Lily memo %



第十一話 後編




「う、腕を、こう、かな?」
「いえ、こうですよ」



ぶんと模擬鎌を取られて振られる。
うーん、こう、かなぁ。

「ちょ、咲等、ちょ」
「咲等ちゃん、待った待った」
「え、なに?」

私今訓練中なんだけど……。
振っていた腕を止めて二人を見ると呆れた顔をしていた。
ニャヒルはともかく、乙音ちゃんの呆れた顔って珍しい。



「なんで後輩から教わってんだお前は」



え、だって、この子のほうが強いし……。

「すいません。やっぱり差し出がましかったですか?」
「ううん、私は嬉しいよ。タオ」

小さな少女はペコリと頭を下げた。
道斯-タオ・スエ-は留学生だ。
もともと自分の国で武術を学んでいたけれど、こちらに渡ってきたのだとか。

「はー、タオはちっちゃいのによく動くなぁ」
「同じちっちゃいニャヒルさんに言われたくありません」
「なんだとー!」
「あはは、二人とも小さいんだからどんぐりの背比べみたいなもんだよ」
「乙音!」
「乙音さん!」

私も同じこと考えてましたっていうのは、内緒にしておこう。
目の前でボコボコにされてる乙音ちゃんの二の舞になる。



「咲等さん!」



あ、ちっちゃいのが増えた。
美月は控えめに走り寄ると、笑顔で見上げてくれた。
うぅ、最近の美月は上目遣いを覚えたみたいですごく可愛い。
思わずふいと目を逸らすと、ずいと攻め寄られて帽子をずらされた。

「生徒会の業務が終わったので今からご一緒してもいいですか?」
「う、うん」

慌てて帽子を戻すと、タオが逃げ出すのが見えた。

「タオ」

小さく名前を呼ぶと、ビクリと動きを止める。
別に責めているわけではないのに彼女はたまにすごく悪いことをしているかのような顔でこっちを見る。



「また、明日」



笑いかけると、少し困ったように「はい」とうなづいた。
黙って手を振っていたら隣で美月が溜息を吐いた。

「……私、嫌われてるんでしょうか」
「そんなことはないと思うけど」

否定しきれないのは、実際タオは美月が来ると慌てて去っていくからだ。

「咲等さんの好きなものは全部好きでありたいと思いますが、こう一方的に避けられては……」
「別に美月のせいではないんじゃないかな」
「そうでしょうか?」

曖昧にうなづいてみせる。
タオはたぶんあまり誰かを嫌いだとかにはならないタイプだ。
言葉は少ないけれどすごく優しい子だから。
たまに悪戯やお茶目が過ぎるところもあるけど本気で嫌がるようなことはしない、はず。
うぅん、ところで美月ってばさらっと恥ずかしいこと言わなかったかな。

「そうそう、美月ちゃんのせいじゃないよ」
「乙音さん」
「タオが避けてるのは美月だけじゃないから気にすんなってこと」
「私だけではない……?」

美月だけじゃなく、美月に関係すること。
そして私に関係のないこと。
……と、いうと。



「生徒会が、嫌い?」



美月の声に二人は深く頷いた。

「タオは真面目だからああいうの好きそうなのになぁ」

タオは真面目だ。
どれくらい真面目かというと、宿題はその日の夜に終わらせる優等生っぷりだ。

「いや、それお前が不真面目なだけだから」
「咲等さん、宿題をその日にやるのは普通ですよ」

うぅ……自主訓練ならやるのになぁ。
椅子に座ってノートを開いた瞬間に意識が……。

「今度宿題を忘れたらデコピンって約束でしたよね。覚えてますか?」

覚えてます。
でも正直美月のデコピンなので怖くないです。
むしろ可愛いから喜んで受け入れます。

「それじゃ罰にならないよ美月」
「どっから沸いて出たゴキ先輩」
「ニャヒル、人を昆虫綱ゴキブリ目に加えないでくれないかな」

いや、本当にどこから出てきたの、真由。

「どうせやるなら咲等が恐怖におびえるようなヤツをやらないと」
「咲等さんが嫌がることはあまりしたくないんですが……」

え、何を考えてるの美月。
そんな嫌がるようなことあるかなぁ。



「宿題しないたびに、咲等の布団に潜り込むとか、さ?」



すいません、それご褒美です。



じゃ、なくて。
一応宿題を投げ出したことはないんだよ?
その大半は「ごめんなさい、わかりません」になることはあるけど、なんとか埋めてるんだよ?

「……それを提案されるということは咲等さんは私が布団に潜り込むと嫌、ということですか?」
「真由が勝手に言ってるだけで違うからね!?」
「じゃあ、嬉しいんですか?」
「え、あ、うん、それは、うん」

あれ、なんで私こんなに恥ずかしいんだろう。
っていうかなんでこんな流れに?



「その子が嫌なんじゃなくて、あなたが嫌なんでしょ、真由」



もうやだこの人たち。
なんで揃いも揃って忍者みたいに気配消して出てくるの……。

「あ、愛梨!?生徒会の手伝いは?」
「そこに現生徒会のアレクサンドさんがいるんだから、私がいてもおかしくないでしょう」

確かに。

「私はあなたの布団に潜り込んだ覚えなんてないんだけど?」
「え、あの、ない、ですねぇ」
「……誰かに潜り込まれたことがある、と」

あ、なんか寒い。
空気が寒い。
隣に立っている美月を見ると平然としていた。
私が見ていることに気付いたのか、ニッコリと笑って耳に口を寄せてくれた。
息が当たってくすぐったい。

「元副会長さんはヤキモチ妬きさんで可愛いですね」

あれって嫉妬なの?
よくわからないなぁ。
でもそう思うとちょっと、可愛い、かも?
最近はそれほど睨まれるわけでもないけど、やっぱり前のイメージがあって私は少し怖い。

「咲等さんは、私がヤキモチ妬きだと嫌ですか?」

ち、近いよ美月……。
うーん、どうだろう。
っていうか美月が何にヤキモチを妬くの?
よくわからないけど、とりあえず美月の耳に顔を寄せる。

「私はどんな美月も可愛いと思うよ」

そう答えると、美月は少し恥ずかしそうに笑ってくれた。
うん、どんな美月も可愛いけどやっぱり笑ってくれるのが一番嬉しいな。

「おい、そこ、目の前でイチャイチャすんな」

い、痛い。
ニャヒル、いたい。
脇腹の筋肉部分は突くと本当に痛いんだよ?
じんわりと痛みが残るんだからね!

「でもなんでだろうな。咲等、お前は心当たりないの?タオと一番仲がいいだろ」

うーん、そう言われても面と向かって話し合ったりとかしたことないしなぁ。
タオは本当に真面目で、二人で訓練をするととても捗る。
一人でも黙々と鍛錬を積む子だ。

「タオのこと、何にも知らないなぁ」
「ふふっ、咲等さんは私のこともそう言っていましたね」
「……私、誰のことも知らないなぁ」

そう言うと、元副会長さん以外が全員噴出した。






























--tao--


心が痛い。
美月さんは悪くないのだと自分でもわかっている。
でも自分が逃げ出すと、決まって咲等さんは少し寂しそうな顔をするのだ。
それが辛い。

「生徒会も、悪くない」

そうだ。
憎むべきは生徒会ですらない。

「悪いのは……」

私はただ校舎を睨んだ。




元々、私は中等部で留学生として元気に学んでいた。
祖国のため、立派に学んで帰るのだ、と。



それは、確かに、苛められもした。
黒い肌、合わせて真っ黒な髪。
小さな身長。
この国とは全く違い、更に華やかでもない。



それでも元気だった。
気にしないと笑ってくれる友人たちと、楽しく部活動に励んだりしていたのだ。



ただ、高校生になるにあたって、問題が生じたのだ。
ただ、それだけ。



悪いのは誰だとは言わない。
でも憎まなければ立っていられなかった。
自分の胃が煮えそうな感覚に、ぐっと手を握った。

「……あ」

しまった。
そういえば咲等さんに返し忘れている。
手には棒との摩擦を考慮して渡された革のグローブが嵌められていた。
私が修練を積んできたのは愛用している胡蝶刀と己の肉体を扱う武術のみだ。
長い得物については知識はあるがあまり使わないと話したら強引に嵌められたのだ。

「返さないと」

そう思うのに足は動いてくれない。
美月さんに関わることを体が拒否する。

生徒会。
異国の血。
低身長。

あの人は、同じ条件であれほど恵まれているのだ。
悔しく思ったってしょうがないじゃないか。
本当は同じ条件だと思うことがおこがましいのだとわかっている。
ただの嫉妬だということも。

「咲等さん」

不思議な人だ。
人の細部に入って来ないくせに、すんなりと溶け込む。
誰の隣に居ても当然だと思わせられる。
そして、自分の隣にも……。
ある意味怖いし、とても安心する。

「……帰ろ」

こんな時間にこんなところをうろついていたら、面倒な人に会うかもしれない。




「タオ?」




……やっぱり。
美月さんと会った時点で本当に早く帰るべきだった。

「ロコ……」

瑠卯子、と発音ができない。
私は昔の友人の名前すら、まともに言えないのだ。
情けない。
堪らなくなって逃げ出す。
最近、こんなことばかりだ。

back to FCmenu
back to top
designed by inertia