眠りはじめた美月に毛布をかけてあげて、少しだけ廊下に出る。
そこにはいつもより険の少ない副会長さんがいた。
「お待たせしました」
「いいえ、突然呼びだしたのは私だから」
「あれ、咲等ちゃん」
「あれ、乙音ちゃん」
乙音ちゃんも呼び出されてたのかぁ。
消灯時間を過ぎ、薄暗い廊下から明るい月の下に出る。
「何か飲む?奢るけど」
「え、いえ、いいですよ」
「今回、会長と真由が二人にとても迷惑をかけたから」
副会長さんは有無を言わさず私たちに飲み物を渡すと、ゆっくりベンチに腰かけた。
それから少し黙った後、淡々と口を開いた。
「ごめんなさい」
「いえ、副会長さんが謝ることなんて何も…」
「二人の問題を止められなかった一端は私にもあると思うから」
「はぁ…」
乙音ちゃんと顔を見合わせて首をひねる。
促されるまま、向いのベンチに腰かける。
「結局、事態は収束したんですか?」
「あんまり」
「ですよね…」
むしろ会長さんと真由の間にもっと溝ができた気がする…。
「でもそれは、今後私が頑張ってどうにかしていくから」
副会長さんはため息を吐くと、まったくとだけぼやいた。
「副会長さんなら、大丈夫ですよ」
乙音ちゃんはそう言うと、ふんわりと笑った。
「どうしてそう言えるの?」
「だって私は新聞部ですもん」
答えになってないよ乙音ちゃん…。
「私、中学校のときに『見てた』から、全部」
見てた?
「会長さんと真由さんの模擬戦って3年生の授業だったんだけど、私は2年生だからほんとうは見られるはずな
いの」
確かに、でもこの間……
-うん、違うよー。私全部見てたもん-
-真由さんが無理やりしたのは本契約。仮契約は副会長さんからだよ-
そう言ってのけたのは乙音ちゃんだ。
でもそれってどうやって見たんだろう。
そこでふと思いつく。彼女特有の魔法。
「『真由さん越し』に見ちゃったんだなぁこれが」
乙音ちゃん、自分の能力が嫌だといいながら結構使ってない?
「なのでそのあとのことも知っちゃったのです」
「…あまり褒められたことではないわね」
副会長さん、ごもっともです。
「私はこれからまた、ゆっくり真由のことを支えていこうと思う。真由がもう少しだけ大人になって安定してくれれば会長のこともわかると思うから」
会長さんのこと…。
そういえば会長さん、大丈夫かなぁ。
すごく傷ついた顔をしていたけど。
「会長は、自分の気持ちに気付いていなかっただけよ」
副会長さんは私の考えを呼んだのか、私のほうを見てそう言った。
「会長は自分では『姉妹を守る』つもりで囲っていたみたいだけど、会長は本当は『真由を自分だけが守りたい』と思っていただけだったから」
それが会長さんと真由のすれ違い。
あれ、でもそれって、姉妹?
独占欲って……。
「会長も結局、私と同じ気持ちだっただけ」
副会長さんと同じ?
「なるほど」
いや乙音ちゃん、自分たちだけ理解しないで私にも教えてよ。
「呼び出して悪かったわね」
「え、いえいえ」
なぜ私が呼び出されたのかは全然わからなかったけど、でも大事な話をしてもらったから私としてはむしろ感
謝したいぐらいです。
副会長さんは本当はそんなに怖い人じゃなかったのかもしれない。
…あれ、でも私はどうして邪険にされていたんだろう…。
「できれば、これからも会長と真由を見捨てないであげてくれるかしら。二人ともあなたたちをとても気に入っているみたいだから」
「むしろ真由さんや会長さんと居ると楽しいよね、咲等ちゃん」
「うん!」
二人に見捨てられたくないのは私たちのほうだ。
私たちの反応に安心したのか、副会長さんはほっと胸をなでおろした。
「良かった」
副会長さんは、本当に二人のことを考えているんだなぁ。
「それじゃ、今日は疲れたと思うからゆっくり眠って」
「はい、副会長さんも」
そう言うと、副会長さんは少し目を細めた。
「ええ、おやすみなさい」
なんとなく嬉しくて乙音ちゃんを見ると、乙音ちゃんも嬉しそうにしていた。
良かった。
こうして今回の件は、これからゆっくり収束することになった。
今日はとても疲れた。
髪も短くなって父さんも母さんも嫌がるだろうけど、今度ゆっくり説明しに行こう。
とにかく今日は寝よう。
乙音ちゃんと別れて部屋に戻ると、布団の中で規則正しく上下する塊があった。
美月の綺麗な金色の髪を払って覗きこむと、すごく可愛い寝顔が見えた。
「美月もお疲れ様」
ゆっくりと一度だけ髪を撫でてその横に滑り込むと、泥のように眠った。
--mayu--
生徒会室にはやっぱりいけない。
既に生徒会は私が知っている人だけではないし、居座る場所もない。
ただ麻奈に会おうとすると、やはりそこしかない。
教室では落ち着かないし、話しかけづらい。
「はぁ…」
事態は収束、とはいかないまでも、事件としては終わってしまった。
なら残っているのは当人たちの心のしこりをどうにかするまでだ。
…仲直りなんて、いつぶりだろう。
小さな頃。
本当にまだただの友達だった頃。
その頃はまだ、麻奈と二人で「ごめんね」「ううん、こっちこそ」と言えた。
いつのまにこんなに素直ではなくなっていたんだろう。
「…ええい、辛気臭い」
一言。
一言ごめんって言うだけでいいんだ。
何を迷っているんだ私は。
寮の一室の前で唸っている私はさぞ滑稽なんだろう。
麻奈の部屋の前で、こうしてずっと立っているんだ。
ちぇっ、どうして私だけがこんな目に合っているんだ。
「真由、はやく」
そうだ、原因はこいつだ。
後ろから、見えないところからしれっと声をかけてくる。
愛梨はまた深く溜息を吐いた。
「はやくしないと日が暮れる」
「わかってるってば!」
昨日の晩しっかり寝て、今日の朝言われたのだ。
麻奈と仲直りしなさい、と。
どうも愛梨には逆らえない、というか逆らい辛い。
あんなにあっさり告白してきて、今度は保護者面。
結局愛梨も麻奈と変わらないじゃないか。
「愛ってそういうものでしょう」
どの口で言ってるんだそれ。
「でも、私のことは嫌じゃないんでしょう?」
……悔しいことにその通りだから何も言えない。
「私はあなたの家族でも友人でもないから」
え、じゃあなに?
そう思って振り返るけど、やっぱり姿は見えない。
どこから見守ってるんだか。
「愛梨は私の何なわけ」
「……真由次第かしら」
「えー……」
「じゃああなたは私のなに?」
そう言われると少し困る。
愛梨は私と違う好きで、それってつまり友人じゃない。
でも家族じゃなければ恋人もまだ違う。
これってなんだ?
「恋人……候補?」
「まぁ、それでもいっか」
いいのか。
愛梨がそれでいいなら、私もいい、かなぁ。
なんだかんだで引き延ばしているといいからはやくと急かされて、でもやっぱりノックができない。
そうやってうだうだしていると、やがてカチャリとドアが開いた。
「げ」
「あら、真由」
あら、じゃない。
なんてあっさりした顔をしてるんだあんたって人は。
「どうかしたの?」
「う……」
ごめんなさい。
ありがとう。
これだけ言えばいいのだ。
「ご、ご…」
「ご?」
誤魔化したいのに、後ろからひんやりとかかってくる重圧がそれを許さない。
ちぇっ、妹なんていつも損だ。
「…ごめんなさいっ」
目も合わさずに、顔も逸らしちゃったけど。
言っただけ許してよ、ねぇ。
泣きそうだもう。
「ごめんなさい」
だっていうのになんでそっちが泣きそうな顔して謝るんだ。
「あと、ありがとう」
「うん、ありがとう」
結局私たち姉妹は、二人揃って不器用だっただけだと知らされた気分だ。
愛梨だけが、全てお見通しなんだろうか。
これほど不器用な私たちを好きだという愛梨がやっぱり一番わからない。
笑わないし、でもやっぱり不機嫌なのは伝わるし。
なんだ、そう考えると麻奈のほうが簡単じゃないか?
だって私たちはこんなにもそっくりだったんだから。