが真由というかなんというか…。
真由は逃げるのが上手い。
これは1年生の頃から色々な物から逃げ続けた結果なんだって前に言ってた。
…でも何から?
「咲等ー」
「ニャヒル」
真由と入れ替わるようにして入ってきたニャヒル。
新聞部はもう終わったのかな。
「何してんの?」
「真由とお話しながら洗濯物を畳んでたー」
「お前…だんだん所帯染みてきたな…」
いいじゃない、女の子なんだし。
それより何の用だろ。
「いや、用はない」
「…ニャヒル、最近暇があるとここで寝てるよね」
「一人より二人の方が安全じゃん」
「乙音ちゃんのとこ行きなよー」
「いやだ、乙音はうるさくて寝かしてくんない」
確かに。
前に特訓終わりに乙音ちゃんの部屋でみんなでザコ寝ってなった時に乙音ちゃんだけがいつまでも楽しそうにおしゃべりを続けていたことを思い出した。
良い子なんだけど、まぁ元気すぎるというかなんというか…。
「お、真由来てたのか」
「あれ、どうしてわかったの?」
「いつも買い置きされているゼリーがない…」
ニャヒルも食べようとしないでよ。
あれは私の数少ない贅沢なんだから…。
「そういえば、真由といえば」
「んん?」
「ニャヒルは知ってる?」
「何を?」
「真由の通り名の理由」
「あー…」
ニャヒルは少し言いよどむと、へにゃりとへたり込んだ。
「真由から言ってもいいよって言われてはいるけど…」
「じゃあ知りたいな」
「うーん」
言い辛い、とぼそりというとニャヒルは私の手を引いて部屋に出た。
「どこ行くの?」
「まぁまぁ…」
連れてこられた場所は学校の中庭。
…が、よく見える廊下。
しかも私たちはとてもこそこそしている。
そしてなぜか…。
「ニャヒル〜、私お腹減った〜」
「乙音さんお昼食べてませんから…」
乙音ちゃんと美月もいる。
「あたしより内部生で事情をよく知ってる二人が説明してくれる」
と言って。
「そろそろだよ〜」
乙音ちゃんの言葉を機に中庭を覗きこむ。
そこにはさっきミッションだと出て行った真由が居た。
腕時計から目を離すと、目の前に来た人を見据える。
『…いらっしゃい』
何のミッションだろう。
相手は3年生っぽい。
「今日の真由さんのミッションは<中庭警護>だよ」
中庭を?
乙音ちゃんは凄いよねぇと続ける。
「ま、事実上は挑戦者待ち?」
「なにそれ」
「真由さん学校のNo.2だもん。生徒会長さんに挑戦する前に真由さんとやろうって人はいっぱい居て、真由さんもそれをミッションとして学校に認めてもらうことで受け入れてるの」
「なんで?」
「じゃないと会長さんが多忙になるから」
なるほど。
「真由は良い人だね」
「んー、見てる分には少し痛ましいけどね」
痛ましい?
「真由さんのその努力を知ってるのは会長さんだけだよ。
生徒会の人たちはそれを全然知らないの」
「真由さんは不器用ですし、人の称賛はどうでも良い人ですから、全く気にしてないんですけどね」
ふぅん…。
「それで犬?」
「いや、それはまた別」
「んん?」
ニャヒルはよく知らないけど、と続けた。
「真由がNo.2って知れてるのは全校生徒の前で二度も生徒会長に負けてるからなんだよ。
他に二人に勝てる人もいないし、No.2」
見たことないけどな、と。
そっか、もしかしてそれで二人を連れてきたの?
「真由さんは精神的にも負けたって言われてます」
美月を見ると、ちょっと悲しい顔して笑った。
『ミッション、間に合わなかった…』
『愛梨』
轟音が止んで声が聞こえてまた中庭を覗き見る。
今度は副会長さんのお出ましだ。
『なんで、呼ばないの』
呼ぶ?
「副生徒会長さんは真由さんのパートナーです」
え、うっそぉ。
「だって仲悪いって…」
「パートナーだから仲が悪くなってっていうアレもあるけどな…」
アレ?
「真由さんは無理やり副生徒会長と契約したんです」
え。
えぇぇ。
「そ、それはマズいよ真由…」
「なー、ひっどい話だ」
「あれ、それ真由さんから聞いたの?」
乙音ちゃんだけがきょとんとしている。
「ん?」
「なんだ、乙音はなんか違う話を知ってるのか?」
「うん、違うよー。私全部見てたもん」
見てた?
「真由さんが無理やりしたのは本契約。
仮契約は副会長さんからだよ」
えっと……。
「つまり?」
「仮契約は合意で、本契約は真由さんが一般生徒の前で無理やりしたの」
…んーっと。
「…なんで?」
「会長さんに取られそうになったからだよ」
つまりはこうだ。
もともと仮契約としてパートナー関係を結んでいた真由と副会長さん。
けど会長さんと副会長さんが中学から高校にあがる生徒会引き継ぎ式の際に、仮契約しそうになった。
そこで焦った真由が無理やり副会長さんと本契約を結んだ、と。
「そして真由はたくさんの生徒の目の前で痛烈なビンタを食らったらしい…」
「うわ…」
痛ましい。
あ、それでそんな真由が会長さんを守ってるのが痛ましいってさっき言ってたのか。
なるほど。
「それ以来真由さんと副会長さんはお互いに避け続けてるんです。
一番謎なのはそれでも飄々としてる会長さんですけど」
確かに。
あれ、でも他の人と仮契約ってできるものなの?
「仮契約は上書きシステムなんだ。
例えば今ここであたしと咲等が仮契約すれば、咲等と美月、あたしと乙音の契約関係は破棄される」
「え!やだ!」
「バカ乙音、やらないっつの」
うん、私もやだ。
美月を見ると、困った顔された。
美月も私と離れるのは少しでも嫌だって思ってくれてるのかな。
だったら嬉しい。
『ミッションがあれば教えろって伝えたでしょう』
『伝わってないな』
『風紀委員長に頼んだはずよ』
『じゃあ風紀委員長がサボったんだな』
『あの人はそんなことしない』
真由、面白くなさそう。
副会長さんも、真由も、お互いをどう思ってるんだろう。
そういえば、美月は私をどう思ってるんだろう。
パートナーとして期待されてるところしかまだわからないんだ。
本契約なら、簡単には解けないらしい。
私もいつか美月と本契約するのかな。
今はまだできない気がする。
「で、その後に生徒会長さんと二戦目。ものの見事にボロ負けだってさ」
「ボロ負け…」
「そ、だから負け犬。…で、合ってるよな、乙音?」
「うん、そうだよー」
グラウンドで、堂々と負けた真由は誰の手も借りずにただ雨に打たれて倒れていたらしい。
『…終わったし生徒会室帰ったら?』
『ふぅ…そうね、やることはたくさんあるし、会長も待ってるし』
副会長さんの中では、会長さんが一番なのかな。
でも、ならどうして副会長さんは真由と契約したんだろう。会長さんじゃなくて。
やっぱり、本人から話を聞かないとわからないことばかりだ。