Lily memo %



第十二話 後編



--tao--


こういうとき、日本語でどういえばいいのだろう。



「なんてこった……」



真由さんがよくわからない言葉を呟いた。
授業参観なるものが始まった今日。
学校全体がピリピリとした空気を保っていた。
辻斬り対策に配置された私達、いや、学校にいた全員が唖然としている。

「真由!!」

最初に動いたのは愛梨さんだ。
いつもなら生徒会の人間が来たら避けるのだけれど、今はとにかくあの人を守ることを優先しなければ。
どうしてこんなことに。
時間は少し遡る。




















有志の人間が朝早く生徒会の指示で体育館に集まった。
学校で開かれる授業参観の警備のためだ。
特に学校のために動く必要はないけれど、こういった緊張感を持った仕事は良い鍛錬になる。

「お姉さんはタオが参加するとは思わなかったなぁ」
「誰がお姉さんですか」
「生徒会は避けてるんじゃなかったの?」

避けている。
確かに。
否定はしない。
前をキッと見据えると、語る美月さんの隣で粛々と立っている友人たちがいる。
自分には内心に渦巻く戦闘心が見える。

「やっぱり……」

この学校にはたくさんの人間がいる。
隣に居る自称お姉さんのように生きるために戦っている者もいれば自分のように義務として戦っている者もいる。
あの二人はこの学校に一番多い厄介なタイプだ。

「バトルマニア」

ぽそりと呟いたのは自分の口ではなかった。
驚いて隣を見ると、真由さんが薄ら笑いを浮かべながら自分と同じモノを見ていた。

「あの二人ってそんな感じ」
「……どうして」

わかったのかと問おうとして止めた。
この人は闘争心を見抜いたわけじゃない。
二人の仕草と目で見抜いたのだ。

ロコの元生徒会長への射抜くような目線。
いつでも水晶を取り出せる位置にある手。
智子の有志の生徒に対する無駄な威圧。
威圧への反応を見て誰が強いか探っている。

やはりこの人は侮れない。
今だってまっすぐ前を見ながら私を監視している。
場が緊張しているんじゃない、私が緊張させられているんだ。
ふと、緊張感が緩む。

「タオ、真由」

あぁ、この人が緩和したのか。

「咲等」
「遅れてごめん」
「寝癖ついてる」

威厳のイの字もない人だ。
この学校でそこそこ強い位置にいるのに殺気や威圧感がない。
隠されているのでも気付いてないわけでもない。

無いのだ。

一時の感情に身を任せるタイプでありながら、その感情の流れに限界が見える。
セルフコントロール出来すぎている?
いや、でもそれならそもそも感情に身を任せたりしない。
わからないことだらけだ。

「ん?そんなにじっと見てどうしたの?」



あと、この子ども扱いは気に入らない。



「なんでもありません」

どうしてこの人は私と話そうとするとき屈むんだろう……。
確かに私は小さい。
けれど美月さんも小さいはず。
あの人と話すときこの人は屈みはしない。

「タオはどこの警備に当たるのかなぁ」
「……知らせたからといって一緒には行動できないでしょう」
「咲等はね」

真由さんはニッと笑うと自分を指差した。

「確かに、真由さんならフリーでしょうが」
「不満そうだね」
「守っていただく必要もありませんので」

この学校で負けることはないだろう。
勝つことはないけれど、負けることもない。
それはなんとも歯がゆい。

「まぁ、1年生は楽そうなほうにいかされるよ」
「それはそれで不本意ですが」
「いいじゃん、後からどんどん嫌なほうに回されるんだし」
「そういう問題ではありません」

1年生だから、という理由で弱いと判断されるのは嫌だ。

「ふてくされない、行こう」
「またね、タオ、真由」

咲等さんは逆方向へ走っていった。
きっと美月さんから配置される場所を聞いていたんだろう。
迷いのない走り方で思わずついていきそうになる。
私たちも配布されたプリントに記された場所に急いだ。
場所は授業参観が行われる場所の隣の詰所。
講堂にたくさんの父兄、それから一部の生徒。
今回は父兄の来ない生徒のみが有志として参加できるようになっていた。
……まぁ、つまり私達は、なんとなく悲しいというか。

「不毛、というのでしょうか」
「合ってるよ。えらいえらい」

講堂には元生徒会長や愛梨さんもいる。
ニャヒルさんや乙音さんも。
新聞部としては外をうろうろしたかったらしいけど、両親が来たのであればしょうがない。
強制参加なのだし。

「さて、暇だなぁ」
「これだけ人数が多いと、何かあったとしても私達が動く必要はないでしょうね」
「って、全員が思っていたら危ないよね」

確かに。
この人の発言は人の嫌なところをきっちり押さえてくるから気分が悪い。

「緊張感を養うっていうのはそういうことだよ」
「養う……」
「仲間の空気は無いものと思おう」

難しい。
どうしても付き纏う安堵感や期待を拭いきれない。

「咲等には教えちゃいけないけど、タオになら教えてあげられる」

真由さんはゆっくりと口角を上げると、目線を鋭くした。
ざわざわとしている部屋で二人の間にだけ静寂が生まれる。

「気配の消し方は知っているね?」

気配を消すことは自分の存在を消すこと、とこの学校は教えている。
私の国、いや、私の習った武道では違う。
気配を消すことは自分がその空気と同じになることだ。
消えるのではなく一緒になる。

「よしよし」

頭を撫でられてつい払いのけそうになった。
今は自分の感情を持ってはいけない。
意志はもっていい、感情はダメだ。

「タオは自己暗示の仕方も知っているんだ」

少し悲しそうな顔で言われた。
気配を消すことも自己暗示も、この学校ではできない人間が多い。
教わっても理解ができないのだ。
私は小さな頃から自分の国でそういった『上級の基礎』と言われるものは教わってきた。
それはこの国では褒められたことではないのだろう。
私の国では当然のことだっただけで、そんな顔をされる筋合いはない。

「怒らない怒らない。感情はなし」

……なぜこの人に指摘されると苛立つのだろう。

「さて、気配を消して一つ気付くものがあると思う」

ピンと張り詰めた糸のような空気に引っかかるものがいくつかある。
その中でも一際強く糸を弾く感覚。
これは、おそらく。



「生徒会長のものだよ」



まるで大人を威圧するように、子どもを守るように。
そして本人は口に出していないけれど、目の前の人も同じだけの、その、なんといえばいいのだろう。
生命力?
殺気ではないけれど、手を出すなというオーラ。
あの人は講堂にいるはずなのにビシビシと伝わってくる。

「はい、息を抜いてよし!」
「っはぁ」

結構疲れる!
気配を消すということは他の気を知ることでもある。
柔軟にあわせる必要があるのだ。
すごい、汗までかいている。

「あはは、まぁそこまでやる必要はこの学校ではないけどね」
「……でも、そこまで出来れば確実に強くなれます」
「うーむ、強くっていうか、強い人に対抗はできるかな」

それでいい。
弱い人ではなく強い人に勝たなければいけない。
それが、あの二人の求める強さだ。
首を二度振ったあと、私はまた息を吐いた。
今度の息は溜息だ。
もう一度試そうと三度目の息を吐いた瞬間に目の前が白く濁った。




たくさんの、悪意。




敵意ではなく悪意だ。
それは確実に自分を覆っている。
いや、この学校全体を、だ。

苦しい。

辛い。

「タオ、ゆっくり息を吸って」

息の仕方も忘れていた私の肩に暖かな温度が触れる。
その暖かさを頼りにゆっくり息を吸って吐いた。

「う……なんですか、今のは」
「立てる?」

いつも薄ら笑いを浮かべている先輩が珍しく焦った顔をしている。

「ここで待ってて」

短く息をする自分にそう言葉を投げられた。
動いてはいけないと脳が警告を出す。
この悪意は一体?
周りのみんな何も知らずに談笑している。
あなた方は自分より強いのではないのですか、私より上のクラスなんでしょう!?
そう喚き散らしたい気持ちを抑え、これ以上気持ち悪くならないよう廊下へ出る。
講堂の前に数人の生徒会が見えた。
その一番前にあの人が立っている。
私も、と傍へ寄ろうとしてその前に黒い何かが遮った。

「タオ!」

スーツ、だ。
明確にわかる大人の印。
それだけで子どもが怯えるには十分。
条件反射で身を固めた。

「くっ……」

体を襲う衝撃がない。
恐る恐る目を開けると、目の前の人がうずくまっていた。
真由さんに助けられてしまった恥ずかしさと、恐怖で体がすぐに動かない。
更にその後ろに居たスーツで目をむいた。

「真……!」
「なんてこった……」

さっきは白い悪意だった。
今度は赤い。
目の前の人から流れ出る赤に自分の血の気が引いていく。

「真由!!」
「愛梨!ストップ!」

愛梨さんが庇うように動こうとしたけれど、怪我した本人から止められる。

「『私の学校』になにか御用ですか」

元生徒会長が珍しく怒りを露にして静かに前へ出た。
スーツの集団からも一人、代表のような人間が出てきた。
それはスーツというより軍服に近い。



「降伏してもらおう。君達は人質だ」



その手にあるものは銃。
それも本物であることは目の前で血を流している人がいることからわかる事実。

「今居るものは全員、速やかに講堂へ」

敵の行動は素早かった。
講堂を陣取ると、包囲網を張る。
他の場所にいる生徒が何も知らない、もしくは困惑していることに対し、放送で人質がいることを解らせた。

「手際がいいなぁ……、いたた」
「真由、動かないで」
「奇しくも前に撃たれた場所と同じ、か」

銃で撃たれたというのに逞しくも笑う先輩。
どうしてこの人はこんなに元気なのか……。
数時間前の心配を返してほしい。

「まずいなぁ。麻奈が捕まったかぁ」

元生徒会長だけが敵の総大将に連れられている。
現会長が口を出せることなく、マイクは壇上のスーツのものだ。

「会長は大丈夫だけれど、こっちが心配ね」
「もう会長じゃなくて麻奈だってば」
「……しょうがないじゃない。他に呼び方わからないもの」

この人はもう大丈夫そうだな。
パートナーの存在とはそんなに大きなものなのか。
自分の中で諦めと憧れがぐったりと顔を出す。
もう、なんで、今。

「咲等さんは、大丈夫でしょうか」
「美月もあそこで捕まっているから、なんとかこっちと合流するか助けようとしようとはしてるとは思うな」

生徒会は私語すら許されないようで、大人と同様ぎっちりと銃を突きつけられている。
私たちは怪我人もいるせいかあまり警備がきつくない。
それでも何か派手に動けばその銃で射殺されるかもしれない。
先ほど恐怖で動かなかった自分の身体を思うと、情けない気持ちでいっぱいだ。

「さて、どうしようかな」

真由さんはとりあえず応急処置してもらった場所をゆるりと撫でると、ちらりと外を見た。

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