今日も美月は生徒会だ。
それ以外の時間は傍にいてくれるけど……。
「咲等さん、訓練中は煩悩を振り払うこと」
「う……」
煩悩なんだろうか。
美月となるべく一緒に居たいと思うし、美月も……そう思ってくれてる、よね。
「はい、煩悩煩悩」
「ぐふっ」
タオの体術は武器に頼らない。
手全体でドシンとお腹に一発鈍い振動が走る。
痛いというよりしんどい。
「……げほっ、いつも思うけど、お腹に当たると吐きそうになるよね、それ」
「私の基本は勁ですから」
「勁?」
「魔法とも力とも異なります」
タオは構えると、呼吸を整えた。
目の前の木にゆっくりと左手を宛がった。
ガサリと音がして特に強く押したわけでもないのに木が下から揺れていった。
「えーっと……」
「移動する力、といえばいいんでしょうか。日本語では説明が難しい……」
あ、そういえば留学生だっけ。
日本語が上手だからつい忘れそうになる。
「基の説明は難しいですが、結果的に相手の体を震盪させることが多くなります」
「あー、それで重いって思うんだ」
ズシンは慣れないよ、ズシンは。
--nyahiru--
忙しい。
2年生とはどうしてこんなに忙しいものなのか。
「ニャヒル〜!助けて〜!」
……まぁ、相棒のせいというのは一つ置いておいて。
いいんだ、それは。
もう覚悟したことだから。
「先輩、この写真は?メモついてないですよ?」
「あー、それはあっち。乙音が写したヤツだから」
「乙音先輩のってメモが少なくて困るんですけど!」
「ごめんごめんねー!それ魔法で撮ったヤツだから!」
「意味わからないこと言ってないで後でもいいからメモください!」
乙音は早くも1年生たちからどうしようもない先輩扱いされている。
気持ちはわかる、けどみんなそれでも文句を言うだけであるのはとてもいいネタの写真ばかりだからだ。
というのも乙音が例の卑怯な魔法でどんな隔離された場所だろうが良い角度で写真をとるからである。
「あぁぁ、ごめん!もう出るね!」
「あぁ!待ってください乙音先輩!」
「悪い、あたしも出る」
「えぇ!?ニャヒル先輩までぇ!?」
我が部の1年生は元気でいいことだ。
それに比べて……。
「ニャヒルさん、なんですかその顔」
「いや、なんか枯れてるよなぁって」
「うっさい、放っておいてください」
井出瑠卯子ちゃん、1年生。
生徒会と新聞部は切っても切れない関係のようで、割と出入りしても怒られはしない。
……嫌がられてはいるけど。
「ダメですよ、井出さん。ニャヒルさんは私の大事なお友達なんですから」
「そうは言っても……」
美月が諌めると、しぶしぶ目を逸らす。
乙音と違って美月はだいぶ慕われているみたいだ。
その美月はというと、中庭を見てはほぅと溜息を吐いている。
視線の先にいる人物はもちろん、アレ。
「美月、そんなに気になるなら話しかけたら?」
「あ、いえ、気になるっていうわけでは……」
中庭では咲等があの留学生に手ほどきを受けている。
「声をかけると……逃げられてしまいます」
そうだなぁ。
「なんだ、タオじゃん」
「あ、ほんとだ」
1年生二人がひょいと覗き込む。
井出瑠卯子とそのパートナー、明石智子。
「知り合い?」
「知り合いも何も、中等部の頃は同じ部活ですよ」
ほぉ。
なんでも3人揃って吹奏楽部に入っていたらしい。
「瑠卯子ってば気が強いんで、いつもタオのこと泣かしてたんですよ」
「智子だって人のこと言えないでしょ」
あー、タオって気が弱そうだしなぁ。
そういうところも咲等と惹かれあった要因かな。
「で、なんでタオは生徒会を避けてるの?」
お前な。
ズバッと声を出した本人の耳を引っ張りあげる。
「いたたたた」
「乙音、お前には駆け引きってもんを教えてやる」
「いたいいたい!ニャヒル横暴!」
そういうのは聞けばいいってもんじゃないんだよ!
この三文記者が!
「ま、ぶっちゃけ私たち関係でしょうね」
瑠卯子は腕を組むと、タオを見下ろして唸った。
「タオは悩みを溜め込むタイプだから、私たちには絶対言わないですし原因はわかりませんけど」
その目はなんだか見覚えのある輝き方をしていた。
あーあー、これって……。
脳裏に浮かぶのは自分の友人でもあり、アイツの友人でもある超の付く堅物。
「あー……、お前、タオのこと大好きだろ」
「はぁ!?ありえないし!何言ってるんですかぁ!?バッカじゃないの!?」
お前……。
ぐったりと肩を落とす。
美月はニコニコしているし乙音は噴出すのをこらえている。
この反応、スギと変わんね〜。
「そ、タオのこと大好きなのは私ですよ。先輩方」
智子はパチンと軽くウインクしてみせると、自身の唇の端を舐めた。
とても1年生とは思えない色気ですね。
彼女の影響か、最近美月が異様にエロい。
っていうか美月の咲等へのアピールが半端ない。
「まぁ、タオは最近あの先輩にご執心みたいですけど」
つまらなさそうに口を尖らす。
「へぇ、気に入らないんだ?」
「あの先輩すっごい気が弱そうなんだもん」
「まぁ否定はしませんが」
咲等を非難されて美月は少し不満そうだ。
……って認めるんかい!
「そのうえ、なんか腹にイチモツ抱えてそう」
「咲等さんは少し我慢やさんなだけです」
「笑っても暗いよね」
「……薄幸で可憐だと言ってください」
おーい、無理があるぞー。
泥だらけのあいつを可憐とはよく言葉が出たもんだ。
しかも自分でも無理があると思ってるな、その苦笑い。
「とにかく!タオを独り占めなんてムカつく!」
体をぐぐっと伸ばすと智子は咲等にむかってあっかんべをした。
「美月ちゃんはそういう嫉妬はないの?」
乙音、だからお前は駆け引きというものを……まあいい。
あたしもその辺りが気になっていた。
「嫉妬、ですか」
「咲等さんは私のものですよ!……みたいな」
乙音のオーバーアクションに苦笑する美月。
しばらくしてゆっくりと首を振った。
「……私に、そんな資格はありません」
やけに悲しく笑う美月が強く印象に残った。
その後は追求できそうもなかった。
どいつもこいつもいろんなもの背負ってて嫌になるな。
「みんな重いよね〜」
「乙音は軽いよなぁ」
「いいの!私にはニャヒルがいるんだから!」
寮までの帰り道を乙音と二人で歩く。
そういえばついちょっと前まではよく咲等も一緒に帰っていたのに、最近は帰りは別だよな。
美月は生徒会。
あたしらは新聞部。
咲等はひたすら訓練。
どうしてこんなに別れてしまったんだろう。
帰る先は一緒なのにな。
「……ニャヒル、さみしいんだねあいた!」
「くだらないこと言ってないで早く帰るぞ。春だけどまだ寒い」
「はーい。……あ」
乙音の漏らした声で前しか見ていなかった目線をずらす。
げ、行き倒れ。
ミッションで負けたのか?
でもここは学校外だぞ。
「おい、大丈夫かー?」
「怪我はないみたいだけど……」
乙音と二人でおそるおそる覗き込むと、やっぱりというかうちの生徒だ。
名前までは覚えていないけれど1年生のはず。
「ニャヒル、どうしよう?」
「どうするっつったって……」
どうしよ……。
学校内なら生徒会もしくは教師に連絡だ。
ここは外。
学校とは関係ない、か?
いや、うちの生徒ならいいだろう。
「乙音、そっち持って。生徒会ならまだ校舎にいるだろ」
「戻るの?寮のほうが近いんじゃない?」
「学校のほうがいろいろ面倒がないだろ。押し付ける」
「あー」
乙音も納得したのか、大人しく荷物を持った。