真っ暗になるはずの視界は、明るく、翠に彩られた。
「遅くなってごめんっ」
会長さんの武器が翠の光になって消えていく。
「これは…」
「会長さんの武器は無効化しました!大人しく私の言うことを聞いてください!」
お、乙音ちゃん!?
武器の無効化って…。
「…なるほど、魔力を練り上げても、あなたに無効化されるのね…」
「そういうことです!」
えへん!と胸を張る乙音ちゃん。
大変可愛らしい。
可愛らしいんだけど…。
「会長さん倒しちゃうの?」
「否!ちゃーんとスギから受け取ったよ?」
乙音ちゃんの手には【針千本】。
よく見ると、傍にスギもいた。
「まさか1万円もするとは…」
「え、高っ」
そんなの壊しちゃったのか私…。
っていうか真由もなんて高価なもの渡してくるのさ。
乙音ちゃんは会長さんに近寄ると、会長さんの手に腕輪を嵌めた。
「私は会長さんと真由の秘密を誰にも喋りませんっ」
そう言うと、腕輪は淡く光り、またすぐ普通に戻った。
「…これで、私は山本乙音さんを追いかける必要はなくなったわね」
会長さんはそう言うと、一言だけ乙音ちゃんに謝ってからゆっくり去ろうとした。
その後ろ姿はとても寂しそうだ。
「…あのっ」
「?」
つい、声をかけてしまったけど何を言っていいやら。
きっと私じゃ会長さんの傷は癒えない。
彼女を救うには、真由じゃなきゃダメなんだ。
「真由と、一度話し合ってみてください」
「…あの子が私と話してくれるかしら」
「大丈夫ですよ」
だって、きっと。
「真由は、会長さんのこと嫌いじゃないですから」
真由があんな風に軽口言えるの、会長さんぐらいだもの。
ニャヒルや私にもいろいろ冗談とか言うけど、でも本当に心を許してるのは、会長さんな気がする。
うまく言えないけど。
「…好き、ではない辺りが正直ね。
…ありがとう」
会長さんも、真由も、ちょっと不器用なだけだったんじゃないかな。
「あー、緊張したぁ」
「っていうかあんな魔法使えるなら一人でなんとかしろよ」
「一人じゃ素手でボコられちゃうよう」
「確かに」
あと、乙音ちゃんとニャヒルも、かな?
前よりも仲よくなったみたいで嬉しい。
「咲等さん、怪我はありませんか?」
「うん、美月も大丈夫?」
「はい、問題ありません」
もしかすると、私も少し不器用なのかな。
もっと美月と仲良くなったり、できるかもしれない。
「ねぇ美月」
「はい?」
「今日、私の部屋に泊っていかない?」
強くなることも、守ることも大事かもしれない。
でも喋らなかったら、相手を理解できなかったら、それは余計なお世話になるかもしれない。
私はがんばる方向を間違えたのかな。
「と、泊っ、え?」
あ、うろたえた。
やっぱりダメかな?
ちょっと残念だけど冗談だよ、と言おうとしてやめた。
嘘はいけないよね。
正直な気持ちがほしいならまずは自分が正直にならなきゃ。
「もっと美月と喋ってみたいんだ」
そう告げると、美月はおろおろしていた顔をぱっと輝かせた。
…あ、美月の嬉しそうな顔、久しぶりに見たかもしれない。
最初はいっぱい見れたんだ。
いつのまに忘れていたんだろう。
から回っていたのかな。
なんだ、もっとはやく気付けばよかった。
「はい、ぜひ泊りに行かせてください!」
「うん」
嬉しくなって、ぎゅっと美月の手を握る。
美月の顔がしゅわっと赤くなった。
「…え?」
「あ」
「ご、ごめんっ」
「いえっ、大丈夫ですっ」
ぱっと手を離すと、赤くなった頬を隠すように美月は後ろを向いた。
…なんだろう、今すごく、色っぽく思っちゃった。
--airi--
とても明るい夜だった。
空が暗くなっても月が照らし、学校が見渡せるほどに明るい。
そのせいか、目の前に居る人もやけに綺麗に見える。
見た目は、ボロボロだけど。
「愛梨、いつまでそこに居るの?」
「そっちこそ」
どうやら今日は一人で居たい気分らしい。
それでも一人にされたらされたで、拗ねるくせに。
本心なんていつだってわかりはしないけど、離れて少しはわかるようになった。
「はぁ…今回も負けちゃったなぁ……」
真由はググりと首を回すと、机に頬杖をついた。
こうやって並んで教室に座っていると、一緒に補習でも受けているかのような錯覚を受ける。
教室で並んで座ったのは初めてじゃないだろうか。
私の席はいつも前で、この子の席はいつも後ろだから。
「愛梨、なんで邪魔したのさ」
「あなたが困ると思って」
「…私に何か恨みでもあるのか」
ある。
たくさん。
そう短く告げると、やれやれと真由は机に突っ伏した。
「そんなに麻奈を大事にしてどうする気だね」
なんでそこで会長が出てくるの?
「体張って守って、麻奈が愛梨に何かしてくれるとは思えないけど…」
「別に見返りが欲しくて会長を守ったわけじゃない」
「へぇ、じゃあ何のために?」
何のために。
と、言われると少し困る。
体が勝手に動いて、『二人の間に』滑り込んだのだ。
きっとそれは無意識の防衛本能。
二人を守ったんじゃない、二人の関係を守った。
「強いて言うなら、自分のため」
「はぁ」
二人の関係が変われば、私もどうなるかわからない。
きっと真由があそこで勝ってしまえば、会長に執着することはなくなる。
そうしたら、私と真由の関係も終わってしまうかもしれない。
結局、私は私のことしか考えていなかった。
それは自分にとって、最も情けなく恥ずかしい結果。
「真由、ごめん」
「なんだね、藪から棒に」
「別に」
私はきっと、中学から何一つ成長していない。
この子や、会長みたいに、『誰かのために頑張ること』。
それがかっこいいと思えるのに、自分ではできない。
悔しいことに、この二人と私の格差は歴然なのだ。
会長と私は、似ているかもしれない。
でもそれは月とスッポン程度のもの。
私はきっと、一生追いつけない。
「…なんで私よりしんどそうな顔してるかなぁ」
気付けば真由がこっちを見ていた。
しんどそう?
「愛梨はいつもそうだ。ダンマリしちゃって何もしゃべらないくせに、嫌な時は全部顔に出る」
「そんなつもりはないけど?」
「たまには休めっていつも言ってたじゃない」
「昔のことでしょう?」
そう、昔のことだ。
生徒会室で私に休めと言ったり構えと言ったりする真由はきっと、もういない。
私に気を遣わない真由はもういないのだ。
それは少し寂しいけど、ちゃんと真由に存在を認められた証。
「休まないことは私の自由だから。私を休ませたいなら真由が頑張れば?」
「……体調管理を人に押し付けるなよ」
真由にだけは言われたくない。
一人でミッションを受けては怪我をして、体調管理ができていないのはどっちやら。
昔は真由と顔を合わせるたびにオロオロしていた気がする。
どうやったらそんな風に怪我するんだろう、とか。
「私のこと、避けてたくせに」
「避けていたのは真由一人でしょう?」
「嘘だぁ。本契約した日からずーっとムッスリしちゃってさ」
「怒ってはいたけど、避けてはいない」
「……怒ってたから、私は避けてたの」
「まずは避けるんじゃなくて謝るべきだった、と私は思うけど?」
そう言うと、真由は情けない顔になった。
…変な顔。
「謝ったところで……」
ところで?
続きは?
目だけで促すと、真由はガリガリと頭を掻いて、机に突っ伏した。
悩むと顔を隠す癖は変わってない。
真由はもそもそと口だけ動かしたようだ。
「謝ったところで、どうしようもないじゃない」
「どうしようもって?」
「時間は戻らないし、避けることが一番愛梨のためになると思ったんだもん」
避けることが一番?
「それが一番嫌なことだと私は思うんだけど」
「……関わらない方が、愛梨は喜ぶと思ったから」
そんなバカな。
私をなんだと思っているんだろう、この子は。
「愛梨は、麻奈と一緒のほうが楽しそう」
気心は、知れてるけど。
楽しいと思うときには大概真由が居たから、私にはよくわからない。
そもそもどうしてそう思ったんだろう。
不器用な私だから、声をあげて笑ったことも無ければ口角が上がったこともない。
笑う、ということがそもそもわからないから。
「笑ったりしたことはないけど?」
「それでもわかるよ」
真由は少しだけ苦しそうに笑うと、私の耳にそっと触れた。
「愛梨は楽しいとき、少しだけ耳が赤くなるんだ」
契約や儀式のとき以外で意味も無く触れられたのは、初めてかもしれない。
そう思うくらいには、私は今少し苦しい。
「そんなことに気付くくらいなら…」
「ん?」
そんなことに気付くくらいなら、私の気持ちに気付いても良かったんじゃないだろうか。
どうしてかこの人は自分に向けられた気持ちには鈍感なのだ。
会長の気持ちに気付けなかったように。
「会長と居て楽しいのは、高尚な会話ができるから」
「麻奈は賢いからなぁ」
「会長と喋るのは、頭を使うから楽しい」
「よくわからないヤツだからね」
そう。
まるでよくできた迷宮のように難しい人だ。
そのくせ、真由以外の誰も信用していない。
雑用をこなして、少しでも会長に信頼されることはとても楽しい部類だと私は思う。
ただ、私にはどうしてもこの少女のほうがわからないことが多い。
会長がよくできた迷宮なら、この子は壁や行き止まりという概念がない何かなんだろう。
ゴールはあるはずなのに、道がまったくない。ゴールすら見えない。
「結局、愛梨はこれからどうしたいの?」
「私?」
「うん」
私がどうしたい、じゃなくて。
あなたがどうしたい、じゃないのかしら。
「真由は?」
「んー、私は早く大学生になりたいな」
「へぇ」
どうして、と目だけで問うと、楽しそうに目を細めた。
「大学生になったらさ、こんな狭い教室じゃなくてもっと広い校舎でたくさんの人と出会える」
「出会いが欲しいの?」
「違うかな。今までの自分を一掃したい」
今までの自分、じゃなくて。
今までの関係、じゃないのかしら。
「それで、愛梨は?」
私は……。
「じゃあ私も、大学生になりたいかな」
そう告げると、真由はあからさまに嫌そうな顔をした。
「なぜ付いてくる」
「パートナーだもの」
相手をこの子と決めたなら、どこまでも。
パートナーってそういうものでしょう。
「麻奈が大学行かないって言ったら?」
「それでも」
真由が行くなら。
続きは声に出なかった。
いつもそうだ。
大事なことは、口から出てこない。
「なんだそれ。じゃあ……」
真由は少し言いよどむと、意を決して口を開いた。
「私と、パートナーじゃなかったら……?」
それでも。
「たぶん、ついていくんじゃないかしら」
だって自分がそう決めたから。
「…パートナーじゃないのに、なんで」
「だってそんなの」
決まってるじゃない。
「好き、だから」
パートナー愛というものはそもそも存在しない。
パートナー間にあるのは友愛や利害の一致、それから恋や情。
だってどんなパートナーたちも出会った頃はパートナーじゃなかったのだから。
パートナーになったのは、守りたかったから。
どんなに軽いミッションでも怪我をしてくるこの少女を守りたかった。
誰も見てないその目で、私の存在を認めてほしかった。
ただ、それだけ。
能天気で鬱陶しい存在の彼女が、いつのまにか越えられない壁に。
真由を守りたいなら、会長ごと守らなきゃいけない。
生徒会での役職は維持したまま、真由を守るにはパートナーという契約を結ぶしかなかった。
結局それも無意味だったけれど。
「…わかんないな。それならどうして本契約のときにビンタしたのさ」
「たぶんあなたの考えてる好きと私の考えてる好きが違うものだから」
「ほほぅ、ならどういう好きか教えていただきましょうかね」
私をなんだと思っているんだか。
そんなこと、軽く言えるわけがないのに。
でもここまで言ってはぐらかすなんてことできそうにない。
もう私の心はボロボロだけど、ボロボロだからまぁいいか。
「ファーストキスぐらいは、契約とか無しでしたかったから」
そう、これが私の本音だった。
だからパートナーになるのは、嫌だったのだ。
「え」
「どうせ真由はキスの意味なんて考えたことないんでしょう?」
「う……」
真由は顔を赤くすると、絶句した。
気持ち悪いと思われただろうか。
「それは、つまり、その、そういう、好き?」
「そういう好き」
今度は頭を抱えて机に突っ伏しだした。
まったく予想外のことには本当に弱い人だ。
「理解した?」
「無理。愛梨が私をそういう目で見るなんて明日槍でも降るのかと…」
「降るんじゃない?」
私だって想像だにしていなかったもの。
離れてやっとわかった。
真由が他の人と楽しそうにしていると、ヤキモチを焼く。
避けられると強く傷つく。
認めざるを得なかったのだ。
「…嫌だった?」
「嫌とかじゃなくて、実感がわかない」
今更。
散々私の気持ちを無視しておいて、今度は実感がわかないだなんて。
「嫌なら、諦めるけど」
「…今は諦めてないの?」
「割と頑張ってる」
ムッスリとそう言うと、真由はようやく少しだけ楽しそうに笑った。
「変なの」
あぁ、良かった。
私はまだ彼女を笑わせてあげられる。
「なんだ、私が邪魔だったわけじゃないのか…」
「勉強してるときとか生徒会の仕事してるときは邪魔」
「ハッキリ言うねぇ」
笑う顔も、傷ついた肌も、まだまだ痛々しい。
私に癒すことはできるんだろうか。
今度こそ彼女を守れるだろうか。
「はぁ……愛梨はとにかく麻奈が大好きなんだと思っていたけど」
それは違う。
尊敬はするけど、どちらかといえば会長はライバルに近い。
会長は自分の恋心に気付いていなかった。
だから「姉妹」だからといいつつ真由を独占してしまったのだ。
それゆえに真由は会長を家族と思えなかった。
この二人のすれ違いはそこにある。
つまり、姉妹揃ってとても鈍感。
「真由」
「ん?」
「これからどれだけ時間が経っても、どれだけ邪魔をしてもいいから」
「うん」
「私のことを好きになって」
そう告げると、真由は爆笑し始めた。
それから、少し経って照れ臭そうに頑張ってみると言ってくれた。
私ももっと頑張ってみよう。
パートナーという存在だけでなく、しっかりと明白に『恋仲』として強く繋がれるよう。
真由が寂しくないように。
今度こそ、必ず。